「ふーじくーらくん」
「はーあーいー…」
「どしたの。いつもの気持ち悪いぐらいのテンションどこいった?何かあったのか?」
かしくんも居なくなり、二人で歩く帰り道。太陽も傾いて人通りも少なく、少し赤みがかった世界が広がっている。
少しの沈黙の後、藤倉がゆっくり口を開いた。
「…どうだった?」
「………何が?」
何について聞かれているのか分からず聞き返す。どうだったって、何がだ?
「かしくん…だっけ。に抱きつかれた時。どうだったの」
「えー、どうって、びっくりした」
「その後は?」
「その後?えぇ?どゆこと?」
「気持ち良かった?気持ち悪かった?もっとくっついてたかった?そのまま抱き付いてて欲しかった?俺、…邪魔しちゃった?」
何か分からないが藤倉の負のオーラが増しているのが分かる。綺麗な澄んだ瞳は濁り、俯くと長めの前髪で隠されてしまった。瞳が見えないせいで余計に何を考えているのか分からなくて、少し怖い。
「えぇーっと、何から突っ込めばいいんだ…。とりあえず、抱きつかれてびっくりしたけど別に気持ち悪くはなかった」
「………そう」
「けどやっぱ長時間は無理かな。かしくんってああいうキャラだから多少許される感じするけど、ずっとはちょっとなぁ…。俺も元々ボディタッチとか得意な方じゃないし、正面から抱きつかれると思った時は正直うわっと思ったけどお前が来てくれて何だかんだ助かったし、かと言って別にかしくんが嫌いな訳じゃねぇよ?あれ、でも良く分かんないな…嫌ってほどじゃ無かったと思うんだけど…」
俺がうんうん唸っていると、ふいに藤倉が立ち止まった。くるっと俺の方を向いて薄い唇が開く。顔は少し俯かれたままで、やっぱり目元は見えない。弱い風が柔らかな猫っ毛をふわふわと揺らし、少し冷たい風は少しずつ夜が近づいてきていることを告げた。
「…じゃあ、おれは?」
「ん?」
「もう一度…試してみてもいい?」
「試すって、何、を?!」
俺が聞き終わる前に、ガバッと正面から抱き締められた。ぎゅううっと痛いくらいに力が込められ、反動で少し後ろによろける。それも逞しい腕に支えられ、倒れることはなかった。
それでも力の加減の無さから、今の藤倉には余裕が無いらしいことが分かる。
もちろん嫌じゃない。嫌悪感どころか安堵すらする。触れ合っている全身が熱く、やっぱり鼓動は早めに歌う。
ぎゅうっと抱き締めてくる大きな身体がやっぱり犬みたいで、わしゃわしゃと触り心地の良い頭を撫でてやった。すると安心したのか少しだけ腕の力を弱めて、もっと撫でろと言わんばかりにぐりぐりと首筋に頭を擦り寄せてくる。
片手はそっと背中に回して、もう片方の手で頭をやわやわと撫でくり回す。もともとあちこちに跳ねている髪を更にくしゃくしゃにしてやるのが気持ちいいのかやっぱりされるがまま。ブンブンと振られる尻尾が見える気がするのは何回目だろう。本当にでっかい犬だな、こりゃ。
周りに人は居ないからいいものの…こいつの過剰なスキンシップに慣れつつある自分がやっぱり怖い。そしてやっぱり離れたくないなんて良く分からない欲を持ち始めた自分のことも、もう無視出来そうにない。
「…きもちわるい?」
「全然」
「…はなれてほしい?」
「…んー、そうでもないかも」
「じゃあ、」
「これは…?」と、すっと密着していた身体が離された。俺の背中に回されていた手はいつの間にか俺の頬に回り顔を固定され、もう片方の手で腰をぐっと支えられる。何が起きているのかも分からないまま、ぐいっと顔を引き寄せられた。
今までで一番、近く。
やっと一瞬見えた、あの瞳。いつもはヘラヘラと余裕たっぷりの澄んだ瞳が、今は見たこともないほどギラギラと強い光を宿していた。
その光を合図にしたみたいに動かなくなる身体と、初めての感触。
噛みつかれるみたいに、唇を塞がれたのだと分かったのは数秒後だった。
犬っていうか、狼…だったのか。
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