「この学校はカップルが多いよね」
「そっすね」
「ははっ、同い年なんだから敬語じゃなくていいよ」
「はは」
あ、このノリ苦手だ。初っ端から下の名前とかで呼んでくるとことか、めっちゃ陽のオーラだ。いいや、陰とか陽とかじゃないな。距離の詰め方の問題だな。
あれから何故か俺にぐいぐい話し掛けてきた転校生くんは、他の生徒にもたくさんお昼に誘われていたにも関わらず俺とお昼を過ごしたいと言ってきた。そして俺は断った。何でって。
あづみがいるから。あいつがいいって言うとは思えなかったから。
人見知り…というか気紛れ屋さんだもんな。とりあえずちらっと転校生の話をした時、ちょっと不機嫌そうになってたし…。理由は知らんけど。
という訳で彼のことは言わずにやんわりその場は切り抜けたんだけど、だからって転校生くんは俺に話し掛けることをやめなかった。学級委員は俺ではないのに学校の案内を頼んでくるし移動教室にもべったりくっついて来ようとするし、挙句の果てにトイレにまでついてこようとする始末。
一瞬誰かを思い出したが、いややっぱり全然違うなと思い直して転校生くんを撒いた。ちょうどトイレに向かう途中に転校生くんの出待ちをしていたらしい生徒たちがいたので、俺はそそくさと間を抜けてきたのだ。さすがモブ。さすがの存在感のなさ。俺だけはあのきゃっきゃした集団を通り抜けられたが、転校生くんはそうはいくまい。皆彼を待ってたんだしな。
そして誰にも愛想が良い転校生くんは、あの集団を無下にすることもできまい…。さすがにちょっと申し訳なかったかなと目的のトイレにたどり着いたら、奴がいた。転校生くんじゃなくて…。
「クリームパン泥棒!」
「いつまで引きずんのそれ。カレーパンやったじゃん」
「一生ネタにしてやる」
「一生………。ふうん」
「何で嬉しそうなん?」
さてトイレの前で腕を組んで仁王立ちしていたクリームパン泥棒もといマイベストフレンドあづみくんは、一瞬嬉しそうにしたがすぐに不機嫌な顔になった。無表情じゃない、不機嫌ですよと顔に書いてある。本当にサインペンで書いてやろうかな。
「いやいや、とりあえずトイレ行かせてくれ」
「おれの質問に答えたらな」
「なんなんそのシステム。休み時間終わっちゃうよ」
「みやと、何であの転校生とべったりなの」
「そんなん俺が聞きたい」
「あいつのこと好きなの?」
「俺はどっちかっつーと苦手」
向こうは知らんけど。俺は苦手。まだたった数日だけど。
「なのに振り払えないんだ。…おれの時みたいに。馬鹿だなホント」
「はあ?はあああ?ざっっっけんなよお前、好きだから一緒にいんだろ!ちょい表出ろ!そのケンカ買ってやる!」
プッチンした。今のはプッチンきたよ。今まで俺がしょうがなく一緒にいてやってたと思ってんのかこの偏屈クリームパン泥棒が!
そう思ったら腹立たしくてムカついて悲しくなって、拳にぎゅうううっと力が入った。髪の毛全部むしり取ってやろうか!?
「そんな怒んなって」
「怒るわ!」
「トイレはいいの」
「あ、行く」
んぁ。あれ。ふと彼の顔を見ると、表情にこそ出ないものの、ものすごく嬉しそうにしているのが分かった。何で分かるのかと問われれば俺も答えられないんだけど、そういう感じがした。雰囲気がこう、ほわほわしてる…気がする。
「あづみ、お前…何で嬉しそうなん?」
「別に、喜んでないし」
「喜んでるのか…」
マジで分からん、感情のスイッチが…。と思っていると視界が暗くかげった。何だ何だと見上げると顔の両側には腕、目の前には見慣れた…なのにちょっと泣きそうな顔があった。本当感情豊かだな、こいつ…。無表情でクールなとこが素敵って言ってる子たちにも見せてやりたい。いや、やっぱり内緒でいい。
「みやと…ごめんね」
「それは、何に対して?」
「たぶん、傷つけたかなって。みやとが一緒にいてくれて嬉しい」
え、誰これ何これ。めちゃめちゃ素直っていうか…どうしたマジで。
「明日はあられでも降るのか…?」
「知ってるんだ、お前が人の好き嫌い結構激しいのに押しに弱いこと」
「あ、無視なんだ?てか突然すげぇディスるな?謝ってるんだよな?」
「だから、嫉妬した。おれだけじゃないんだって」
「んんー?えぇっと…」
ちょっと距離を縮めればあづみの胸があるから、考えながらもぽすんと凭れ掛かってみた。両腕壁ドンからの反撃。予想もしてなかっただろ。
そのせいかな、あづみの心臓の音が大きくなった。びっくりしたのか、それとも近くなったから大きく聞こえるだけか。彼からは、俺のつむじが見えてるんだろうなぁ。おのれ身長差。すぐに追い越してくれる…!
「あの………みやと、さん…?」
「お前の言う通り、俺大分好き嫌いはっきりしてるよ。嫌なことは嫌って言えるし、ケンカだって売られたら買うし」
「うん。…いや買うなよ」
「だから、怒った。こんなに一緒にいる俺をまだ試そうとするとは」
「だからごめんて」
「あづみくんの課題は、自信をつけることだなぁ」
速めにとくとく言う鼓動に耳を傾けながらそういうと、彼はちょっと黙った。ごくりと唾を飲み込む音がして、見上げると…。
「…知ってるんだけどなぁ」
泣きそうに微笑う綺麗な顔があった。ホントにもう。
「手伝ってやるよ。しょうがないからな」
「うん」
にかっと笑い返すと、何か眩しいものでも見るようにあづみが目を細めるので不思議に思う。窓は逆側なのにな、変なの。
「お代はクリームパンでいいよ、お財布あづみくん」
「えぇ…」
「そこは渋るんかい」
そういやトイレ行く途中じゃなかったっけ。予鈴が鳴ってから気づいたけど、そんなに急ぎでもなかった気がするので次の休みに行くことにした。
廊下の向こうから刺さる視線には、あづみの腕に守られていた俺は気づかなかった。
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