mitei サンライズイエロー | ナノ


▼ 5

俺と転校生、黒川柊凛が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

一見無愛想に見えた彼は話してみると案外よく笑い、思っていたより気さくで話しやすい。
俺が話すときは優しく受け止めるように聞いてくれるし、話の要点もすぐに理解する。自分が話すときも俺の反応に合わせ、ゆっくり分かり易いように伝えてくれる。
真面目かと思ったら冗談も言うし、くだらないことだって共有して笑い合えた。
そんな彼と一緒にいることはとても心地よかったし、何より初めて見た時から俺を捕らえて離さないその黒い視線が、俺をじっと見つめてくるその瞳が、不思議なことに今ではとても落ち着くのだった。

真っ黒なのに、不安になるような暗さじゃない。静かに優しく包み込んでくれる夜みたいな、そんな深い色だ。
その瞳を覗くたび、俺は何故だか懐かしい気分になるのだった。

だけど何故だろう。その真っ暗闇の瞳は時折ずっと遠くを見つめては、ひどく寂しそうな色を見せるのだ。
俺の気のせいかもしれないし、思い過ごしかもしれない。

しかしどうしても気になって、一度彼に聞いてみた。「何かあったの」と。
そうしたら彼は少し目を丸くして「何で?」とあっけらかんとして聞き返してくるのだ。

やはり気のせいなのかな。しかしもし気のせいじゃなかったとして、俺が踏み込んでいい問題ではないのかもしれない。
柊凛とはたくさん話をしたけれど、ここに転校してくる以前何処にいて、何をしていたのかなんて全く聞いていなかった。

もちろん興味が無かったわけじゃないが、あまり踏み込んではいけないような気がしていたのだ。

柊凛は自分のことはあまり話さない。聞いたことには答えてくれるが、必要以上に自己開示をしない。
それは初めから薄々分かっていたことではあるのだが、彼と仲良くなるにつれ傲慢になっていった俺はその距離が少し寂しいと感じた。

優しい彼はしつこく聞けばもしかしたら少しは話してくれるかもしれない。
だけどもし、聞かれたくないことだったら。俺が無遠慮に聞くことで彼に何かしら痛みを伴う話だとしたら…。そう思うと、益々触れるのが怖くなった。
それならば、待とう。聞いて欲しいと思ってくれたら、きっと彼は話してくれる。

聞いて欲しいと思ってくれたなら、それだけ彼に信頼されたということだ。
そんな関係になれる自信は今のところ無かったけれど、それでも俺は彼のことをもっと知りたい。そう思う程、俺の中で確実に柊凛の存在は大きくなっていた。

「ただいまぁ」

家に帰ると、チリンチリンと軽やかに俺を出迎える可愛い弟。灰色の毛並みは今日も艶々して柔らかく、触り心地が良い。その背中を緩く撫でながら、俺は彼の微笑んだ顔を思い出していた。
あの柔らかな笑顔を見るだけで心の真ん中がほわっと暖かくなるような、不思議な感じがする。なのに同時に、すごく寂しいような気もした。
彼が時折真っ黒い瞳に滲ませる寂しさと関係があるのかは分からない。だけど多分、俺のこの感じも寂しいって言葉が合う気がする。

「なぁカイ。俺って欲張りなのかな」

何かが俺の内側で必死に叫んでいるけれど、俺にはその言葉が聞き取れなくてすぐに消えてしまう。
それがすごくもどかしくて、もっと聞こえるようになるまで叫んでいてほしくて幾度となく耳を澄ました。けれど幾ら耳を澄ましてみても、何を言っているのかさっぱり分からない。
そうしているうちにすぐに声は消えて、遠くに小さな火が灯る。蝋燭の火よりは明るくて、沈みかけの太陽よりも鮮やかな、小さな光。

『…、待ってて…』

あの色は、幾度となく見た。声が消えてしまっても、その色だけは決して消えない。だから、

『…だからそれまで、待ってて』

誰かが囁いた。待ってて、て…何を。

「な、にを…」

「なーぉ」

う、息苦しい…。チリンチリンという鈴の音がやけに耳元で響く。しばらくぼんやりしていると、軽く鼻を噛まれた。

「痛てっ!え?おわ!カイ!」

はっきりと目を開けると、至近距離に灰色の猫の顔。どうやらカイを撫でているうちに玄関先で寝こけてしまっていたらしい。俺を覗き込む金色の瞳には、心なしか苛立ちが垣間見えた。
恐らくカイは俺を起こそうと、わざわざ顔の真ん前に居座っていたようだ。だから口の中に毛が入ってるのか…。

「悪い悪い。腹減ってたんだよな。すぐ飯にするから」

よっこいしょーっとおっさんくさい掛け声を上げて立ち上がる。どれくらい寝てたんだろ、俺。
何か夢見てた気がするけど、何だったかな。思い出せないや…。

首を傾げる俺を背後から見上げる視線に気づいて、振り返る。
わしわしと丸い頭を撫でてやると、可愛い弟は気持ち良さそうに大きな瞳を細めて一言「にゃあ」と鳴いた。

「あざといやつ。ありがとな、起こしてくれて」

それにしても、何の夢だったんだろ。というか、夢を見ていたのかすらもう怪しくなってきたなぁ。
とりあえず晩飯作らなきゃ。
そうして冷蔵庫を覗いて何を作ろうか考え込んでいる俺を、金色の瞳は背後からずっと見ていた。

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