「え、こいびとなら毎日会いに来るの当たり前じゃん?毎秒でもいいくらいなんだけど」
「真面目に答えろ」
今日も今日とて、特に呼んでいなくても気づいたら隣に並んで勝手に歩いていたハーフアップ変人クズ野郎に、俺はもう何度もした質問を投げかけていた。すると彼はきょとんとして、小首を傾げながら言った。
「おれとしょーくんの馴れ初めかぁ…。前話したじゃん」
「付き合ってもないし俺のぼるだし。てかどれ?」
実は幼い頃将来を誓い合った幼馴染だとか、前世でまた会うことを約束していたとか、俺が記憶を失くしてるだけで実は恋人同士なんだとか。何度か彼に尋ねても返ってくるのは毎回違う話で、どれも嘘っぽく作り話っぽい話ばっかりだった。つまりははぐらかされているのだ。意味が分からない。
視線だけで言いたいことを悟ったらしい彼はまた違う角度に小首を傾げると、ふむ、と顎に手を当ててわざとらしく意味ありげに言った。
「そうだなぁ…。運命とか信じる?」
「お前が言うものは信じない」
「じゃあどうしようもないね!」
「はあ…」
ほらこれだ。まぁた似たような問答だよ。とりあえず答える気がないってことだけは分かった。もう考えるのやめようかな…。理由が分かれば、こいつもこんな風に俺に構いに来なくなるかなと思ったんだけどな。ヒントも何も無いから、ホントどうしようもないや。
「だって本当に、説明のしようがないんだもんなぁ」
「マジでどういうこと」
「理由があるようでないってこと」
「へぇ…?」
「全然分かってなくてかわいーね」
「馬鹿にされてるのは分かった」
「してないよ。感想を言っただけ」
「つまりは馬鹿だと思ったんだろ?」
俺の問いかけをまるっと無視して、彼は長い髪を結い直しながら考え込むように瞳を伏せた。無駄に長い睫毛を引っこ抜いてやりたい衝動がチラつくが、俺は大人なのでぐっと我慢だ。えらい。
髪を結び終わったらしい彼がすっと顔を上げて俺の方を向く。一瞬真面目な顔にどきっとしたけれど、いつも飄々とした顔ばっか見てるからだろう。びっくりしただけで。ぴたと足を止めた彼につられて俺も立ち止まると、たまに通り過ぎる学生たちが俺たちを避けていった。
「感覚をさ…ひとに分かるように説明するのは難しいんだよ。もちろん努力はするけど」
「感覚」
「そう。感情かな」
「俺は、お前が俺に絡みに来るようになったきっかけっていうか理由が知りたいんだけど」
感覚の話になった。分からなさすぎて俺も首を傾げるしかない。でも彼はふっと口角を上げるばっかりで欲しい答えを言ってはくれない。
「きっかけなんて、本当に些細なことだよ。おれにとっては些細じゃないけど」
「じゃあそれ教えろよ」
「運命って信じる?」
「お前が言う分には信じられない。………まだ」
嘘を吐いてもしょうがないので馬鹿正直に答えると、返ってきたのは微笑ではなく爆笑だった。こいつって澄ました顔してるイメージだけど実は結構笑うんだよなぁ。こないだもよく笑ってたし、案外ゲラなのかもしれない。というかこんなに笑いやがるんなら、やっぱり睫毛くらい引っこ抜いてやってもいいかもしれない。
「自力で思い出してほしいとか、わがままかなぁ」
「だから何を?」
「…幼い頃誓い合った約束、とか?」
「そんな記憶マジでない」
「じゃあもうちょっと頑張って」
ウインクするな。星を飛ばすな。キラキラするな。
よし、ムカつくからやっぱり睫毛全部引っこ抜いてやろう。
「うっそでしょ…」
「あの冬樹くんが、笑ってる…?」
「そういやアンタ冬樹くんとどうだった?やっぱ噂通り冷たい感じ?同じ相手とは二度寝ないっていうし」
「噂以上。名前呼びもキスもダメ、挙句の果てにはずうっとイヤホンしてんの!ありえなくない!?」
「あぁ、ホント噂以上ね…。誰にでもそんな感じらしいし、恋人になるのは難しいかぁ」
「いくら顔が良くても願い下げだわ」
「だよねぇ」だなんて大きな溜め息を吐く二人の下に、コツコツとまた別の足音が近づいた。
「ねぇあなたたち、もしかして彼に仕返ししたい?…いい方法知ってるんだけど」
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