「さく、何見てるの?」
「んー?ちょっとね。追い払ってた」
「追い払ってた…?」
なにを?
中庭に着くと、さくがもういつもの場所に座っていた。でも視線は上、校舎の方を見上げていたのでつられて僕も彼が見ていたのだろう廊下辺りを見上げてみる。
何もいないけどな…。それとももう、追い払った後なのかな。何を?
見上げている時の彼は後ろ姿だったので表情は分からなかったけれど、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ声が硬かったような気がして心配になる。
すぐにいつもの彼に戻ったけれど、一体何を追い払っていたのかは教えてくれなかった。
まぁ、猫ちゃんもたまに何もない空間見つめたりするって言うもんな…。さくは猫ちゃんじゃないらしいけど。
隣に座るといつものお昼休みが始まる。さくが不機嫌そうになることはその後一度もなくて、いつも通りの彼だった。
「さっき絶対目合ったよな!どうしよどうしよ!なぁ!?」
「落ち着けって…。いやこっち見てたな確かに。まだドキドキしてるわ…」
「な?な?俺らもアイツらみたいに…?」
「大丈夫だろ…。何もしなきゃ、多分…」
とある廊下の端で騒ぐ生徒たちは急ぎ足でその場を離れた。彼らは、目が合った彼と直接話したことはない。ただ、噂では知っていた。恐らくこの高校、いやもしかしたらこの地域でもかなり有名なので知らない者はいないんじゃないかと疑わない。とにかく、彼に関わってはいけないとあらゆる者が口にした。
入学早々、ケンカが強いと有名な上級生グループ相手に一人で圧勝しただとか、自分のテリトリーでカツアゲしていた他校の生徒を病院送りにしただとか、背中には龍がいるだとか、真偽のほどは別としても彼にまつわる噂は数え切れない。
それに噂がなくてもあの美形である。校内外にファンクラブなるものが密かに存在していた。
その目立つ彼がここ最近毎日学校に来ている。それもちゃんと朝から。
それだけでも生徒たちは何事かとざわつくのに、更に信じがたい新たな噂が出回っていた。
「どうしよ…。めちゃ睨まれた…?いやでも、もしかして目が悪かったとかかも!」
「てか、昼休みいつも中庭にいたんかな…。一人だったよな?」
「わかんね!でも真顔めっちゃ怖かった…」
教室に戻る道すがら、生徒たちはふとあの噂を思い出した。
「ううん…。あの猫好きくんの悪口言うとボコられるっていうの、やっぱマジなんかな」
「えっ!た、たまたまでは?アイツら、はしゃいでて転んだんだろ?」
「どう転んだら前歯折れて全治二ヶ月の怪我すんだよ」
「でもその、あの猫くんと関係あるかは分かんないじゃん?」
「確かに共通点は分からんけど…。でも中庭で一緒に居るの見たってやつがいるし。さっきちょうど中庭にいたし」
「それもたまたまじゃね?それかその、カツアゲとか…?」
「それがさ、あいつ…笑ってたらしい」
「………」
「………」
「ははっ、まさかぁ。…え、マジで?」
「少なくとも仲が良い奴がいるって話、ファンクラブの子から聞いた」
「まじか…ちょっと気になるな」
「気にはなるけど、俺はまだ入れ歯はちょっと」
「そうだなぁ。俺もまだいいかな」
噂の真相は分からないが、無表情だけで人を威圧することで有名な彼の笑顔というのはちょっと見てみたい。だなんて、ファンクラブに入っていなくても誰だって興味をそそられることだった。その為にわざわざ危険を冒すのはまっぴらごめんだが。
prev / next