ここ最近澤くんの様子がおかしい。
委員会でも部活の助っ人でもないのに一緒に帰れない日が増えたり、学校で会えても放課後の話になると気まずそうに目を逸らしたり。土日に遊びに誘っても用事があるからと断られることも増えた。おかしい。とってもおかしい。
彼が明らかに何か隠し事をしているのは分かるのに、俺にそれを問い詰める権利があるのかはまだちょっと自信がない。知り合い、友達、恋人、とか…。俺たちの関係性にどんな名前が増えたってそれが俺の自信に直接繋がるかというと、実はそうでもない。どこで何をしていようと彼の自由なのだから。俺の言動や行動一つで彼を縛りつけたいだなんて思ってない。…こともない。意地張った。
本心ではめちゃめちゃ縛りつけたい欲がある。四六時中俺のことだけ考えてて欲しいし俺のこと以外で時間取らないで欲しいと思うことも多々あるし俺以外視界に入れないで欲しい。安全かつ快適な環境で、ずっとふたりきりだけで過ごしていたいなんてことも考える。
でもそれは澤くんであっても澤くんじゃない。俺の好きになった彼は世話焼きでドがつく超お人好しでたまにめんどくさくてネガティブでそんでもカッコいいんだ。これから彼がどんな風になろうとも俺の気持ちは変わらないが、俺によって染められ俺によって縛りつけられてしまった彼を望んでいる訳ではない。いやそれもまた…。とにかく、俺も大分めんどくさい。
というか、この件に関して俺は別に焦ってもいない。だって澤くんが俺に内緒で、放課後や休日にどこで何をしてるのか知っているからだ。
何で知ってるのかは秘密。
彼が怪しい行動を始めたのが大体一ヶ月くらい前。そんで更に一ヶ月くらい先に、俺の誕生日がある。結論から言うと彼は、俺の誕生日プレゼント代のためにバイトをしているらしい。それも俺がこないだ一瞬だけいたかのファミレスで。
この結論は自惚れでもなければ妄想でもない。俺だって何度も嘘じゃないか疑ったが紛れもない事実だ。だって澤くん自身がそう言ってたんだもん。俺にじゃないけど。
これもどうやって聴いたのかは内緒ね。
俺のために頑張る澤くんは超絶愛おしい。おかげで何枚も何枚もバイト姿の写真が増える。どうやって撮ったのかは内緒ね。
でも彼は分かってない。俺が本当に欲しいのはきみとの時間だってのに、正直きみが足りていない。放課後どころか一分一秒離れていたくないのにさ。頑張ってくれている彼にそんなわがままは言えないけれど。
ちなみにそんなにバイトをしなければ買えない程に高価なものを買おうとしているのかというと、そうでもないらしい。寧ろまだ何を買うか決まっていないだなんて、バイト先の人に漏らしていた。これもどうやって聴いたのかは…ね。
たまぁに一緒に帰れた放課後に「最近忙しそうだね」と訊いてみたら「まぁ、うん」としどろもどろな返事が返ってきた。かわいー。
嘘吐くの下手すぎでかわいい。隠し事下手すぎでかわいい。耳赤いのもかわいいし、瞬きの回数がいつもより多いのもかわいい。全部かわいい。こんなかわいくて大丈夫なんだろうか。
いやカッコよくもあった。困る。彼がモテすぎて困る。
先週だって、お皿を落としそうになったバイトの先輩を助けてた。さすが澤くんすげぇカッコいい。が、その先輩が見事に澤くんの魅力に気づいてしまったので上書きするのに苦労した。
これもまた内緒ね。微笑んでみただけなんだけどね。まぁいいや。
そんなこんなで彼の短期だったバイトは終わり、俺の誕生日が近づく。一体何を贈ってもらえるのか、これは本当に何も知らない。聴いてないし見てもいない。
やっといつも通り一緒に帰れるようになった放課後に、彼が緊張しながらふと切り出した。
その緊張が移ったのか、俺も一緒に緊張してしまう。
「…あのさ、藤倉」
「なぁに」
「ら、ら、来週…その」
「来週?」
「日曜日、空いてる…か?」
ちらりと窺うように上げられた視線にか、彼の言葉にか、それとも全てか。俺の中心がどくんとうるさく鳴った。日曜日は、俺の誕生日だ。
「空いてる…」
「じゃあさ、その…!で、出掛けない…?」
「………」
泣くところだった、あぶない。かわいさと愛しさと嬉しさともう何やかんやで。返事をしない俺を訝しく思って彼が眉を下げる。あぁ、返事しなきゃ。
「やっぱ、その日は忙しいかな…」
「空いてるよ!一緒に出掛けよう!デートしよう!!」
「デ、デートとは言ってないだろ!」
「…違った?」
「違…くない、かも、だけど」
「やった。デートだ」
「…まぁ、うん」
耳どころか頬まで真っ赤で美味しそう。にやにやしてしまう頬は同じ色に染まってるかもしれない。まさか澤くんから誘ってくれるだなんて今日この日を記念日に制定するほかないな。
でもまだ、これだけじゃ終わらなかった。
「あのさ、買いたいものがあって」
「…?うん」
「悩んだけど、分かんなくて」
「うん?」
「だから一緒に、選んで欲しいんだ」
「一緒に」
「何を」って頭で考える前に、またおずおずと俺を見た彼の唇が動いた。そして一言。
「お前の、誕生日プレゼント」
これだけで、もう十分過ぎる程のプレゼントを貰ってるっていうのに?まだくれるの?何で?あ、誕生日だからか。いや、にしても貰いすぎだ。俺のためにバイトして、慣れない隠し事をして、サプライズにして、当日一緒に居てくれるどころかプレゼントまでくれるという。
貰いすぎだと思うのに、要らないだなんて言えないしもっともっとと欲張る俺もいる。醜いかな。でもごめんね、嬉しいとかそんな言葉じゃ表現できない。
あまりにも愛らしい提案に言葉が出てこなくて、代わりにぎゅうっと抱き締めた。どうしろって言うんだ。彼がくれるもの全て、もうすでに抱えきれないくらい降り積もって俺はその中でずっと考えてるんだけど。
こんなにたくさんのものをくれる彼に何か返せればいいのにと思いつつも、俺は甘えることにした。だって澤くんもさ、ちょっと怒った素振りだけど嬉しそうなんだもんな。
彼の誕生日には、何を贈ろうか今からわくわくしてしまう。あぁもうだめだ。
「あいしてる…」
「ここ、外なんだけど!!」
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