「行ってきまーす」
「あれ、やっぱ学校には真っ黒で行くんだ」
「元の色合いじゃやっぱり目立つみたいだからね」
灰色の髪に黄金の瞳。本来の姿は何かの漫画の主人公みたいな風貌の彼は、出掛けるときは髪色も瞳も真っ黒にしている。
それが一番平均的な色合いだと思ったからだそうだ。
でも、これはこれで目立ってるんだけどなぁ。とは言わないでおこう。目立つのは何も色のせいだけではないし、一番地味な色合いを選んでもこれだけ目立つのだからきっとこれ以上は彼自身にもどうしようもないんだろうなぁ。
「おかしい?」
「いやいや、おかしくはない、んだけど」
やっぱあの懐かしい黄色い眼差しが恋しいなんて言えない。これはこれで好きなんだけどな。
「家では元の色に戻すよ。陽多が寂しそうだからね」
そう言って柊凛はさらさらの黒髪を揺らしてふふっと笑った。やっぱり見透かされている...。
「俺はどの色でも、その、す、好きだよ…」
「...あー、」
俺がそう言うと、柊凛は困ったように目線を下げて頭を掻いた。何だろう、変なこと言っちゃったかな俺。
「あの、しゅり?」
「ああ、ゴメンね。今に始まったことじゃないんだけど人間の身体になってから何かおかしくて」
「おか、しい?どこか痛いとか?」
何だろう。俺に何とか出来ることかな。ちょっと心配だ。
「そういうのじゃあないんだけど、何だろう。前からあった感情みたいなものが強くなるというか。特に陽多に会ってからは、すごく我慢してるんだけど」
「我慢?って?」
「触れたくて触れたくてしょうがない」
「...触れっ!え!?」
「だからそういう可愛い顔されちゃうととにかく我慢するのが大変なんだよ。気を付けてよね」
「俺が?!気を付けるって何を!」
そんなことをさらっと言われてしまうと恥ずかしくてどうしようもない。ってか俺のせいなのかそれは?
「学校ではなるべく僕も我慢するようにするから」
「え、家では?」
「家では我慢しない。陽多が嫌なら何もしないけど」
「う、あ、えぇ...嫌、嫌では」
何て恥ずかしい会話なんだ...。多分真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、俺は柊凛から必死に顔を逸らした。それでもじいっと見られている視線が熱い。俺がしどろもどろしていると、隣から「ふふっ」と笑い声が漏れた。
「本当、陽多はたくさん初めてをくれるね」
「そう、か?」
「そうだよ。きみといると驚くことばっかりで」
「...?」
そんなに驚かしたっけなぁ。そんなことを言えば、俺だって驚いてばっかな気もするけど、柊凛も同じなのかな。
「...僕のことも、覚えていてくれたでしょう?」
「え?」
覚えて、たっけ。
俺がはっきり覚えていたのは、こいつの温かな瞳の色だけ。それだけだった。
俺が不思議そうにしていると、柊凛は柔らかに目を細めてぽつりぽつりと自分のことを教えてくれた。
「...本当は僕たちみたいなものの記憶は、人間からはすぐ忘れられるようにできているんだ。後で曖昧な記憶で都市伝説みたいに語り継がれた方が何かと都合がいいからね」
僕たちみたいな、もの...。
彼の言うそれが何を指すのかはっきりとは分からないけれど、「人間でないもの」というのは確かだろう。
「だから俺、思い出せなかったの?」
あれだけ忘れたくないと思っていたものを、それでも忘れてしまうのは仕方のないことだったのだと言われてもやはり納得は出来ない。
今だって彼との過去の記憶は断片的にしか思い出せないのだ。
しかし彼は、断片的に思い出せるだけでもすごいことなのだと言った。普通は出会ったことでさえ直ぐに綺麗さっぱり忘れてしまうものなのに、と。
「だからきみが少しでも約束のことを覚えていてくれてすごく驚いた。本当は僕のことなんて全て忘れていてもおかしくなかったから。僕だってその覚悟で来たのに」
「それでも、会いに来てくれたの。俺が何もかも覚えていなくても?」
会いたいと待ち望んだ相手に自分のことを認識されないというのは、一体どれ程辛いのだろう。彼はそれを覚悟で、俺の元へ来てくれたんだ。
「会いたかったからね。それでも」
「...しゅり」
「何で、陽多が泣くの」
「分かんない。けど何か...」
「だからそういうところ。なるべく外でそんな顔しないでね」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、見上げる。今は真っ黒な瞳は嬉しそうに、しかしどこか妖しく光っていた。
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