「なぁ、柊凛ってさ…何でうちの学校来たの?」
学校もない、土曜日の昼下がり。外は土砂降りで、たまに雨が弱くなったと思ったらすぐにまたパタパタと水滴が力強く窓ガラスを打ちつける。外出するのも憚られるし洗濯も中々乾かない、嫌な天気だ。
いつもならこんな鬱々とした天気は気分をも暗くさせてしまうものだが、最近は違う。多分、俺以外の人の体温が同じ空間にあるからだ。
もはや当たり前の光景になってきた柊凛のいる部屋。
背の低いソファに凭れながら特に興味もないテレビを流しっぱなしにして、俺は部屋着のままぼうっと、忙しなく移り変わる画面を眺めていた。膝の上には丸まって眠る灰色の弟。髭を弄っているとぷるぷるっと顔を背けられてしまった。
昼ごはんの洗い物を終えた柊凛がリビングに戻ってくる。背後から静かな足音が近づいてくるのを聞きながら、俺は遂にずっと疑問に思っていたことを言葉にした。
柊凛は何も言わず、ぽすっとソファの端に座る俺の隣に収まった。そんなにこっち側に寄らなくてももうちょっとスペースあるのになぁ。嫌じゃないけれど、学校でも家でも近過ぎるこの距離に慣れきっている自分が怖い。夜寝る時だって布団を二つくっつけて寝るけれど、朝早く目覚めれば同じ布団で柊凛にぎゅっと抱き締められていることがほとんどだ。これは多分、いや絶対普通の友達の距離感ではないだろうことくらい俺だって分かってる。
それがまた結構落ち着くなんて…俺は相当人肌に飢えていたとでもいうのだろうか。
まぁそれは置いといて。
先程の俺の問いに対して、柊凛からの反応が無い。聞こえなかったのかな。基本的に俺の言葉には絶対何かしらの反応を返してくれるこいつだから、無視されたとは思えない。
もう一度聞いてみようかと口を開こうとすると、隣から小さな小さな声が聞こえた。
「やくそく…ってのは建前なんだ」
何と言ったのか聞き取れなかったので聞き返そうと彼の方を向くと、ぽすっと肩に重みがのし掛かる。そして視界に広がる、真っ黒でさらさらの髪。
肩に頭を預けられたのだ。
「…柊凛?」
「んー?」
「しんどいの?」
「ううん。こうしたかっただけ」
「…そっか?」
「それも理由…かな」
「へ?」
「さっきの、何でここに来たのかって質問」
あぁ、やっぱり聞こえてたのか。
「ってか、よく意味が分かんないんだけど?」
「んー…僕が来たかったから。それが理由、かな」
んんん?やっぱりよく分からない。
「…何で来たかったの」
俺の問いに、彼は暫く「んー…」と唸った後、ほとんど聞き逃しそうな程小さな声で呟いた。
「欲しいものが、ここにあったからだよ」
今度は聞き取れた。
だけどこの姿勢じゃあの瞳は覗けない。これ以上踏み込んでいいのか分からなくて、俺はただ「…そっか」と彼の頭に凭れかかった。
膝の上の弟はずっと気持ち良さそうにすやすやと眠っている。
ざあざあと強く窓を穿つ水音が、静かな空間に響いていた。
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