mitei アプリと飯友 | ナノ


▼ ある意味アプリのおかげ?

待ち合わせする人が多い駅前で、一人、また一人と相手を見つけて楽しそうに去っていく。
そんな光景をぼうっと眺めながら俺はまた、開きっぱなしの画面に目を落とした。ううん、進捗なし。

「…はぁー」

今回もだめかぁ。
大学に入ってから、高校とは違って色んな人と交流できるようになって、そしたら自然と好きなひとの一人や二人や三人四人五人はできると思ってた。いや実際は一人でいいんだけど。そんな要らねぇ。
でも思ってたような出会いはないし、ちょっとでもいいなと思った人は皆恋人いるし。そんな時に何となぁく流れてきた広告をタップして始めてみたのがマッチングアプリ。俺が使ってるのは同性同士でもマッチングできるもので、本当に色んな人がいる。そしてまだ始めて半年くらいだけど、成果は…。

ぶっちゃけ全然ダメだ。どうしてこうなるんだいつもいつも。アプリ上で話し掛けてくれる人はたくさんいるし、会ってみようという話になることも多々あるのに…どうしてか相手が待ち合わせに現れることがない。
いつもいつもいつも…といっても五回目くらいなんだけど、おもしろいくらいに誰とも実際に会ったことがない。
理由は、超のつく遅刻で「今からじゃ間に合わないから」とか、「日付け間違えてたわ」とか、最悪連絡もなしにすっぽかされることもあった。もう殴っていいと思う…。

おかしいなぁ。皆そんなもんなんかな。それとも俺以外は実は全員サクラってやつで、マジでやってるのは俺だけだったりする?そうだって言われても納得できる。でもメッセージ上では皆優しいんだよなぁ。会ってみたいってのも大抵向こうからの提案だったし、実際にこうして待ち合わせになるまでは何のおかしい点もなくて。
俺、何か気に障ること言ったりしたんだろうか…。初めのうちはそう真剣に考えたこともあったけれどここまで来るともう自分を責めることも相手に腹が立つこともなくなって、諦めの境地に入りつつある。五人くらいで早いかな。でもなぁ。

「「…はぁ」」

「え」

「あ」

待って、何か溜め息ハモった?重なったよな。と思って隣を見ると…びっくりした。
俺より頭一つ分くらい背の高い、不審者…みたいなひとが立っていたからだ。

もう夜に近い時間だというのにサングラス、マスクに帽子。顔が見えない。でも襟足から赤い髪が覗いてるのが見えて、一瞬見間違いかと思った。よくよく見ると他は黒いのにそこだけグラデーションで赤になってて、カッコいい染め方だな…と見入ってしまった。その髪型、マッシュウルフ?ていうんだっけ。いいな。赤は冒険だけど今度真似してみようかな。俺に似合うかは知らんけど。

いや違うな。そこじゃないな。

「ね、お兄さんも待ち合わせ中?」

「へぁ?俺、ですか」

「さっき溜め息被ったよね」

へぁ。マスクでよく分からないけど多分笑ってらっしゃる。というか話し掛けられるとは思わなくて変な声出しちゃった。まぁ話し掛けるよね、見てたもんね。主に俺がね。
赤マッシュお兄さん。便宜上、心の中でそう呼ばせてもらう。彼はフランクに俺に話し掛けてきて、多分微笑んだ顔のまま俺の返答を律儀に待っているので俺も返さない訳にはいかなかった。

「溜め息、被りましたねぇ」

「だよね、ウケる」

陽の人じゃん。こわい。
でも会話続けなきゃ。

「あ、お兄さん…も、待ち合わせしてるんすか」

「まぁねぇ。でも多分、すっぽかされたかな」

「へぇ」

意外。顔はよく見えないけど小さいっぽいし、スタイルもいいし、声もいいから多分格好良いんだと思うけど。
そんな人でも約束すっぽかされたりするんだなぁという偏見がある。友達かな。それとも恋人、かなぁ。恋人なら尚更こんな格好良いひととの約束すっぽかしたりするだろうか。分からない世界だ…。

ぼけっとそんなことを考えていると、赤マッシュお兄さんは何も気にしていない様子で明るく俺に話し掛けてくる。陽だなぁ。

「ね、君も溜め息吐いてたってことは、相手来ない感じ?」

「はぁ。みたいっすね」

もっかいやり取りをしてたスマホに視線を落とすと、赤マッシュお兄さんと話してたせいか真っ暗になってた。だからって、電源をつけてパッと明るくなった画面を見ても変わったことは何もなく。今日会うはずだった相手とのメッセージ画面には一言、「今日行けなくなったかも」という身勝手かつ「かも」という微妙な可能性を残した文面だけ。
「かも」ってなんだよ。行けないんならはっきりそう言えよと思うがこういうことに慣れてしまった自分も居て…そろそろアプリやめようかなとか思っている。はぁ、ままならない…。

「はぁ、勝手だねぇコイツ。どこが良かったの?」

「わわ、ちょっと、人のスマホ勝手に覗き込まないでくれます!?」

「見えたんだもん。ゴメンて」

「もうー」

ま、別にいいけどさ。
もう一度「はぁあー」と長めの溜め息を零して時間を確認して。そろそろ帰ろっかなとスマホをポケットにしまったところで「…あのさ」と遠慮がちな声が降ってきた。

