親の都合で引っ越すことなんてしょっちゅうで、幼い頃から色んな家や学校を転々としていた。だから繋がりなんてあっても面倒なだけだと思っていた。友達も近所の犬も、仲良くなればなるほど後が虚しいだけ。
つっても、友達って言える存在なんて一人もいなかったし今もいないんだけど。しょーくんは恋人だし。
しょーくんがいる学校に転校したのはおれが小学校三年の時。季節は春…じゃなくて秋で、夏休み明けの変なタイミングでの転校だった。まぁどうでもよかったけど。
クラスでのことはあまり覚えていない。というかしょーくんが関わること以外ほぼ覚えていない。必要ないから。
ただあの瞬間は、鮮明に覚えてる。色褪せないように何度も反芻したからだろうか。
おれは生まれた時から容姿が優れてた。中性的な顔立ちで、子供の時は女の子と間違われることもしょっちゅうで、何なら従姉妹の着せ替え人形と化していた時期もある。髪は長く、スカートやフリフリヒラヒラの服を着て、街を歩いては何故か従姉妹たちの方が自慢気な顔をしていた。当のおれはというと、やっぱりどうでもよかった。
その格好のまま転校したせいか、からかわれることは日常茶飯事だった。男のくせにとか、カツラなんじゃねーのとか、何か色々。
実を言うとその頃から煩い奴らは片っ端から拳で…たまに蹴りで黙らせるようになっていったので特に困ってはいなかったんだが。
ちなみに言うとおれが元ヤンっていう噂は本当。ケンカをよくしてたってだけで、別にどこのトップでもなかったけどね。
まぁそれはさておき、お昼休みに廊下で出くわした男子…女子だったかな、どっちでもいいや、数人におれはまたやいやい言われていた。ただ「うるさいな…」と思っていたが、不意に毛色の違う声がおれの世界に飛び込んできたのだ。
「うるっせーぞ!そんなに髪が長いのがだめってんなら、お前ら全員坊主にしろ!!」
「んだよ立藤、何でお前が怒んだよ」
「冗談だって、なー?」
突然どこからか現れた一人の少年に驚いたのはおれだけじゃなかったらしい。やいやい煩く喚いていた奴らが、その少年の登場に焦ったように弁明しだした。多分そう。おれはしょーくんに釘付けだったから他のことは知らない。
ぼうっとしていると少年はおれの前まで来て、こてんと首を傾げた。彼がよくする仕草は、この頃から変わっていない。
「てんこうせーって、お前か」
「…うん」
「なんだ、泣いてんのかと思った」
「泣いて、ない」
「じゃあいいけど…。あ、名前」
「おれはね、じん。ふゆつき、じん」
「じん」
「………!」
その瞬間、小さな唇が紡ぐたった二文字が、世界に色をつけた。たった二文字。それだけだ。
だけどそれだけがおれには十分すぎるほどの眩しさをこの世界にもたらした。まるで魔法のように。
だけどそんなささやかで二つとない奇跡を起こしたこと、きみは今も知らないんだろうな。
「めっちゃかっけー名前!いいなぁ!俺は、たちふじのぼる!よろしくな」
そうして二人は段々と仲良くなり、短い時間で愛を育んで、将来を誓い合った。別れ際、去り行く引っ越しのトラックを一生懸命追いかけるしょーくん。手には二人で一生懸命作ったお花の指輪と、ずっとずっと一緒だよって書いたおれの手紙…。ぐしょぐしょに泣きじゃくったしょーくんは叫んだ、将来絶対お前を幸せにすると…!!
「待って待って待って!ストップ!!」
「こっからがいいとこなのに」
「違う、待って、マジで。そんな記憶全くないんだが?」
「忘れてるだけじゃん?」
「いやラストの別れのシーンとか絶対捏造だろ!そもそもそれ本当に俺?別人とかじゃない?」
「しょーくんだよ。正真正銘」
「でもさ…いや確かに小学校ん時風変わりな転校生いたなって記憶はふわっとあるけどさ…」
ふわっと思い出したその転校生については、こいつの言う通り名前を教え合った記憶はふわっとある。が、将来を誓い合ったとか、泣きながら引っ越しのトラックを追いかけたとかいう記憶は欠片もない。つまりは捏造、こいつの虚言ってことだ。全くどこからどこまでが本当なんだか…。
「しょーくんが知りたいって言うから話したのに。おれたちの馴れ初め」
「色々おかしい。てか馴れ初めって!付き合ってねぇし。本当、お前が話すとどこまでが本当でどっからが嘘なのか分かんなくなる…」
「信用ないねぇ」
「自分の行いだろ!!あ。え、待って?スルーしてたけど元ヤンってマジなん?」
「今更そこ?どうでもよくない?まぁマジだけどさ」
「全国制覇…?」
「してないよ?スポーツじゃあるまいし」
「地元では名を馳せた伝説の…?」
「馳せてないよ、周りの評判とかどうでもいいし」
「何でグレたん?」
「ちょっとした反抗期。しょーくんと引き離されたのがやっぱ許せなくて」
「俺関係ないだろ」
「ないもなにも、おれ、しょーくん関係でしかわがまま言ったことないよ?まぁ高校入ってから正確な居場所が分かって落ち着いたけどね」
「えぇっと…それは」
誰の?とは訊かないでおこう…。
「やっぱ信用ならねぇ…」
「ちょろいのに警戒心強いんだよなぁ。でもまぁ、完全に懐くまでもうちょっとだね」
「懐かねぇよ?」
絶対。いや、多分。
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