mitei 冗談に本気の仕返し | ナノ


▼ 冗談に本気の仕返し

「別れよっか」

昼下がりの暇な喫茶店。暇すぎたんだろうか。
何気なく、窓の外を散歩するコーギーのおケツを眺めながら言うと、ボタッと何かが落ちる音がした。
正面を向くと、フォークに刺さっていたらしいケーキの欠片がちょうど白いお皿の上に落っこちたところだった。服の上じゃなくて良かったな。

だけど落っこちたケーキを気にもせずに、両目が零れ落ちんばかりの勢いで俺の正面に座る幼馴染は驚いた様子で固まっていた。漫画みたいに、伊達の眼鏡が片方ずり落ちる。
度が入っていないガラスの向こうできらきら揺れる翡翠みたいな瞳は真っ直ぐに俺を見ていて、耳に掛けられていた長めの黒髪は眼鏡同様さらりと耳から垂れて流れた。

…おもしろい。とか笑ったらいけない場面なんだろうなぁ。

「別れよう」とか、まあ冗談なんだけど。
何なら俺ら付き合ってもないんだけどね。

それにしてもおかしいなぁ。こいつクールに見えて結構いたずらとか悪ノリが好きだから、てっきり乗ってくるかと思ったのにな。聞こえなかったとか?でもこの驚き様、何かしらは聞き取れてるってことだよな…?
もしかして、冗談にしても言って良いことと悪いことの区別がついていなかったのか、俺…。これだけ黙られてしまうとさすがにちょっと不安になる。

彼は桜色の唇を薄っすら開けたまま、何なら頬にクリームをつけたまま、フォークを下ろすことすら忘れて信じられないものを見るようにじいっと俺を見つめていた。時が止まったかのよう。演技にしては迫真すぎる。いつも冗談ばっか言って俺をおちょくってくるのこいつの方なのに。そんで仕返しにちょっと揶揄ってやろうとか悪戯心が疼いたのがいけなかったのかもしれない。そう後悔してももう遅い。

ポタリと次に落ちたのはケーキの欠片じゃなくて、涙だった。

「えっ、ちょっ…」

「………」

はらはらと、清流みたいに透明な雫が白い頬を伝って伝って、彼の服に染みを作っていく。
サイレントの映画みたいに音もなくただ静かに、彼は俺を見つめたまま泣き出してしまったのだ。

………。
まさかたった一言で、ここまで彼を動揺させてしまうとは。

いやでも待った。待ってくれ。
何で泣いてんの?演技じゃないよね?

「あのさ、何で泣いてんの…?目にゴミが入ったとか…?」

「………わ、別れるって、言うから」

「いやあれは冗談………え?」

いやそもそも、俺ら付き合ってないよな。付き合ってないよな?!
自信無くなってきたぞ。待ってくれ、記憶を総動員して「俺らはまず付き合ってない」っていう事実確認をしたい!!

こいつ、ケーキを食いながらはらはらと涙を流す見た目だけは綺麗なやんちゃっ子と俺は幼馴染である。さすがに生まれた病院までは違うらしいが、家は近く、小中高と小さい時から家族ぐるみで仲良く育ってきた。大学までもが奇跡的に一緒で、両方の親の勧めもあってルームシェアもしてるが、俺の記憶の中でもやっぱりそれらしいことはない。というか俺もこいつも、別に恋人がいた…あ…俺はない、けど…こいつはずうっとモテてたので恋人の噂なんて絶えず、本人も特に否定していなかった。そういう話したことなかったけど、多分恋人いたことあるんじゃないかな…。というわけで、仲が良いとは思うけどこいつと付き合ってたという事実はない。はず。

それにこんなハーフのような、いや実際そうらしい見た目の幼馴染だが俺と同じ日本生まれ日本育ちである。従って、欧米でよくある「告白はしてないけど気づいたら付き合ってることになってた」という事態も考えにくい。
という訳でどう考えても、こいつが演技以外でこんな風に泣く理由が思いつかない。

だってそもそも付き合ってないんだから!

