ちょっと曇った日の昼下がり。
天気予報ではちょっと雲が多くても「晴れ」っていうんだっけな。
時々雲の隙間から太陽が顔を出しては、柔らかい日差しであちこちを気まぐれに照らしている。どこからか緩やかな風が吹いて、鮮やかな緑に色づき出した草木をさわさわと擽っていく。
弁当も食ったし、腹が一杯になって眠たくなる時間だ。後半の授業耐えられるかな…自信がない。
予鈴が鳴るまでちょっと昼寝しようかなんて思いつつ机に突っ伏していると、友人にバシバシと肩を叩かれ起こされた。
「何だよ」と不機嫌さを隠しもせず睨み付けるがどうやら彼は興奮でそれどころじゃないらしい。「いいから!」と促され言われるがまま窓の外を覗いてみた。
…何だろ。
何だか校庭がやけに騒がしいな。ふと気づくと、普段は閑散としている校門の辺りに何やら人だかりが出来ていた。
「何あれ…」
「転校生!らしいぜ!」
「え、この時期に?」
普通転校生がどの時期に来るものなのかは知らないが、今は新学期が始まって皆少しずつ新しい環境に慣れ始めた頃合いだ。今の時期に転校してくるってことは、あれかな、家の事情とかで春には間に合わなかったのかな。
「確かに転校生は珍しいかもしんないけどさ…それにしたって何であんなに人が集まってんの?有名人でも来るわけ?」
「そりゃお前も見てみりゃ分かるよ!芸能人じゃないと思うけど、例えそうでも全然不思議じゃないくらい綺麗らしいんだよな」
ほほう。そんなに可愛い子が来たのか。それならば俺も少し見てみたいな。
まぁ転校生が女の子かどうかは分からないんだけど、この時俺の中では独断と偏見で転校生イコール女の子に変換されていた。
普段あまりこういうことに興味は持たないのだが、この時は何故だか呼ばれているような気がした。すぐそこに行かなきゃいけないような、いや、すごく行きたいような気がしたのだ。俺にも野次馬根性ってあったのか。野次馬ってなんで馬なんだろうな。
まあそんな馬に突き動かされた友人と俺はさっさと靴を履き替え、人だかりが出来ていた校門へと向かった。
「やっぱりすげー人…教室から見てた方が良かったんじゃないか?」
呆然と立ち尽くす俺と友人の前には心なしかさっきより増えた人の群れ。うちの学校ってこんなに人居たんだ…。
よく見ると、野次馬の中には一年生から三年生の生徒、事務の人や一部の教員、誰か分からないおばさん方もいる。あれ、校外の人?不法侵入じゃないのか?
うきうき気分で校庭に出てきたはいいが、校庭に出てきた瞬間さっきまでの義務感みたいなものが嘘みたいに消え去った。まるで何かおかしな魔法にでもかかっていたみたいだ。
とにかく人混みが苦手な俺は一気にやる気を失い帰りたくなってしまった。馬の根性は何処かへ走り去っていったみたいだ。おかえり眠気。
「なぁ、その転校生って何年?」
「俺らと同学年らしいけど」
職員室の会話を立ち聞きしたらしい友人の話によると、転校生は俺たちと同じ二年生だそうだ。クラスまでは分からないけれど。
「なんだ、じゃあ別に今見なくてもそのうち会えるんじゃん」
なら今無理してあの人混みにダイブしなくてもよさそうだ。俺が教室へ帰ろうとすると、袖を掴んだ友人に引き留められた。
「ちょっとちょっと!折角ここまで来たのに!」
「えー、もう今度でよくね?そんなに見たいの?」
さっきまで俺を突き動かしていたものは一体どこへ行ってしまったのか。友人には悪いが、もう教室で寝ることしか考えられない。とにかく眠い。
しかし考えてみればこっちの無気力な方が本来の俺で、さっきまでは少しどうかしていた気がする。
「本当にすげー綺麗なんだって!すんごいイケメンらしい!」
「へ」
いけめん…イケメン。イケメンのメンはメンズのメン。だよな、多分。
ここで俺は漸く己の早とちりに気が付いた。一応確認を取るため、友人に聞き返す。
「いけめん?麺なの?」
「麺じゃねぇよ?人だよ?メンだよ」
「ほっほう…」
メン。おとこ。男?…男か!!
そういえば転校生は女の子だなんて一言も言ってなかったのに、勝手に勘違いしていた自分が恥ずかしい。
そうか男か、転校生...勝手に勘違いして勝手にガッカリして申し訳ないが、益々教室に帰りたくなったぞ。
友人に確認を取ってから改めて人混みを見てみると、女生徒や事務のおばちゃん、どこから入ったのか知れない恐らく部外者のおば様方…と、やけに女性比率が高い。なるほどメンか。
皆そのイケてるメン見たさに集まってるわけだな。もちろん中には男子生徒や俺たちのような野次馬根性で見に来ている奴らもたくさんいた。
俺と友人がこうして話している間にも、やはり少しずつ人の輪は大きくなっているのだった。
「悪い、やっぱ教室帰るわ」
先程も言ったが人混みが苦手な俺は、人が増えるにつれ、これ以上ここにいるのが何だか怠くなってきた。友人に断りを入れて教室に戻ろうとする。
「…ひなた」
「?」
名前を呼ばれた気がしてちらりと校門を振り返ると、バチッと視線がぶつかった。
人だかりの中心にいる人物が、確かに俺を捕らえている。
真っ黒な光。どくりと、心臓が跳ねた。
「なぁ、あの校門の奴ってお前の知り合い?」
俺と一緒に帰ろうとしていた友人に尋ねられる。心臓がどくんと高鳴ったのは一瞬だけで、手を当てて確認するも今やいつも通りの呑気な鼓動に戻っていた。
少し、ほっとする。
「いや、知らねーけど。何で?」
「何か一瞬こっち見てた気がしたからさ」
「…ふーん?気のせいだろ」
そうだ、気のせいだ。例え本当に彼と目が合ったのだとしてもたまたまだろうし、そもそもあんな真っ黒なやつ、俺は知らない。
俺の心臓も、いきなり目が合って吃驚しただけだろう。
「…ってかさ、さっき俺の名前呼んだ?」
「ん?さっきっていつだよ?多分呼んでねーけど」
じゃああの声も、多分気のせい…かな。
その後教室に戻ると、クラスは転校生の話題で持ちきりで中々授業が始められなかった。
興奮気味な女子たちの話を盗み聞きしていると転校生はどうやら黒髪黒目に色白の肌をしているようで、俺と目が合ったあいつと特徴が合致する。ということは、やはり彼が転校生だったのか。
正直目が合ったという事実でいっぱいいっぱいで、顔はほとんど覚えていないのだが。
心配していた午後の授業は居眠りすることはなく、しかし先程の黒い視線のことが何故か頭から離れなくてどのみち聞いてはいなかった。
prev / next