パンくわえて「遅刻遅刻ー」って走って門でぶつかるやつ、よく見るじゃん。現実には見ないけど、よくある定型みたいなさ。まさかその次の次くらいにベタベタなことが自分に起こるとは思ってなかった訳で、それを見た瞬間変な声出ちゃった。
「ふぁ、何だコレ」
下駄箱に手紙というシチュエーションはこの学園でも珍しくないが、俺には無縁だと思っていた。あづみならいざ知らず。なのに、パカッと自分の靴箱を開けるとそこに入っていたのは真っ白な紙で…。手を伸ばすとそれはカサリと音を立てて、軽すぎたのか拾う前に床に落ちてしまった。
『お話ししたいことがあります。放課後、一人で校舎裏へ来てください』
そうしてふわりと開かれた便箋には綺麗な字で、そんなことが綴られていたのだった。
これはまさか、もしかして、遂に…?
こ、告白か…?
なーんてことあるわけないじゃんね。知ってた。とか自分で言うのも虚しいけど。
書かれていた通り放課後、ほとんど人気のない校舎裏へ一人で向かうと、そこには数人の生徒たちが待っていた。ほらぁ。
そこには男女が半々くらいいて、その真ん中で女王様みたいに堂々たる態度で待っていた女子生徒は俺が来たことを確認すると辺りを見回す。
本当に一人で来たのか疑ってんのかな。
こんな雰囲気、告白どころじゃないじゃん。
めちゃくちゃ睨みつけてくるし、一人で来いって言ったくせにあっちは大勢で来てるし。
そして全員が全員、似たような顔で俺を見ていた。
「本当に一人で来たのね」
「はぁ、そう書いてたし」
「じゃあ単刀直入に言うけどあなた…さっさと彼を解放しなさいよ」
あぁ、うん、知ってた…。こういうやつね。
「一応確認するけど、彼、とは…」
「言わなくても分かるでしょ?皆の王子様…あづみくんよ。あなたじゃ彼に釣り合わないわ。早く別れなさい」
いや別れるもなにも、まず付き合ってないんですよね。
「付き合ってないです」
「そう。じゃあ、あなたの一方的な片想いなのね」
そっちの方がしっくりくるみたいに、その場にいた俺以外の全員がうんうんと頷いた。
なんでそうなんの?皆、恋愛脳すぎん?
「片想いでもないし」
「は?なら両想いだとでも思ってるの?思い上がりもいい加減にしてっ!」
だからなんで!俺があいつのこと好きなの前提なの!こっちがいい加減にしてって言いたい。
けれど俺が次に言葉を発するより前に、すっと女王様の後ろにいたメガネくんが何かを差し出した。反対の手でくいっとメガネを上げるとさっとまた背後に引っ込む。
ニヤリ、キラーンじゃねぇんだわ。俺の方を一瞥して一瞬口角上げたけど、勝ちを確信しましたみたいな顔されたけど。何だあいつ殴りてぇ。
平和主義者な俺はそんなことしないけどさ!
「さて、あなたが何を言おうとこちらには証拠があるのよ」
「一応確認するけど、何の証拠?」
「あなたが彼に付き纏っているという証拠よ!」
バァァアン!っていう効果音が背後につきそうなドヤ顔で、女王様は俺に向かって数枚の紙を突き出した。写真だ。現像したんだ。このデジタルの時代に…。いや味があっていいと思うけど。ご苦労様です。
それらを恐る恐る受け取って確認してみると、やっぱりそこには俺とあづみが写っていた。
廊下で俺の後ろに気怠そうについてくるあづみ、屋上で自分の体重も気にせず俺に思いきり凭れかかってきているあづみ、背の高さを悪用して俺からクリームパンを奪い取るあづみ。
…どれも隠し撮りじゃないか。
そして極めつけには…。
またまた廊下を歩く俺の後ろ姿と、その前でダルそうにピースするマイベストフレンドあづみが写っていた。完全にカメラ目線だ。…え、いや、カメラ目線だ!!はぁ?意味分からん。え、何で!?
まさかあの野郎…気づいてたんかい!いや教えろよ!?
