悪いようにはしないってやっぱ完全に悪役の台詞だよなぁ…。
あの日水族館でシオと別れてから二週間くらい経った。もちろん家に帰ってくるどころか、大学にも来ていない。あれから一度も会っていないし、新しく買ったスマホにも連絡が来ない。こちらからしても、既読すらつかないままだ。
俺はもう心配とか寂しいとかふざけんなとか通り越して、無になっていた。シングルのベッドが広く感じることってあるんだ。テレビで芸能人褒めても誰も嫉妬しないし、大学歩いてても誰の視線も感じない。まだ二人分のご飯を作っては余らせてしまう。困る。困るんだよ、お前がいないとさ。
「………ばか」
さざ波が音をかき消す。だからきっと聞こえない。
波の音を聴くのが特別好きだとか、そんなつもりは全然ないんだ。でもどうしてだろう。
俺の身体はいつだって、その音がする方に引き寄せられていく。心が聞きたがっているのかもしれない。知らん。
「シオのばぁぁぁあか」
ざざ…という波だけが返事をする。この砂浜は綺麗だけれど、人がほとんど来ない。俺の小さい頃からの穴場スポットだった。
だからめっちゃ大声で叫んでも多分大丈夫。海に向かって叫ぶとかしたことないけどこの時ばかりはめちゃめちゃ腹から声が出た。
「シオのばか!!!このまんま帰って来なかったらお前のことなんかもう嫌いになっちゃうかんなぁ!!!」
「それは困る」
「うぁっ!?」
ざざあと引いた波が、遠慮するみたいに音を小さくした。代わりに突然耳元に響いた音が、声が俺の身体に温度を灯していく。
というか物理的にも背中からがっしり抱き締められていて、まるごと温かかった。
水面みたいな浅い青の毛先が頬を擽る。それくらい近くに、やっと。
シオが帰って来た。
「………シオ?」
「うん。ただいま、しづき」
「本当に、シオ?」
「うん。待たせてごめんな」
「………シオ、顔見たい」
身体を離して正面から向かい合う。そこにいたのは正真正銘、あの日別れたシオだった。
ほっと息を吐いて、彼を見つめて、それから。
「…歯ぁ食いしばれ」
「え、しづ、うぐっ!」
とりあえず腹に一発ボディーブローをぶち込んでから、俺はにっこり微笑んだ。
「おかえり、クソ野郎!」
「す、すいませんでした…」
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