んー…。
分からん。考えても考えてもやっぱり分からん。
今日は休日。学校はない。ついでに今日はどこの部活にも呼ばれてない。
つまりこれといってやることがない。
家に居てもあれやこれや悶々と考え込んでしまうから、俺は散歩がてら外に出た。
人が行き交う道を歩きながら、同じようなことをずっと考えている。
自分で言うのもなんだが、大抵の事は決断が早くあっさりしている俺が何でここまで悩んでるんだろう。それすらももう良く分からないや。あいつと出会ってから、分からないことばっかりだなぁ…。
何で藤倉だけ平気だったんだろう。他のやつは何か嫌だったのになぁ…。
もしかしてあいつの距離感に俺も慣れちゃったのかなぁ。だとしたら何となく納得だ。気づけばいつも隣にいるし、電車でもずっと隣に座ってるし、思い返せば距離感おかしかったもんなずっと。何で気がつかなかったんだ俺。
そっか。慣れちゃったのか。藤倉の距離感に。そっかそっか。
そう…なのか…?
「センパイだぁぁあーーーッ!!!」
「ぅおわぁっ?!!」
ぼやーっとしたまま歩いていると、聞き覚えのあるハイテンションな声と共に背中にドンッという衝撃。何かデジャヴだぞ。
「センパイ!約束もしてないのにこんなところでまた会えるなんてっ!運命なんですかねっ?!」
「あー、今度は分かる。ちゃんと覚えてるぞ、かしくんだろ」
「正解ッス!久しぶりッスね?!」
「そんなでもないと思う。後暑苦しいから離してくれ」
くるっと振り向くとやはり見覚えのある顔。わんこみたいな表情をした後輩がブンブン尻尾を振っているのが見えずとも分かる。何だ、俺の周りは犬ばっかりか。
後ろからぎゅうっと抱き締められてて暑苦しい。周りからの視線も痛いし、離して欲しい。でも待てよ、あれ…あれれ?
「そんなに気持ち悪くも、ない…?」
何故だ?藤倉だけだと思ってたけど違うのか?かしくんにぎゅってされてもそれほど嫌悪感は無いな?だからって嬉しいという訳でもないんだけど…。
「何々?センパイ!体調悪かったんスか?!」
「あぁ、いや大丈夫。何でもないから。それよりいい加減離してくれ」
ずっとくっついているとやはり触れたところが段々と熱を持ち始めてきて熱い。互いの体温が合わさるから当たり前の現象だろうか。それにしても何か藤倉の時と違うような…。
かしくんには別に嫌悪感とかないけど、触れているところが熱くなればなるほど、早く離れたい。気がする。
「折角運命的に会えたのにセンパイが冷たいッ!悲しいッ!」
腹に回された腕にぎゅうっと力が込められ余計離すまいとするかしくん。かしくんは元々こういう奴だし悪気はないんだろうが、俺は元来そこまでボディタッチとか好きじゃない。はず。藤倉のせいで分かんなくなってきてるけど。
というわけで、しつこい手の甲をちょいっとつねってかしくんが怯んだ隙にするっとしがみついてくる両手をすり抜けた。
くるっと振り向くと、少し涙目で俺を睨んでくるツンツンヘアーの後輩。
「センパイひどい!オレが嫌いなんだ…」
「嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけどしつっこい」
ぴしゃりと言い放つとかしくんはしゅんと項垂れてしまった。本当俺の周りは犬みたいなやつばっかりか。両方好きだがどっちかっていうと俺は猫派だ。
「だってぇ…偶然会えて嬉しかったんスもん…」
「分かった分かった。ほれ、飴ちゃんやるから」
「センパイ大阪のおばちゃんみたいッスね」
「うっさい。嫌なら食うなよ」
「嫌じゃないッス!やっぱりセンパイ大好きッス!」
「おわっ!来んなって!」
そう言って今度は正面から抱きついて来ようとする後輩。一瞬身構えるも、俺の身体はぐいっと後ろに引っ張られてそのままとすん、と何かにぶつかった。
「おぉっとっと」
かしくんの両手が空を切って、勢いを殺しきれずに少しよろけているのが見えた。
かしくんの両手の代わりに俺の背後から回される、細くも逞しい腕。抱き締められるっていうより片手だけ肩から回される形で、こめかみ辺りにそいつの顔らしいものが触れる。猫みたいに柔らかい毛が少し顔に当たってくすぐったい。ふわりと微かに香る、あの匂い。
顔なんて見なくても誰だかはっきりと分かる。てか、休日にもよく会うなぁ。何でだろ。
あぁ…やっぱ嫌じゃない。
触れたところが熱を持ち出しても、嫌悪感の欠片もない。早く離して欲しいとも思わない。やっぱりこんな感覚になるのはこいつにだけかぁ。俺も結構おかしくなっちゃったのかな。
ちらっとかしくんを見ると、先程の元気な表情が一転、ざあっという効果音が付きそうなほど血の気が引いていた。目は見開かれ、何かを言いたいのか口は半開きになっている。
前回のかしくんの話と藤倉自身の話からこいつが周りから怖がられていたことは分かるんだけど、そこまでか…?
