最近の僕の秘密の中庭は、前より賑やかだ。
今日だって飽きもせず隣に座った彼は、長い栗色の毛を一束垂らしながら呟いた。
「あのね雨くん」
「うん」
「がっかりしないで聞いてほしいんだけどね」
「うん?」
「おれには猫撫で師の才能がないのかもしれない」
「ねこなでし?」
残念そうにする横顔から彼の手元へ視線を移すと、宙に留まったままの手とそれを窺うようにちょっと距離を取る猫ちゃんが見えた。
あぁ、なるほど。
「大丈夫だよ。嫌われてないよ」
「でも寄っては来ないよ」
「様子を見てるだけだよ」
「触らせてはくれない…」
「それはね、上からじゃあびっくりさせちゃうから、こうやって…」
そっと彼の手を取って、ゆっくり猫の目線くらいに下げる。暫く動かさないように握っているとやがて猫ちゃんはおずおずと鼻を近づけてきた。
この子は人懐っこい方なのできっとすぐに触らせてくれるだろう。
すると思った通り、やがて猫ちゃんの方からさくの手に頭を滑らせてきた。一瞬だけ、ほんの一瞬だけだけど、これはかなり大きな進歩かもしれない。
「やったねさく!すごいよ!」
「えあ、うん、え?」
「何か顔真っ赤だよ?大丈夫?」
「うん。ううん。あの、手が、」
「そうだよね、もふもふしたよね。それに初めて撫でさせてくれたんだもんね、嬉しいよね!」
「うん。嬉しいのは嬉しい、けどね、あの、無自覚ってすごいね…」
「ん?」
「いや、なんでも。すごくうれしい。ありがと」
「うん!」
どこか恥ずかしそうなはにかんだ顔を見て僕も嬉しさが込み上げて、笑ってそう返した。
すると彼は時が止まったみたいなきょとんとした顔をした。本当に表情豊かだなぁと思う。
さて次の猫ちゃんは、と手を伸ばそうとしたところで、そう言えばまだ彼の手を掴みっぱなしだったことに気づいた。
これは、迷惑だったかな。けれど慌てて手を離そうとしたらすごく残念そうな顔をされて、一瞬戸惑ってしまう。
「…離すの?」
「いや、迷惑だったかなって」
「離すんだ」
「駄目だった?」
「うん。ちょっと」
「ちょっと」
「もうちょっと繋いどこう雨くん」
「なんで?」
「それは…雨くんパワーでもっと猫ちゃんが集まってくるかもしれないので」
「そんなパワーあるかなぁ」
「多分ある」
「そっか?」
茶色い毛の制服猫ちゃんこと咲は、そんなに猫ちゃんが好きだったのか。
だから出逢った時も自称猫ちゃんを名乗ってたのかな。おもしろいひとだなぁ。
わいわいと集まる猫ちゃんに囲まれながら、彼も僕も片方だけの手でもふもふを撫でた。
彼らは一度慣れると咲のことはもう怖くなくなったらしい。僕もそう。
彼のことを怖いと思ったことはないけれど、今では根っから優しいんだなぁって分かるから。
「ふふっ」
「何かいいことあった?雨ちゃん」
雨くんじゃないんだ。呼び方はまちまちだけど、どれも柔らかい音がして好きだなぁ。
さっき思ったことと一緒にそう言うと、彼はまた首の体操をするため天を仰いだ。凝ってるのかなぁ。
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