mitei あづみとみやと | ナノ


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購買のクリームパンの袋ってさ、なんでかいつも「ここから開けられます」じゃないところからしか開けらんないんだよな。端っこにギザギザついてるけど、いつも関係なさそうなところから開くもん。納豆のタレとかもそういうやつある。
そんな心底どうでもいいことをぼんやり考えながらクリームパンをはむ、と口に含んで下を見ると、この学園に来て何百回と目にしてきた光景が広がっていた。まだ袋の開け方談義の方が興味ある光景。

『待ったぁ?』

『ぜぇんぜん!今来たとこ!』

とかいう会話をしてんだろうなぁ…あのバカップルたちは。
ごくんと飲み込んで無感情に下にいるバカップルのイチャつきを見る。暑苦しくないんかな。あ、パンが歯にくっついた。取れない…。

もぐもぐしつつ飲み込んで、さて三口目、というところで俺の手からクリームパンが突然消えた。と思ったら背後から手が伸びていて、その手が俺のクリームパンを掴んでいたのだ。キッと後ろを振り返って睨みつけるも効果なし。寧ろふっと馬鹿にしたような微笑が返ってくるだけだった。…こんにゃろう。

「何見てたん」

「あれ」

視線だけで促すと、クリームパン泥棒も「ああ」と納得したらしい。しかし興味がなさそうだな。
パンから手を離さない泥棒に俺は遂に根負けして手を離した。奴はそのまま堂々と奪ったパンを片手に隣に立ち、ちらりと視線だけ屋上の下に向ける。

「見てておもろい?」

「いやそんなに。てかパン返せ」

「ふうん。…あま」

「いや食うなよ、俺のパン」

こいつ…相変わらず覇気がないな。そんでやっぱ一口でっかいな。

マジで興味なさそうに下を見ていたクリームパン泥棒は、すぐに視線を上に戻して今度はこれみよがしに俺の顔を見つつ、俺のだったパンをもっしゃもっしゃ咀嚼している。くっそ腹立つぅ…。

「お前なんか飲み物忘れて口の中パッサパサになればいいんだ…」

「持ってきた」

「はぁ?ミルクティーっておま、まさか、初めから甘いもの…つまり俺のパン食う前提で?」

「うん」

「くっそやろうっ!」

「はは、食事中ですよ」

「ふざけんなよマジで。お前なんかもう成長期終わってんだろ!」

手を伸ばすも届くはずがなく、ひょいと簡単に避けられてパンは遠ざかる。代わりにって新品のカレーパンを渡されたが納得いかない。俺は甘いものの気分だったんだ!カレーパンも悪くないけど今じゃないんだよ、カレーパンも悪くないけど!

「というかどうせ食うなら俺の食いかけじゃなくて新しいの買って来いよ!」

「はー。うまぁ」

「聞けや」

腹が立つので俺も渡されたカレーパンに噛りついた。
…あ、うっまぁ。

単純な俺はもくもくと口の中のカレー味を堪能しながら、ついでに斜め上を見上げてクリームパン泥棒の顔を遠慮なくじいっと見つめた。相変わらず黙ってれば綺麗なのになぁ。あと人のパン奪わなければ。

ほぼ金色に近い自称地毛の髪はウェーブがかっていて、前髪が鬱陶しいのかセンターで分けている。俯くと髪が重力に逆らわず落ちてくるらしく、片手でかき上げるそのふとした仕草すらモデルのようでとにかく格好いい…を通り越して神々しいと学校中のファンが騒いでいた。

入学した時からすごい王子様みたいな奴がいると騒ぎになっていたし、クラスどころか学年も越えて色んな生徒に囲まれていたのもふわっとだが知っている。性格はとにかくこいつは人気者なのだ。性格はともかく。
…王子ならパン奪わないよ、与える方だよ。今なら分かるが、どっちかっていうと山賊だよ、こいつの中身は。なのに入学から時間が経った今でも彼を慕う者は絶えず、公式なんだか非公式なんだか分からないファンクラブの人数も日々増えているらしい。本人はそういうの全く気にしてないっぽいから、多分非公式だろうなぁ。

こいつ、そんな人気者なのになんで毎回俺の方に来るんだろう。
一昨日だって校舎裏で告白されてたの知ってるし、毎朝靴箱に何かしらラブレターやら連絡先みたいのが入ってるのも知ってる。廊下を歩いていたってこいつに声を掛けたそうにしている生徒だってもう数えきれないほど見てきた。なのにどうして、と一度訊いてみたことがある。すると返ってきたのは一言。

「…落ち着くから」

だって。ふむ、なるほどちょっと説明が足りない。というわけで、想像で補完するほかあるまい。

モテるとはいっても悲しいかなそれは本人の意思とは関係ないわけで、俺のように地味で平々凡々で特にこれといって目立つ容姿でなければ問題はなかった。歩くだけできゃあきゃあ言われることもなければ俺を取り合って誰かが争うこともない。平和に暮らせるし、さっきみたいにぼうっと他人の色恋沙汰を俯瞰していられる。

けれどそうでなかったら。こいつのように、嫌でも目立つ容姿であれば話は別だろう。
毎朝靴箱を見て辟易したり早く帰りたいのに呼び出されたり、挙句には肖像権はないのかと言いたくなるほどに堂々と盗撮されたりする始末。そんな、一緒にいればおのずと見えてくる「モテる奴の苦労」ってものが少なからずあった。

しかも口ではあまり主張しないものの表情は雄弁な彼は、そんなことがある度に「うぜぇ」という顔をしているので察しはつくというもの。それでも言葉には出さないあたり、こいつの根っから誠実な性格が感じられる。いいやつ。でもクリームパンを奪っていいことにはならんからな、てめぇ。

「めっちゃじっと見てくるじゃん。見物料取るぞ」

「クリームパンがそれってことで」

「ふうん。見てておもろい?」

「うーん…。まぁ飽きはしない、かな」

「ふうん。………あっそ」

なんなん、そのなっがい間。

「頬にクリームついてんよ、あづみくんやい」

「みやとが取って」

「てめぇで拭けや」

「………チッ」

しれっと舌打ちしやがった。良くないと思うな。本当にどこがプリンスだ。
俺は無視して、またもくもくと咀嚼を続けた。

…うん。それにしてもやっぱカレーパンも美味いな。

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