mitei 海辺の拾い物 | ナノ


▼ 3

そうしてそんな謎だらけの青年を拾った次の日のこと。
彼はおもむろにちょこんと正座して、俺に向き直った。俺の服じゃ腕も脚も丈が足りないらしく、それがなんか結構悔しかったのも覚えてる。彼用にオーバーサイズの服を探さねば。どっかにあったはずだなんてそんなことを一瞬のうちに考えていると、瑠璃色は俺をじいっと映し、昨晩米をつけていた色白の頬が動いた。

「これから、おせわになります」

おでこが床につくんじゃないかってくらい、深々とお辞儀をしながらそんなことを言う。あまりに丁寧な所作にびっくりしながらも、その言葉の意味を反芻した。
「これから」って、つまり…。

「長居すること前提なの?」

「ここにいたら、めいわく…?」

「迷惑っていうか…心配っていうか…」

なんていうか。
冷静になってみると初対面の相手の家に泊まるなんてどうかと思うし、理由はともかく初対面の彼を家に泊めた自分も割とどうかと思う。そんなことをあまりにも真剣な眼差しの前では言うのはちょっと憚られたが、今後彼がどこかで似たようなことを起こしても困るなと思い直し、俺ははっきり言うことにした。

「そんなに簡単に他人を信用しちゃ駄目だと思うよ」

「それは、お互いさま、ていうやつでは」

「うっ」

特大ブーメラン…。まぁそうだけど、そうだけどさ!でも外寒かったし、雪降ってたし、お腹空いてたみたいだったし、放っておける訳がないだろ!とは言えずに口をもごもごさせる。
だってこんなの自己満足だもんな。別に彼に助けて欲しいだなんて頼まれた訳じゃない。俺が、放っておいたら気分が悪いからやっただけで。
それはそれとしてこれからどうするかはまた別の問題だろう。

「…やっぱり交番行くか」

「いやだ」

「は?」

「自分でひろったくせに、すてるなんてひどい」

「いやいやいや、捨てるとかじゃないし」

「じゃあここにいさせて」

「だから、そういうのはとにかく交番行ってから」

「嫌です」

「はぁ?」

「ぜったいに、いやだ」

「子どもか」

「もう、こどもじゃない。だからここにいるんだよ」

「………?」

何を言ってるのか意味は分からなかったが、とにかく交番は嫌らしい。なら近場で泊まれるところはと探してみても別に観光地ではないのでホテルなんて簡単には見つからないし、そもそもあるのかも分からない。その上都心みたいにネカフェやカラオケがあるなんてこともなく。
つまり、彼が家に戻れないというのならもう他に行く当てがないってことだ。お金だってそんなに持ってないみたいだったし。

押し問答の末、じゃあ今日だけ、明日まで、とずるずる引き延ばし…結局彼のやたらと強い押しに負け続けて今に至る。普段はおっとりしてるくせに。
俺は彼がというより、俺自身の方が色々と心配になった。あの強かさがあれば割とどこでだってやっていけるのでは?と今ならば思うが、もう彼がいる生活にすっかり慣れてしまった。部屋は相変わらず狭いし、新しく買った布団だって敷く場所がぎりぎりで起きたらたまにシオを踏んづけそうになるけど。

それでも彼は、ここにいる。もう子どもじゃないから、らしい。なるほど、何回聞いてもよく分からん。
そんな彼がどうしてあの時あんなところにいたのか未だに理由は訊けないまま、俺たちはまだでこぼこな共同生活を送っていた。

「しづき」

「あ、悪い聞いてなかった、何?」

「だから晩ごはん、何がいいかって」

「あぁ、今日シオ当番か…。お前炒飯しか作れないじゃん」

「覚えるし。絶対しづきよりもめちゃめちゃうまくなるし。伸びしろすごいし」

「俺だって別に料理上手ってわけじゃないけど…でもそうだなぁ。じゃあカレーにするか」

「カレー」

「練習になるんじゃん?」

「絶対にお前よりも美味く作る…」

「その謎の対抗心なんなん?いいけど」

特に大きくもないスーパーでああだこうだ言いながら、食材をかごに入れていく。俺と一緒に買い物に行くようになって、もうほとんどの食材の位置を把握したらしいシオはてきぱきとカレーの材料をかごに詰めていた。キャベツは要らないと思うよって言ったら渋々返していた姿がまるでお菓子はダメって言われた子どもみたいだったが、俺のカレーにはキャベツは入らないのでそこはきちんと主張しておこう。
キャベツのことを指摘してからというもの、シオは逐一「しづき、アレは、コレは」と尋ねてくるようになったんだが…お前いつも何を見て俺のカレー食ってんだと言いたくなった。ちくわも入ってないよおバカ。さっきの仕事できます感満載のてきぱきした仕草は何だったんだ。

「どう」

「…野菜が固い」

「まずい?」

「まずくない」

でも正直、美味いかどうかと言われたら…多大なる伸びしろが感じられる。そう告げるとシオもパクリと自分で作ったカレーを口にして、真顔になった。
頬が片方大きく膨らんでる。野菜、大きく切り過ぎたよな。炒飯はなぜかプロ級に美味いものを作れるくせにでこぼこだよ、ホント。

「しづきのばぁか」

「なんで俺」

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