mitei reveal you | ナノ


▼ and me

「あ」

学校から帰る途中、ちょっといつもの帰り道とは外れた場所でとわさんを見つけた。
いつもならスーパーに寄っても使わない道。たまたま、コンビニに寄る用があって通った道だ。完全に予想外だった。

きちんとした灰色のスーツにアイロンがかかった白いシャツで、黒い髪を後ろにきっちり撫でつけた三十代後半くらいの紳士みたいなサラリーマン。みたいな風貌。ここからでは瞳も見えないし顔まではっきり見えるわけじゃないのに、俺には何故だか分かってしまった。

あれはとわさんだ。
他の誰が違うと言っても絶対そう。俺はそうだと思う。

しかしあの姿から察するに彼は今お仕事中なんだろうな。
見た目だけでなく、歩き方も雰囲気もいつもとは全然違う。そう言えばよく忘れるけれど、あの変人の特技は変装だったっけ。最近よくオフの彼と居ることが多いから、ダボッとした白いTシャツを着て眠そうに欠伸をしながら、透明にも見える白い髪を揺らめかせて微笑うあの姿しか思い浮かばない。

俺のちょっと先に居る人物とは似ても似つかない。
なのにあれは、とわさんなんだよなぁ。

お仕事中ってことは話し掛けない方がいいんだろうか。このまま他人のように通り過ぎる…?それとも不自然だけど引き返そうかな…なんて迷っているうちに、少し先の紳士と目が合った。あ、とわさんだ。確定した。いや疑ってはなかったけれども…。

俺を見つけた瞬間、灰色のスーツの紳士は口角をほんのちょっと上げただけだけど、背景にはぶわっと咲き誇る花みたいなのが見えた。漫画なら絶対そういうキラキラトーンが貼ってあると思う。雰囲気が、一気に明るく華々しく、鬱陶しいものになったのは俺の気のせいじゃないと思う…。

「やあ」

「…こんにちは、と…タカハシさん。お久しぶりです」

「久しぶりだね。元気にしてたかい」

うへぇ。喋り方から仕草まで、何もかもが知らない人だ。久しぶりだなんてつい口をついて出たけれど、俺はこんなおじさん知らない。
この姿と同じ変装は見たことがないし、知り合いにも似た人なんていない。
というか俺に近寄ってきていいのか。探偵のお仕事中だったんじゃないのか。尾行とかしてたんじゃないんだろうか。

俺の考えを簡単に読み取ったらしい彼は、くすりと微笑うと目尻に皺を作った。
…あぁ、どうしてだろう。さっきからなんか、胸の辺りがこう…ざわざわする。いらいらする?違うな…。そう、違うんだよなぁ。

一瞬目を逸らした隙に、紳士が一歩歩み寄った。また、違う、香り。ふいに手に持っていたビニール袋が奪い取られて視線を上げる。
そこには変わらず黒髪の紳士が佇んでいた。

「僕は今しがた仕事が終わったところでね。きみは、学校帰りかな」

「はあ、まあ」

「今日は、この後暇だろう?」

「何で知って…今更か」

「きみにちょっとお願い事があるんだけれど」

「なんですか」

「一緒に帰ろ?」

あ、とわさんだ。
知らないスーツの紳士からほんのちょっと覗いた、俺の知ってる透明なひと。とわさんの欠片が少し見えた。それだけで、さっきまで燻っていたもやもやがちょびっとだけなくなった気がした。

「………まぁ、別に」

「良かった。じゃあ行こうか」

いつもよりも素っ気ない返事をした俺をどう思ったんだろう。ビニール袋は奪い取ったまま、布の手袋をはめた紳士は歩き出した。革靴の足音がする。
今更だけど、手袋なんてしてたんだ。この姿じゃこれが完成形だから、似合うんだか似合ってないんだか分からないな…。
変装で手袋なんて珍しいことじゃないのに、じいっと凝視していると隣を歩く紳士がふっと息を漏らして言った。

