mitei 海辺の拾い物 | ナノ


▼ 12

それからシオはお父さんと話し合ったらしく、週六で俺の家、週一で実家に帰っている。

…いや、比率がおかしい。少なくないか、実家の方。正直俺は嬉しいけど。

話し合って決めた結果なら全然俺は構わないが、そんでも週一って。しかもその週一回の時間すらめちゃめちゃ嫌そうにするからさすがにお父さんが不憫に思えてくるし、謎の申し訳なささえ覚える…。毎週土曜日になるとボロアパートの前に黒塗りの車が止まって彼を迎えに来るのだが、その車に乗る彼が毎回「やっぱりしづきも連れていく」とか「今回は行かない」とか駄々を捏ねることがあるので最早子どもの送迎を見守っている気分だ。
ボロアパートに黒服の怖そうな集団というあまりに目立つ光景に初めは近所の人たちもざわついていたが、今や俺と一緒に彼を見守る感じになっている。優しいな。
そうしてシオは結局、名残惜しそうにしながらもそこへ通っているのだ。二十四時間もせずに戻ってくるくせに。

それにしてもあの家で彼はいつも何をしてるんだろう。コントロールがどうとかって言ってたから、その練習みたいなものなんかな。
今ならもう何を訊いたってすぐ教えてくれるだろうけど、まぁいいかなと思う。細かいことは、考えてもしょうがないし。

それに俺はシオに内緒で彼のお父さんと連絡先を交換して、たまぁに俺たちの近況を報告したりシオの作った下手くそな料理の写真を送ったりしている。
初対面はなんだこのラスボスって思ってたけど、結構気さくで良いイケオジだった。やり方はともかく彼は彼なりに、シオのことを心配してるのもひしひし感じられるし。まぁこの内緒のやり取りもやがてシオに見つかって、ものすごくめんどい拗ね方をされるのだがそれは後日のお話ってことで。

そして大学にも復帰したらしい彼は以前と同じくらいたくさんのファンに囲まれているが、変わったことが一つ。

どうしてかな、ファンクラブの子もそうでない子も、シオに告白する子が激減した。けれど相変わらず視線は熱い。たまに駆け寄ってきて「応援してます!」だなんて言う子がちらほらいた。俺にも言ってるみたいに目線が合うことも多いのだけど、俺が応援される意味が分からない。
シオは平然といつも通りの対応かな…と思いきやにっこり微笑んで、「ありがとう、嬉しい」だなんてファンサみたいなことをする。
それが多分一番びっくりした。こいつが愛想笑いを覚えるなんて…。ちょっと寂しい気もする。でも成長したんだなぁ。多分、ちょっとは。

そう言えばロッカーに手紙が入っていたこともあったな。シオのじゃなくて俺のところに。「あの時はごめんなさい、お二人のこと応援してます」って一言。
ちらりと高慢な彼女の姿が浮かんだが、それにしても俺も応援されるってどういうこと。わけ分からん。

「なぁ、今日晩ご飯何がいい?炒飯以外も作れる」

「シオはさぁ」

「うん?」

「ファンの子が今までと態度違うなーって思う?」

「あぁ」

スーパーで俺からかごを奪い取りながら、彼はどうしてか自慢げに微笑んでいた。マジでなんなんだ。

「あんなに応援されちゃあ、応えないとね」

「なにに?」

「まぁ反対されてても、押し切るけどさ」

「なにを?」

「そのうち分かるよ。じゃあ、カレーにしよう」

「ねぇ、なにが?」

「キャベツも入れてみよう」

「聞いてって、おい」

結論から言うと、キャベツは細かく切り過ぎて溶けた。まぁ味は悪くないといったら「いいやまだまだ」と不満げな顔をされたので、やっぱり伸びしろはかなりあるらしい。

あの日彼が見せてくれた色鉛筆は実はまだ、返してもらってない。別に返してほしいわけではないけど。あげた覚えもないんだけど。
それでもあの小さな青い色鉛筆が、小さな俺の存在を彼の中に息づかせてくれていたんだなと思うと返せだなんて言えなかった。要らんし。
まだ、たまに寝る前に、彼がそれを愛おしそうに撫でてるのも知ってるし。それはちょっと腹が立つ時もある。

もう子どもじゃない、本物がここにいるのに。

そう言ったら多分すごいめんどうくさいことになりそうだから、これもしばらくは黙ってようと思う。

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