「…んっ?!んんっ…」
「ふっ…はぁ…」
ぎゅうっと閉じる唇をしつこいくらいに舐められて、鼻から甘い吐息が漏れる。人の舌がこんなに熱いなんて知らなかった。密着している身体も、ゆるゆると撫でられる耳元も何もかもが熱く中心を刺激する。
そのまま壁際に追いやられて、壁と藤倉に挟まれる形になり逃げ道を奪われた。
遂に我慢出来なくなって、「止めろ」と言おうと口を開く。その瞬間を待っていたかのように隙間から藤倉の熱い舌が口内に滑り込んできて、唾液ごと俺の言葉を飲み込んだ。
反射的に逃げる俺の舌を捕らえ、そのまま好きなように俺の咥内で暴れまわる。
「ふっ、はぁ…ぁっや、やぁっ…」
「ふっ、さわくん…さわくん…」
腰に添えられた手に更に力が込められ、これでもかというくらい身体が密着させられた。足の間に藤倉の片足が入り込み、俺の中心に当たる。これは所謂股ドンってやつでは…。
くちゅくちゅと響くいやらしい水音。片耳を塞がれたり弄られたりしているせいで、余計に大きく聞こえる。耳元で聞こえる甲高い声も、まさかとは思うが自分が発しているのか。さっきまでわしゃわしゃと頭を撫でていた手は、為す術もなく藤倉の肩をぎゅっと掴むことしか出来ない。
俺は言葉にならない声しか出せないのに、呼吸の合間合間で藤倉は何やら呟いている。低く、くぐもった声。何かを祈るような、吐息に混じって聞き落としそうになる声で。
「ふじ、く、んんっ…も、やめ…」
「…ないで、やだ…ぁっ…は、さわくん…」
「……ふ、ふじく、ら…?」
「やだ…やだ…んっ、おれいがい…みないで…」
「………?」
数分だったかもしれないし、数十秒だったかもしれない。どれくらいそうしていたのか分からないが、漸く合わさっていた唇が離された。離す瞬間、名残惜しげに銀の糸が伸びてはぷつりと切れる。そうして俺の口元に垂れたどちらのものとも分からない唾液を、藤倉は躊躇なく舐めとった。
顔は項垂れたまま、表情は計り知れない。両手で壁と藤倉の間に俺を閉じ込めたまま、「はぁ」と短い息を吐いた。
何が起きたのか頭の処理が追い付かないまま、俺ははぁはぁと荒くなった呼吸を整えていた。今どんな顔をしているのか、自分でも分からない。だけど全身、熱いことだけは分かる。
「あ、の…ふじ、」
「ご、ごめんなさい…」
「え、」
「ごめ、ごめんなさい…ごめん…ごめん、なさ…さわく、」
「え、え、あの…えぇ?と、」
藤倉は俯いたまま、それでも逃がすまいと言わんばかりに壁との間に俺を閉じ込めたまま、ただひたすらに謝罪の言葉を紡いだ。
いつもみたいに余裕たっぷりの楽しそうな声じゃない。似たような声を、前にも聞いた。
確か、俺が殴られそうになった時のだ…。
「………ないで」
「え?」
「おねが、おねがいだから、さわく…」
「…うん」
「きらいに…ならないで…」
「…?」
嫌いに、なる?俺が、藤倉を。
こいつはそう、思ってるのか。それでこんなに、震えてるのか?
「ごめんなさい…もう、しな、しない…から」
だから嫌いに、ならないで…。
本当に消え入りそうな声で、そう言った。
「んー…」
どうしたら…。こいついつもは鬱陶しいくらいポジティブでハイテンションなのにたまーにこんなネガティブで面倒臭くなっちゃうんだよなぁ。反動なのかな。
とりあえず、目の前で項垂れている猫っ毛の頭をぐいっと自分の肩に凭れさせた。そのままわしゃわしゃと撫でてやると、少しずつ震えも治まってきたみたいだ。
「何で嫌いになると思ったの」
「さわくんの許可もなしにやなことしちゃったから」
「俺嫌だって言った?」
「…言ってないけど」
「まぁ悪戯にしては度が過ぎてるしでもお前がそんななの今更だし、そんなんで嫌ったりしないよ」
「…いたずら…」
「さっきだって、俺が本気で抵抗してたらちゃんと止めたろ?そういう奴なんだよ、お前は」
顔を上げた犬倉、じゃなくて藤倉の目はきらきらと輝いていた。ホント表情豊かなやつだな。
「さわくん、」
「ん?また泣かせちゃったの?俺」
「そう。また泣かされた。慰めて」
そう言ってやっぱり首筋にぐりぐりと頭を擦り付けられる。わしゃわしゃと撫でてやるとやっぱりブンブン振ってる尻尾が見えるし、本当に厄介な大型犬だ。
「…まさおみくん」
「んー?」
「おれが言えたことじゃないけど、おれはまさおみくんがすごく心配だよ…」
「お前にだけは言われたくねぇなぁ」
まぁ、おれがずぅっとついてるから大丈夫だけどね。
prev / next