後で怒ってやろ…。
ふと写真から視線を上げると、彼らはまだ勝ち誇ったみたいな顔で突っ立っていた。なんでやねん。最早コントだ。
この写真見てどう受け取ったら俺があづみに付き纏っていることになった?寧ろ明らかに逆では?どこが一方的な片想いだよ阿呆。
「まだ何か言いたそうな目ね。生意気だわ」
「言いたいことというか、ツッコミが一人では追い付かんと言いますか…」
「いい?あの人は誰のものでもない、皆のものなのよ!はっきり言ってあなた邪魔なのよ!」
はあ?
「人をモノ扱いすんなよ」
「偉そうに、ちょっと仲良くしてもらえてるからって!彼は一匹狼が似合うの!クールなところが彼の魅力なのよ!」
………はぁぁあああ?
「じゃあお前らはあいつに独りでいろっつーのか?何の権限があって!」
「なっ、」
「俺が不釣り合いとかそんなんどうでもいいけどなぁ、あいつが誰と仲良くしようが一人でいようが友達作ろうが恋人作ろうが、他人にとやかく言う権利あんのかよ。ねぇよ!あいつはモノじゃないっ!!」
「そんなこと…!」
「分かってねぇ!一人でいろ?クールなところが魅力?あいつは何も考えてねぇただ無気力でものぐさなだけだ!」
「何なのあなた!言わせておけば…!彼は優しいの!誰にでも!そんな彼にちょっと優しくされたくらいで、」
「優しいだぁー?誰のことだ、誰の!人が楽しみにしてたクリームパン奪うやつのどこが優しいんだ馬鹿か!ていうか盗撮気づいてたんなら教えろよ!ていうか!そもそもこれ全部盗撮だからなお前ら!」
「この、この…っ!」
口では到底敵わないと思ったのか、女王様の右手が高く宙に上がる。そうして思いきり振り下ろされ…。
「ていうことがあってさぁ…」
「ははっ、なにそれ不憫」
「なぁ今何で笑った?笑うところあった?なぁ」
ふくくっと肩を震わせている彼を睨みつけるも効果は全然ない。おかしいなぁ。
「てか俺怒ってんだからな!何で盗撮されてたの教えてくんなかったんだよ」
「いやぁ、まぁいいかなって」
「良くない!肖像権!プライバシー!」
「うるさ…」
「ピースしてるお前の写真見た時が多分一番ムカついたわ」
「嘘吐き」
「は?」
そういえばあの時、結局俺は殴られなかった。
思いきり顔を叩かれるのかと身構えた俺はきゅっと目を瞑ってたけれど、想像していた痛みも衝撃も一向に来なくて。
目を開けると、どうしてか怯えた顔の女王様が足を震わせていた。人を叩いたことないのかな。
しかし彼女の後ろの面々を見ても皆一様に同じ表情で、やっぱり怯えるような顔をしてた。その視線は俺ではなくて…。
「なぁ、あづみくん」
「なに?不憫なみやとくん」
「一言多い…。お前あの時どこにいたの」
「どの時?」
「俺が絡まれてた時」
「いつだっけ」
「昨日の放課後!どこで何してたの」
「そんなにおれのこと知りたいの?どうしよっかなぁ」
「腹立つな…。言いたくないなら別にいいけど。何してたとかどうでもいいし」
「訊いてきたくせに」
「言いたくないんだろ」
ムッと唇を尖らせて顔を逸らすと、顎を掴まれて半ば無理やり目線を合わされた。そしてちょっと、ドキリとする。多分びっくりして。
彼の目元が細められて、心底愉しそうだったから。それがいつもの表情とは、似ても似つかないものだったから…。
「おれ、学校にいたよ」
「え、先帰ったんじゃ…。何してたの」
「うんとね、ハラハラして、キュンとして、ムカッとしてた」
「………漫画でも読んでたん?」
「ふふっ。まぁ、そんなとこ」
こいつをそんなに笑顔にさせる漫画とは…。
今度貸してもらおう。
自分だって嘘吐きじゃんか。
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