「それにしてもモテない」
「…モテたいの?」
「いや別に、そういうわけじゃないけど…」
ちらりと中庭に視線を向ける。うん、今日もいつも通り、バカップルが多いなぁ。他人があーんしてるところなんてもう何度見たことか。教室でじっとしてても校舎を歩いてても視界に入ってくるし、購買の前でだって見かけたことがある。だからもう日常の風景の一部だなって捉えてるんだけど、他校の友達に話したらドン引きされたことがあるんだよなぁ。
そう、どうやらこの学園はやたらカップルが多いらしい。数だけでいえばフリーの人の方が半分以下だと思う。それでも片想いとか色々あるだろうけど、とにかく思春期ということだけでは片付けられないほど色恋の話題でいっぱいだ。
それでだろうか。俺のクラスメートも、皆少なくともこの学園に入ってから一度は告白された経験があるという。なのに俺だけは一度もない。本当にマジで、たったの一度もない。誰かが俺のこと好きらしいとか、それっぽい噂も一切ない。本当清々しいくらいに。
別にモテたいとかではないけど、全然ないけども、どうしてだろうと不思議に思うくらいには周りの方がそういったピンク色な話題に溢れてるのだ。三歩歩けばもうバカップルがいる、そんなこの学園で何故か俺だけが一切ピンク色じゃない青春を送っている。
別に恋人とか欲しいわけではなくても、俺だけ何もないっていうのはやっぱり気になる。おっとこれが思春期かな。関係ないかな。
「ううん、なんでかなぁ」
「それは…おれといるからかなぁ」
「え、何でお前が出てくんの」
「そりゃあだって…」
「だって?」
「………」
「言えや」
一体何を考え込んでるんだか。そんなに言いにくいことでもあるのか。
ふいと視線を彷徨わせたあとでやがて中庭を見つめ、クリームを付けたままの口であづみが呟いた。
「だって、おれみたいな整った顔がいるのに、わざわざみやとに声掛ける物好きはそうそういないよ」
こ、このやろう…。薄々分かってたことを…。
たまに喋ると毒舌になるのなんなの?ストレス溜まってるの?悩みがあるなら聞くが?ケンカなら買うが?
「このやろう、知ってたよありがとう!」
ムッとなりながらポケットからティッシュを出して、彼の口元のクリームを乱暴に拭う。ぐいと擬音が鳴るくらい荒々しく拭いたのに彼は気にしない。大人しくされるがままだ。
そして俺を見ない淡いクリーム色の瞳は、何かやっぱり元気がない。
「なぁ、あづみ」
「…なに、怒ったん」
「怒った。こっち見て」
「………」
「あづみ」
「…口ではいくら顔は関係ないって言ったって綺麗事でしょ?おれが違う外見なら、今言い寄ってくる奴なんて一人も居ないよ」
何言ってんだこいつ、そんなわけないのに。自分のこと顔だけだとか思ってんのか。見る目がなさすぎる。残念すぎる。俺の知ってるいいとこを広辞苑並みの本にしてその角で殴りたくなった。
とてもかなりすっごい殴りたくなったけど、もうすでに殴られましたみたいなカオをしてる奴はさすがに殴れない。
「じゃあ俺が言い寄ってやる。これで一人はいるな」
「見る目ないね」
「お前にだけは言われたくない」
「………ホント、表面しか見ない奴ばっかだよな」
「…?帰りクレープ屋行く?」
「行く」
甘党のあづみが元気ない時はとりあえず糖分を与えておけ。と、めんどくさいオトモダチ取扱書十二頁目くらいに書かれてた。知らんけど。
ちなみに俺がマジで真剣に言い寄ったらどうするんだと好奇心から訊いてみれば、フンと鼻で笑われた。
このやろう、いちいち人を馬鹿にしないと気が済まんのか。でもちょっとだけ、淡い瞳に光が戻って良かったと思う。糖分は偉大だ。
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