「手は、もうちょっと人気のないところに行ったら繋ごうねぇ」

「…嫌ですけど」

「ははっ」

今はどっちだろ。多分混ざってる。まだ、全然混ざってて、紳士の方が勝っている。
まじまじと見つめても、たまに困ったような知らない顔の微笑みが返ってくるだけ。別に慣れたことなのに。というか初めの頃は暫く、顔どころか名前も知らなかったのに。

俺はどんどん欲深くなっている…気がする。それは全部全部この変人のせいだろう。間違いない。

「ていうか、俺にお願いしたいことってこれですか」

「んー?」

「一緒に帰るって、この方向は…」

「うん。事務所兼おれの寝床兼おれたちの愛の巣」

「帰ろっかな…」

「今帰ってんじゃん」

「違いますよ、俺の家の方、」

「だめだよ」

「と………タカハシ、さん」

「だめ」

手袋、いつの間に取ったんだろう。ビニール袋の音なんてしただろうか。俺との間に持っていたはずなのにいつの間にやら反対の手に持ち替えていて、俺の右手を拘束した手は素手だった。白い。でもまだ、あの白さには届かない。
手汗だろうか。俺のか、彼のかどちらのものか分からないがほんのり湿っていた。なのに絶対に、離されない気がした。

だめだと言った瞳は黒い。匂いも仕草も、声でさえも、何もかも違うのに…。
何もかも?いやそれはきっと違う。少しずつ、剥がれてきている。その中から段々手を伸ばしてくる、大人ぶった子どもみたいなあの色が。

「で、俺は何をすれば?と…タカハシさん」

「きみ最早わざとだろう。かわいいなぁ。トタカハシに改名しようかな」

「で、俺にしてほしいことって何なんですか」

「…戻すの手伝って」

「え」

「そばにいて。帰ったら………呼んで」

あ、とわさんだ。本日何回目か分からない確信。ほら、子どもみたい。迷子センターでじっと待ってる大人な子ども。
きゅっと手の力だけで返事をすると、雰囲気がずっと和らいだ。花とまではいかないけれど、彼の後ろにはほわほわトーンが貼られているに違いない。

そうしていつもより長く感じた帰り道の先には、もうすっかりお馴染みの彼の事務所、兼寝床があった。事務所に入って、器用にも袋を持ったままの片手で彼は一つ目の扉に鍵を掛ける。ここまでずっと手は離されていない。それから事務所を進んで奥の部屋へ。ここで彼は応接間のテーブルに俺の荷物を置き、手を離して自分だけ部屋の中に入っていってしまった。扉を閉じる瞬間顔を出して、知らない顔で言う。

「いいって言うまで開けないこと」

「えぇ」

「そこにいてね、座ってて」

「………はぁい」

チッチッチッと針が進む音がやけにうるさく聞こえるくらい、中は静かだ。
たまぁに衣擦れの音や、何か固いものを置くような音がするくらい。腕時計かな。そういえば、さっきまではそんなのもつけてたっけ。

まだかな。いいっていつ言うんだろう。何してるんだろう。そんなことは分かりきってるのに。
どうしようだなんて考える間もなく俺の身体は勝手に動いて、鍵の掛かっていない扉を開けた。「いいって言うまで開けるな」だなんて言っておきながら、鍵は掛けてないのか。本心は行動でもだけど、もっと言葉でも表してほしいなぁ。そういう不器用さは俺だって負けてないんだろうな。悔しいけど。

中に入ると、窓からの光を受けて透明に輝く変人がいた。上半身裸で、下はいつものボロいスウェットだ。
俺が入ってきたことに驚いたのか、目をほんのちょっとだけ見開いて。嘘だ、本当は音や気配で分かったくせに。じゃあ何で一瞬驚いた顔をしたのか。

そっか。飛びついたんだ。

顔を見るやいなや俺は彼の胸に飛び込んでいた。反動でちょっとよろめいたが、意外にも体幹が強いらしい彼はちゃんと受け止めてくれる。

「びっくりしたぁ、まさかりょうくんの方からこんな熱烈な…。あ、待って。おれまだ」

「………汗臭い」

「ほらぁ!汗拭いてないんだって!ちょ、離れて!名残惜しいけど、めちゃくちゃ離れがたいけど一旦離れて?汗が」

「うるさい」

「あぁー、嗅ぐのはいいけど嗅がれるのはちょっと…待ってマジで色々ヤバい」

「………わさん」

音が届いた瞬間、ピクリと彼の身体が動く。

「………うん」

「透羽さん」

「なぁに、凛陽くん」

「呼ばなくても、もう戻ってんじゃん」

彼の胸に埋めていた顔を上げると、そこにはもう何回見たか分からない変人のへにゃりと蕩けきったような笑みがあった。
あ、とわさんだ。これはもう、正真正銘の、紛うことなき、俺の。俺の知ってる、あの色だ。

