白い肌の上をつうっと指先でなぞる。すると擽ったかったのかピクリと、小さく身震いされた。でもないなぁ。
上半身裸のシオはものすごく眉間に皺を寄せて唇をキュッと引き結んでいる。修行してんのかなってくらい険しい顔。
「しづき、まだ…?」
「んー、もうちょい…」
「もういいだろ…」
「えぇ、そうだなぁ」
上半身は背中も結構見たもんな。でもなかった。
「そうだ、ズボンも脱いで」
「いいよ、何してもいいなら」
「ゴメンやっぱなしで」
食い気味に言われたので反射的に断ってしまった。目がマジだ。あまりにも真っ直ぐな眼差しだ。
これはまた今度お願いしてみよう…。
「しづき、そんなに鱗が見たいの?」
「あー、まぁ、うん」
「どうしても?」
「いやいや、ズボン脱ごうとしないで!もういいから」
「えぇ…」
いそいそとズボンを上げた彼はそれでも上半身は裸のまま、何かを考え込んでいるようで。ふいに視線を台所に向けた。
「力を使ったら、もしかしたら…」
「えっ」
「水道代、出世払いでいい?」
「そんなに大量に水使うの?ならいいよ」
「冗談だよ、見てて」
彼は台所に行ってキュッと蛇口を捻った。頑なに服着ないな。俺が脱いでって言い出したからなんだろうけど。
蛇口を捻ると水が出る。それからどうしてか彼は部屋の電気を消した。夜だから真っ暗になるってのに。
「シオ?」
「ほら、そっち行った」
「え、なにが…うわ、うわぁすごい!」
きらきらと、小さく揺らめくものが段々とベッドに座っていた俺に近寄ってくる。それは暗い部屋の中で輝いて、ひとつ、ふたつ、みっつとどんどん数を増して近づいてきた。
魚だ。水で出来た、魚みたいな。身体の表面はゆらゆらと波打っていて、長い尾をひらひらさせて俺の周りを泳ぐ。小さな明かりがたくさん部屋に灯ったみたいな幻想的な光景。ホタルでも本物の魚でもない、彼が水で作り出したらしいかわいい魚たち。
まるで小さな水族館だ。いや、深海の中かも。そう言えば深海で光る魚だか生き物がいるんだっけ。クラゲだっけ。
その辺りまだ全然知識が浅いけど、とにかく綺麗なことは確かだ。俺の周りを踊りに誘うみたいにふよふよ泳ぐ空中の魚は気泡をその中に宿して、手をかざせばその上に寄って来てくれた。か…かわいい!!
「かわいい!すごい!シオ天才!」
「そんなに喜んでもらえるとは」
「これ全部お前が?魔法使い?え、マジですごい、かわいい」
「なんかちょっと妬ける」
「…自分でやったくせに」
でも彼は俺が満足するまで水の魚たちと遊ばせてくれた。俺がもういいよ、ありがとうと彼らに礼を言うと、魚たちはふよふよと台所に戻ってパシャリと音もなくどこかへ消えた。シオがパチリと電気をつけるともう、さっきまでのはまるで全部夢だったかのようにいつもの部屋に戻っていた。
「…かわいかったなぁ」
「おれのがかわいい」
「はいはい、すごいすごい」
「…適当」
ベッドの横に敷いた布団にシオが座る。ちょうど頭が撫でやすい位置に来たので、わしゃわしゃと撫でてやったら文句を言いつつも大人しく撫で回されてやんの。こうして欲しかったくせに。かわいいなぁ。
「で?」
「で?」
「確認しないの?ほら」
「え」
俺に大人しく撫でくり回されていたシオは「ほら」と言ってベッドに乗り上げてきた。上半身はまだ裸のままだ。
「今、力使ったから。あるかもよ」
「えと、もう今日はいいっていうか」
「なんで?見たいんだろ」
「てか勝手に力使ったりして、お父さん怒らないか?」
「知らなきゃだいじょうぶ。ほら、好きなだけ見ていいよ」
「むりむりむり」
ベッドに乗り上げて俺の方が押し倒されたみたいな形になって、そんな姿勢じゃシオのドヤ顔しか見えないし。それに何より、鱗どころじゃなかった。
電気点けっぱだったし、どっちかっていうと俺の方がたくさん見られた気がする…。
「ほら、今見放題だよ、下も」
「うるさい…むり…」
「言い出しっぺなのになぁ」
「…シオのばか」
もうしばらくは、鱗が見たいだなんて彼に頼むのはやめておこうと俺は密かに固く誓った。
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