mitei サンライズイエロー | ナノ


▼ 7

明るい灰色の雲が太陽を隠してはぽつりぽつりと小さな雨を降らし、また少し晴れては曇り…そんなよく分からない天気が続く、ある日の帰り道。
こういう時って傘を差すべきかどうか本当に微妙なところで迷っちゃうよなぁ。

鞄の中の折り畳み傘を広げようか迷っていると、隣を歩く柊凛がぽつりと俺に聞いた。

「あのさ、陽多の家、行ってもいいかな」

「へ、今日?」

「迷惑だったらいいんだけど」

「いや全然!いいけど、何もないよ?」

そういえば家に友達を連れてったことってあんまり無かったかもしれない。こういう時どういう風に振る舞うのが正解なのか分からなくて何だか少し緊張する。

「行ってもいいの?」

「大したもんはないけど、それでもいいなら」

「ありがと。この目でちゃんと見てみたかったんだ。きみが育ったところを」

「…おう?」

大袈裟な奴だなぁ。柊凛の発言の意図はよく分からなかったが、喜んでくれてるならまあいいか。
そうしていつもなら別れる曲がり角を今日は一緒に曲がり、俺の家へ二人で向かった。

「へぇ、珍しいな。カイが懐いてる」

チリンチリンと軽やかな音を鳴らして俺たちを出迎える灰色の弟。
普段は来客があると俺の後ろか部屋の何処かに隠れてしまうカイが、俺にするのと同じように柊凛に擦り寄っていた。
尻尾を立てて嬉しそうに擦り寄る様はまるでずっと一緒に暮らしてきた家族みたいだ。初対面のはずなのに、カイがこんなに懐くのは珍しい。

「そいつ、カイっていうんだけどさ。人見知りみたいで俺とばあちゃん以外には寄りつかないんだよ」

「…そうなんだ。僕も、昔っから動物には懐かれやすいんだよね」

「へえ。何となく分かる気がするなぁ」

雰囲気も柔らかいし、人にもあんだけ好かれてるんだからこいつが動物に好かれやすいってのも納得できるな。柊凛が動物に囲まれている姿を想像すればするほど、本当にリアル白雪姫な気がして何だか頬が緩む。まるでメルヘンの世界だな。

「鞄、適当にその辺置いといて」

来客用のスリッパを出して家の中に案内している間も、カイは柊凛から離れない。
居間に入ると、柊凛がぴたりと足を止めた。

「俺のばあちゃんだよ」

柊凛は何も言わず、しゃがんで足元に擦り寄るカイを撫でている。黒い瞳はちらりと俺を覗くと、ゆっくりと仏壇の笑顔に向き直った。柔らかな沈黙が流れ、カイの鈴の音だけが部屋に響く。柊凛は黙って俺の次の言葉を待っているようだった。

「去年死んじゃったんだ」

「…寂しい?」

綺麗な顔を僅かに伏せ、彼は聞いた。

「そりゃあね。…俺、親が居ないんだ。ばあちゃんがほとんど親代わりだった。すごく優しくて、穏やかで、太陽みたいな人だったよ」

「太陽…」

一瞬さらさらの黒髪から覗く白い耳がぴくりと動いた気がしたが、構わず続ける。

「もちろん、すごく寂しい…と思うんだけど、大丈夫だよ。カイもいるし、近所の人も皆良くしてくれる。叔父さん…えと、母親の弟らしいんだけど、その人もたまに様子見に来てくれるし」

寂しいと思うだなんて他人事のようだが、実際は本当に他人事のように感じていた。俺には、本当は感情なんて無いのかもしれないと幾度も疑った。
だって悲しくて当然のはずのばあちゃんの葬式でも、俺はひとり泣けなかったのだから。

「…そうか」

静かな黒が、再び俺を見た。
月が出ていない夜のような暗い色なのに、何故だかとても落ち着く。優しく包み込んでくれるような、だけど何色にも染まらない黒。

だけど妙に落ち着くのは、彼の瞳の色のせいだけではない気がする。
その奥の輝き…頭の奥で、何かが光った気がした。懐かしい、光。

「…昔、誰かと約束したんだ」

柊凛がはっと顔を上げた。

「誰と、何の約束したのかは覚えてないんだけど。でもすごく…すごく大切な約束だった気がする」

「…そう」

自分の口から無意識に零れ出た言葉を聞いた瞬間、話した俺自身も驚いた。約束、してたんだっけ。誰と、何を。

何故だろう。柊凛といると俺、何か変だ。
誰にも話したことのない記憶を、俺でさえ忘れかけている曖昧な記憶を何故だかこいつには話したくなってしまった。
柊凛といると、記憶の奥にある濃い霧が所々晴れていくような、たまにそんな感覚に陥ってしまう。それでも何かを思い出せたと思っても、何を思い出せたのかさえすぐに忘れてしまうのだが。

仏壇の前に正座する柊凛の隣に俺も腰を下ろして、額縁の中の笑顔にいつものように手を合わせる。

「ばあちゃんただいま。今日は友達が来てくれたよ」

俺がそう言うと、柊凛も静かに手を合わせてくれた。ただ静かに長い睫毛を伏せ、目を閉じる。挨拶するにしては少し長い沈黙。

…ばあちゃんと何話してるんだろう。

祈るようなその姿が何故だかとても神々しくて、俺は目が離せなかった。

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