赤マッシュお兄さんを見ると彼も俺をじっと見て何か言いたそうにしてる。多分。顔の半分以上見えないからなぁ。

「なんすか」

「あのさ、約束なくなったってことは、これから時間ある?」

「はあ、まあ…」

「じゃあお願いがあるんだけど、これから飯行かない?」

「え、お兄さんと?」

「うん。君さえ良ければなんだけど。実は今日、二人で個室予約しちゃっててさ。キャンセルするのももったいないし」

「えぇっと…」

顔はよく見えないけど、その姿がちらちらと俺の反応を窺うように緊張している気がしたのでノーとは言えなかった。というかまぁ、俺も時間できたし。どうせこのままコンビニとか寄って帰るだけだったしな。

「…俺で良ければ」

「マジで!!」

「え、テンションたか」

「あ、ごめん。嬉しくてつい」

そんなに…?
軽い気持ちで了承したらめっちゃ喜ばれてびっくりしちゃった。そんなに行きたかったお店なんだろうか。というか、高いとこだったらどうしよ。大衆居酒屋とかじゃ絶対ないよな、人数で予約とか言ってたし。
えぁ、ちょっと待って。さっき個室って言った?やべ、忘れてたその部分…。絶対高いとこじゃん!

「あの、俺やっぱり今日は…」

「いやぁ良かった!一緒に行ってくれるとは思わなくて…本当ありがとね!」

「あ、はい」

断れねぇ。チラシとかティッシュとかも断れない俺がこんなハッピーオーラ全開のお兄さんのお誘いを断るとか無理だ、めっちゃ嬉しそうだもん。顔見えないのに…。
そうして彼に連れられるがままにお店に行くと案の定俺とは無縁そうな高級感漂う和食のお店で、個室に入るまでも俺は間違った選択をしてしまったのだろうかと緊張しっぱなしだった。そんな俺とは正反対に、彼は慣れた様子で案内され、まるで何回も来ているみたいに慣れた様子で腰を下ろした。正座しててもスタイル良いってどういうことだ。

「………」

「ここ美味しいんだ。遠慮しないで食べてね」

いや無茶言うな。こんないかにもお高そうな高級旅館みたいなとこ、来たことないし。
というか個室だから、ふたりきり。それも今更になって緊張してきた…。俺コミュニケーション得意な方じゃないのに。そうしてきょろきょろと辺りを観察していた顔を赤マッシュお兄さんに戻すと、そこには赤マッシュお兄さんと同じ服を着ためちゃめちゃ綺麗な彫像があった…いや違う、え、誰だこれ。

「いやぁ、やっぱ眼鏡とマスクと帽子全部は顔が見えづらくてダメだな。これでやっとはっきり見える」

そう言ったのは俺ではない。目の前に座る、赤い瞳のとても美しい彫像…みたいなお兄さんだ。
漆黒の髪に一部だけ垂らされた赤と、その赤に似た瞳の色。その瞳は真っ直ぐ俺に向いていて、あぁさっきまで一緒に居た彼だと分かった。芸能人かな。だったらさっきまでの変装も納得かも。でも知らない。テレビでもこんな格好良いひと見たことないってくらい目立つ美人なのに、マジで誰か分からなくて首を傾げてしまう。

「え、いや誰………もしかして芸能人?」

「あぁ、うん、まぁそんなとこ。ちょっとモデルみたいなことしてるだけだよ」

「モデルみたいな…」

そうなんだ、と納得していない頭を無理やり納得させていると、目の前の青年はふはっと破顔した。どこに笑う要素があったんだろう。

「ははっ!やっぱり実物はいいね、おもしろいなぁ」

「はあ、どうも…?」

それ、どっちかというと俺の台詞じゃない?芸能人らしいお兄さんの実物が見れて嬉しい、みたいな…?
でも俺このひとのこと知らなかったし、意味がよく分からなかったので流してしまった。

「あ、料理来たよ。和食は好き?」

「はあ、めっちゃ好きです」

「良かった」

そう、俺は和食が好き。中華もイタリアンも食ったことないフレンチよりも、和食が大好きである。大学の学食でも和食ばっかり選んでるし。たまたまだろうけど、和食で、しかも今後来ることはなさそうな高級料理店に来られて俺もテンションが上がっちゃった。だからかな、料理にいちいち喜んでた俺をものすごく嬉しそうに見てたお兄さんの視線には終始気づかなかった。
ちなみに食べ終わってから思い出したお会計はいつの間にか支払われていた。前払いだったんだろうか。だからキャンセルしたくなかったのかも。俺が払うと言ってもその日は断固として受け取ってもらえなかったので、このお金はいつか絶対返そう。

と、思っていたら。それからその青年とは飯友になった。
あの日奢られっぱなしは嫌だと俺が言ったら、じゃあ今度は別のお店に行こう、その時奢ってよ、なんてことになって。俺のお勧めのお店、お兄さんお勧めのお店と紹介しあっていたらいつの間にか友達になってた。いやぁ、コミュ力すごいなぁ、あのひと。

あ、そう言えば。マッチングアプリもう随分とやってないなぁと気づいたのは彼と高級料理店に行ってから数か月後のことだった。思い出したのは彼の一言。

「いやぁ、いきなりアプリとか始めるから焦っちゃったなぁ。…でももう必要ないよね」

「え、なにが?」

「なぁんでも!今日はどこ行く?」

「和食…と言いたいとこだけど新しいとこ開拓しよ」

「いいねぇ」

その後、もう必要ないかなと思って退会しようとしたら、何故か既に退会していたことになっていて。
しばらくログインしてなかったら勝手に退会される仕様だったんかなぁとびっくりした。
なんてこった、知らなかった。けど…まぁいっか。

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