「さーわぁー。今日ひとりなの?藤倉くんはぁ?」
「知らねーよ。何かまた呼び出しじゃない?」
今日も今日とて中庭で平和に昼休みを過ごす俺。ただちょっといつもと違うのは、となりに背の高い彼が居ないこと。まあ奴が昼休みに何処かへ行っているのはよくあることだから何とも思わないけれど。
それにしても、さっき自販機で買ったオレンジジュース結構甘いな。
個人的にはもっと酸っぱい方が好みだ。
飲み終わった紙パックを捨て、教室に戻ろうと廊下を歩き出す。
すると後ろから付いてきた友人がぽんぽんと俺の頭を撫でた。
「よーしよし。藤倉くん居なくて寂しいなら寂しいって言えよ」
「誰がいつ寂しいって言ったよ?はっ倒すぞ」
何で俺と藤倉はセットにされてるんだ。そりゃ結構一緒にいるかもしんないけど、昼休みだって帰りだって別に約束してるわけじゃないし。
だけど余りにも一緒に居過ぎて、一人でいる時たまにあいつがいない隣がやたら広く感じてしまうことがあるのは事実だ。それもまぁ、慣れてしまったのだからしょうがないのだろう。
それにしてもファンクラブの面々にはもちろん、藤倉に用があるらしい女子の方々にまで俺の存在は認識されてしまっているのでよくあいつ宛の手紙とか連絡先とかを渡されてしまうのは些か面倒臭い。直接本人に渡せばいいものを…。俺だって出来ればこんなことしたくないんだからな。
面倒臭いっていうのもあるけど、それだけじゃなくて…。
何故か俺が他人から預かった藤倉宛のものを本人に渡す時、あいつは決まって無表情になるんだ。あのいつもヘラヘラしている藤倉が、だ。はっきり言って怖い。結構怖い。
本人が自覚しているのかは分からないが、何の感情も感じさせない人形のような表情は顔立ちが整っているだけあってその怖さを倍増させている。その瞬間、周りの空気が凍る気さえする。
何がそこまで気に食わないのかは聞いても教えてくれない。数秒するといつものヘラヘラ顔に戻って「ありがと。面倒かけさせちゃってごめんね?」と何故か謝ってくる。
確かに面倒臭いとは思ってたけど、藤倉が謝ることじゃないのになぁ…。
正直言って、分からないことだらけだ。
やっぱり俺はまだまだあいつのことを良く知らないらしい。
「藤倉くん…!あの、これっ!」
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
「喜んでもらえて良かった…あの、いつでもいいからね」
「うん。データチェックしたら直ぐ返すね」
昼休みの校舎裏。ここはほとんど人が来ないので告白とかで何回も呼び出されたことがある場所だ。
とは言っても今日呼び出したのは俺の方。定期的に、俺のファンクラブの代表さんとここである取引をするためだ。
「やーっぱ撮り慣れてるだけあってきれいなの多いなぁ…」
家に帰ってからパソコンで貰ったデータを確認する。一応俺のファンクラブなだけあって俺の写真が多い。仕方のないことではあるが正直鬱陶しい。しかし俺が写っているということはもちろん、校内でほとんど一緒に過ごす彼の姿も少なからず写っているということだ。大抵は俺の隣に、その姿がある。
澤くんがはっきり映ってるのは俺が全部もらうとして、ファンクラブの皆さんには適当に俺だけ映ってるやつを渡しておけばいいか。ブレてんのもあるがまぁそれでも喜ぶだろうし。
澤くんとのツーショットは自分でも中々撮れないし、会話中の彼は凄くいい表情をすることが多いからこうして定期的にファンクラブが撮った写真を分けてもらっている。とは言え澤くんのいい顔は俺だけが知っていればいいので、こうしてデータをチェックしては選定しているのだがそれはファンクラブの皆さんも了承済みだ。
本人たちも俺の役に立てて嬉しいらしいし、ウィンウィンってやつだ。
使えるものは使う。それが例え俺への好意であったとしても。
「それにしても…」
澤くんもきっと気づいてないんだろうなぁ。俺と話してるとき、こーんな表情してるなんて…。
ツーショットの写真が欲しかった、というよりは、この表情の彼の写真が欲しかった。だからツーショットで俺も写り込んでしまっているやつはプリントアウトしてから後で邪魔な部分を切り取る。
ツーショットはツーショットで彼の隣に存在できているという事実を確認できて、それはそれで堪らなく嬉しいけれど、俺が眺めていたいのは彼だけ。彼だけだから。
それに…。彼のこの表情を作り出しているのが自分であるということに、堪らなく興奮を覚える。
…俺だけならいい。
この無防備で柔らかな眼差しを向けてくれるのが、俺にだけならいいのに。
「…っはぁ、すきだ」
たまらず、心の底でどろどろ渦巻く想いを吐き出した。
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