しかしふと見ると、かしくんだけでなくこの光景を見ていた周囲の人々も何か物凄く恐ろしいものを見たように怯えた表情をしていた。何も見なかったとでもいうように足早に歩き出す人や、凍りついたようにその場から動かない人々。
何だ。俺の後ろにゴジ○でも出たのか。街の破壊が始まったのか?この状況についていけてないんだが、こいつの元ヤンっぷりはあんなサラリーマン風の人やあのご婦人方にまで広まっていたのか?そんな馬鹿な。
こっからじゃ藤倉の表情は窺い知れないけれど、まぁでも雰囲気的に絶対穏やかな感じじゃない気がする。何か怒ってんのかな。
「藤倉か?」
「うん。偶然だね?」
俺が声をかけると、少し顔を離して目を合わせてくれた。その表情は…ヘラヘラしてるな。何だ、いつも通りじゃないか。
と思ったけど、やっぱり違う。目が笑っていない。一生懸命笑顔を作ろうとはしているけれど、きっと心までは笑っていない。俺を抱き寄せる手に少しだけ力が込められた。
「ふ、ふじく、らセン…パイ…、あ、あの、そのっオレ…!」
おぉっと忘れてた。かしくんがめちゃくちゃ怯えた顔を隠しもせずに俺たちを凝視している。装備ゼロで熊に遭遇したみたいな感じになってる。
「落ち着けかしくん。大丈夫だから。怖くないから。そんな怯えなくても噛みついたりしないよ、な?藤倉」
「へ?あぁ、うん。そうだね。怖がらせちゃってゴメンね?俺も偶然澤くん見つけて嬉しくってつい抱きついちゃった。…君みたいに」
「ひっ」とかしくんから小さな悲鳴が漏れた。藤倉は笑っていない目でかしくんを睨み付けている。かしくんはと言うとやはり表情は強張ったままで、怯えて縮こまった姿は小動物のようだ。その場から動けないみたいで、俺もどうしたらいいのか分からない。
暫く、居心地の悪い沈黙が流れた。
あぁもう、しょうがねぇな。
「よしっ!」と俺が声を上げると藤倉もかしくんもビックリしたらしく少し肩を跳ねさせ、一斉に俺に視線を向けた。
「藤倉、ちょっと右手借りるぞ」
そう言って俺に回されていた長い右手を俺の肩から外し、それから「かしくんも」と言ってかしくんの右手も拝借した。やっぱり少し震えている。どんだけ怖いんだ。
そのまま二人の右手を真ん中に持ってきて、半ば無理矢理握手をさせた。無理矢理、とは言っても藤倉もかしくんも手に力は入っておらず、俺にされるがままになっている。
「ほら藤倉!そんな風に睨み付けたりするから怖がらせるんだぞ?かしくん震えてんじゃねぇか。ちゃんと謝れ」
「…ごめんなさい」
「よし。かしくんも!そんなに怖がんなくてもこいつはもう人を傷つけるようなことはしねーよ。優しい奴だし大丈夫だからさ、そんな怖がんなって、な?」
「…す、すいませんした…」
「よし。じゃあもう仲直り?ってことで!」
そもそも喧嘩したわけじゃないから仲直りってのもおかしい気がするがまぁ良いだろう。
「あの、センパイ…」
「あー、そうだ紹介忘れてたな。かしくんは藤倉知ってるんだよな。藤倉、こっちは俺の後輩…っていうかお前と中学一緒らしいかしくん。柏谷くんだ。知ってる?」
「…知らない」
「そっか。まぁ、良い奴なんだよ。無理して仲良くしなくてもいいからそんな睨むなってば」
「あ、あの澤センパイ…お会いできて嬉しかったッス。ふ、ふじ…藤倉さんも、その、あの…お、お会いできてその、」
「ふっはは!全然嬉しそうじゃねーぞ?かしくん。無理すんなよ」
「い、いえそんなことはっ!藤倉さん、その、すみませんでした…」
「何がぁ?全然謝るようなことしてないでしょ。それより、澤くんと仲良いみたいだね」
「仲良いってか、かしくんとはこないだ久しぶりに会ったくらいだけどな」
「いえ、あの、ハイ!良くしてもらってます…」
「そっかぁー。今度澤くんと二人で会う時はぁ…俺も呼んで欲しいな?いいだろ?」
「ハ、ハイ!もちろんです!!」
ほう珍しい。こいつから誰か誘うなんて。やっぱり自分の中学の後輩だから可愛いもんなのかな。にしてはやっぱり目は笑ってないまんまだけど。
「じゃ…じゃあ、おれ、オレはこれで失礼します!」
「おー。またなぁ!」
そそくさとかしくんは走り去っていってしまった。最後まで顔ひきつってたなぁかしくん。中学時代何やらかしたんだこいつは…。残された俺はもう一度ちらりと藤倉の顔を覗き見る。今度は、明らかにむぅっと不機嫌そうな表情をしていた。目どころか、あからさまに全体的に笑っていない。
一体何がそんなに気に食わないっていうんだ。
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