「今、戻ったんだよ」

覗き色が微笑った。なのにこの野郎。
せっかくやっと見られたっていうのに、それはすぐにぼやけた。白い手が俺の両頬を包み込んで、ちょっと身を屈めた彼が断りもなくキスを落としたからだ。

「ほうらね、これでもう元通り。きみのだぁいすきなとわさんですよー」

「チッ」

「反抗期かなぁ。おれの変装した姿、ずっと嫌そうにしてたもんね?」

「別に。似合ってないなって思ってただけです」

「おれの変装に似合うも似合わないもないと思うんだけどなぁ…。相変わらずきみは」

「気味が悪い?」

「まだ怒ってんの?それ」

「覚えてるだけです、別に怒ってないし」

「相変わらずきみは、眩しいよ。もはや魔法使いみたいだな」

「魔法使いならもっと便利な魔法使える方がいいです」

「おれのこと見つけられるのもめちゃくちゃ便利でしょ」

「そんなの、魔法がなくたって見つけられるし」

「………」

「え、なに、何ですか、んっ」

何かまずいことを言っただろうかと瞳を覗き込んだ瞬間、また口を塞がれた。これじゃ軽口も叩けない。
どこにこんなに喜ぶ要素があったんだろう。彼のツボは相変わらずよく分からない…。

「…はぁ。どうしよう、もう二十四時間ずっと離せない…あ、いつもか」

「離せよヘンタイ…!いや力つよ…」

「そもそも飛び込んできてくれたのはりょうくんの方なんだよなぁ。はぁあ癒し。あと二日くらいこうしてていい?今日ちょっと疲れちゃってさ」

「長いな!?もう全然元気じゃないすか!ちょっと、服着て…!」

「汗拭いて上も着たら呼ぼうと思ってたのに、我慢できなかったんだなぁ。かわいいかわいい」

「もう…」

反論できなくて腹が立ったので、また顔を埋めてすーはーと深呼吸した。汗臭い。でもずっといい。さっきまでの知らない匂いなんかより。

戻ってきた。全部、剥がれ落ちた、別人の殻。もう知らないものは全部どこかへ行っちゃった。薄くて固い殻は、もう彼の周りにはない。

その中にいた子どもみたいな、でもたまにやけに大人みたいな彼を俺が戻したのかと思うとほんのちょっとだけ嬉しい。
彼の伸ばした手を、掴み取って掬い上げて。かと思ったら掬い上げられたのは俺の方だったりして。俺たちはいつもそんなことを繰り返してる気がする。

俺がとわさんの匂いを嗅いでいる隙に俺の髪にも指が滑り込んで、頭頂部に彼の鼻が当たっているのを感じた。同じことをしてるのが大分恥ずかしいけれど、もういいやと諦める。だって本当だったから。

彼の変装なんて何回も見慣れているはずなのに、とわさんじゃないとわさんなんて何回も見てきたはずなのに。
いつからか強欲になったらしい俺はそれがもどかしかった。とわさんはやっぱとわさんでなきゃ。そう思うようになったのはいつからなんだろう。
悔しいし恥ずかしいし自分もこの変人と同類になったのかと思うと複雑な気もする。でも、もうそうなっちゃったんだから仕方ない。

それもこれも全部全部、この半裸の変人のせいなんだから。仕方ない。

「もう飽きたんで離してもらっていいですか?」

「むり」

このやろう…いや確かに自分から先に抱き着いたけど。もうしばらくこういうことはしないでおこう…。
流石に二日とまではいかなかったけれど、その後とわさんが渋々俺を開放してくれるまでに軽く一時間はかかった。

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