「とりあえず泣き止んでよ、ほらハンカチ」

「………撤回、してくれたら、」

「なにを」

「さっきの」

人のハンカチで遠慮もなくズビッと鼻を啜った彼が言う。まあそれ洗濯するのお前の役割なんだけどな、当番制だから。

「いや撤回って。冗談だし、そもそも俺ら恋人でもないのに」

「は?」

「…へ?」

彼が「は?」って言った瞬間店内の温度が一、二度は下がった気がする。さっきまできらきらと彼の方を見ていた他のお客さんたちも一斉に我関せずと視線を外した。ガチギレか。なんで。

「待て待て落ち着いて。何でその…キレてんの?」

情緒どうした。演技?それとも本気?どっちだ。

「わざわざ言わなきゃ分かんない?そっちが別れるとか、恋人じゃないとか…言うから…」

「あーあーあーあー!まぁた泣くの?!ホントどうした!」

俯くと透明な雫がぽたぽた落ちる。これが演技なら、とんだ主演男優賞だよ!
ハンカチじゃ足りなくなって喫茶店のお手拭きを差し出すと、彼は素直に受け取って、顔を上げて俺を睨みつけた。シンプルに怖い。

「撤回して」

「いやでもさ、だって、」

「撤回、して」

お手拭きを差し出した手をぎゅううううっと握られて、普段はヘラヘラした顔に睨みつけられて。俺の方があたふたして、ただひたすらに「えぇ…」と困惑の声を零すしかなかった。

撤回するって、さっきの?でもさ、撤回も何も。

「………おれから、離れるの」

「………え」

きゅっと力が込められた手にも雫が落ちた。こいつはそんなに泣き虫だったろうか。分からん。そうだったかも。そうでもなかったかも。でもこんなに泣いてるのを見たのは、多分小学生の時以来だろうか。
あの時は確か、彼が海外に引っ越す引っ越さないと家族と揉めていた時だった。あの時もこいつは同じように俺にしがみついて…あの時は手だけじゃなくて全身だったけど…そうして耳元で言ったんだ。
「離れるのはいやだ」って。

その後子どもの俺には何があったのか詳しく聞かされなかったけど、結局日本に留まっていられるようになったらしい。彼が泣いている時には泣かなかった俺はというと、一安心してからぼろぼろ泣いたらしい。覚えてない。

とにかくそんな昔のことを思い出すくらい、今の彼の涙は本物に思えて…思わず「ごめん」と呟いた。
すると鋭かった翡翠の視線はふっと柔らかくなり、涙のせいかいつの間にクリームが取れてる頬が緩んだ。

「でもさ、確認したいんだけど…俺らって」

「もう二度と冗談でもあんなこと言わないでね」

「え、うん。でもその、まず付き合ってないと思、」

「ん?なぁに?」

「いたたたたたた」

俺が全て言い終える前に、握られた手にこれでもかと力が込められた。折れる折れる、と涙目になって訴えるとようやく力を緩めてくれた、のだが。
離してはくれない。

これ、さっきの悪戯の仕返しのつもりか。子どもの時からこういうとこあるよな、このやんちゃっ子め。満面の笑みで人の手を握り潰しにくるな。
可愛くないんだよ、まったく。俺より小さかったくせに、背も俺よりでっかくなって。服のサイズなんかも全然違うの地味に腹立つんだからな。俺だってチビじゃないのに。

「あーぁ、お前のせいでケーキが落ちた」

「それは………ごめん」

「あーんして」

「はぁ?やだよ!てかそういうのは恋人同士が、」

「一週間飯作らない」

「フォーク貸せ」

だめだ、背に腹は代えられない。だってこいつの作る飯美味いんだもん。俺は目玉焼きくらいしか作れないから、一週間も飯抜きとなるととてもキツイ。コンビニという手もあるが、一週間。こいつの飯が目の前にあって食べられないのは…やだ。いたずら好きで意地悪なこいつのことだから、自分の分だけはちゃっかり作って、コンビニ弁当をもそもそ食べる俺の前で自分も一緒に食べるんだろう。絶対やる。その絵面を想像しただけで何だか悲しくなって、俺は周りの目とか「そもそもいつから付き合ってることに?」とかいう疑問も全部かなぐり捨ててフォークを手に取った。そっと一口分のケーキを掬って彼の前に差し出すと、素直にパクッと口に含まれる。

………くっっっそ恥ずい。
何これ。何この新しい仕返し。めっちゃめちゃ効果は抜群だ!

さっきまで我関せずに徹していた他のお客さんたちは、また再び好奇の目で俺たちのテーブルを見てくる。もう終始我関せずの姿勢でいてくれよ!耳まで熱いのが自分でも分かる。

「うまぁ」

「もうあとは自分で食えよ!」

「なに怒ってんのー?ウケる」

「ウケない!怒ってない!!」

ちょっと冗談言ってみただけなのに。
何でこっちがやり返されてんだ!!

「もう二度と…」

「ん?」

「もう二度と、離れるなんて想像もさせないで。おねがい」

「………ん」

どうしてそんなに…お前がしがみつく相手は、俺でいいのか。なんて言ったら一週間どころか一ヶ月は飯抜きになりそうだから言わないでおいた。

言わないでおいたのに!

「………やっぱ身体から堕とすか」

「なんて?」

ぼそりと呟かれたあまりにも不穏すぎる言葉は聞き間違えたのだと思いたい。

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