mitei 猫に撫でられる話 | ナノ


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「そんなわけないよねぇ」

「何が?」

「んーん。独り言。それより今日はちょっと元気ないね?」

「んー。ちょっとね」

俯くと、横顔に視線を感じる。でもいつも浴びる視線じゃない。まるで心配してくれてるみたいな、刺さるものじゃなくて降り注ぐみたいな優しい視線だった。
そのせいかな。ちょっとだけ、目頭が熱くなって…瞬きをして誤魔化した。

ちょっとね。別に、いつものことだもんな。
廊下ですれ違いざまにひそひそ噂されただけ。遠巻きに変だと言われただけ。
授業中、教室に入ってきた蜂を素手で逃がしたことを気味悪いと笑われただけ。

「おれは超かっけぇと思うのになぁ」

「ん?何が?」

「んーん。またまた独り言。それより、もうちょっとこっち寄って」

「うん」

間に風が通るくらい離れて座っていた距離を、ちょいちょいと手招きされた分だけ縮めていった。するともう身体がぴったりくっつくくらいに近づいてしまう。
これは近づきすぎかなと慌てて離れようとしたところで、頭を包むように何かが触れた。

そうして、引き寄せられたらしいと分かったのは多分数秒後。自分と同じ制服を着ているはずなのに、違う、落ち着く匂いがすると思った。
さくの肩…というか胸に顔が、僕の頬が当たっている。すぐ近くでとくとく言ってる。ちょっと速い気がする。
でも、それよりも…。困ったことに、目頭どころか顔全体が熱くなって顔が上げられなくなった。今自分がどんな顔をしているか、彼に見せられないと思った。

なのにこの体勢では白いはだけたシャツに染みができてしまう。濡れるとバレてしまう。
そう思うのに彼は離してくれなかった。それどころかよしよしと、猫ちゃんを撫でるみたいに手を動かす。

「よしよし」

「あの」

「よーしよし。かわいいかわいい。いいこ」

「僕は、あの…ちょっと」

「んー?嫌かな」

「嫌じゃない…けど、」

「恥ずかしい?」

「…うん」

「そっかそっかぁ。いいこだねぇ。かわいい。だいすきだよ」

「…っ」

やめてよって言いたかった。でも言えなかった。どうしてか、代わりにぼろぼろ涙が零れた。
彼の胸元を濡らしてしまうのに、止められなかった。頭を撫でる手も、子どもをあやすみたいな柔らかい声も止まらなかった。

何度も猫ちゃんたちを撫でたことはあったのに、こんな風に撫でられたことはあまりなかったかもしれない。
そのせいで、びっくりして泣いちゃったんだ。たぶん、きっとそう。

「あめちゃん」

「………ふぁい」

「落ち着いた?」

「すいません…」

「いいこいいこ。えらいね。かわいいねぇ。頑張るきみも頑張らないきみも、だいすきだよ」

「別に、そんな…こと」

不思議だらけだ。
僕は猫ちゃんでもないし、幼い子どもでもない。なのに彼の手つきも言葉もどこまでも優しくて疑問が尽きない。何でこんなに優しくするんだ。なんで。

「よーしよし。たくさん撫で撫でしようね」

「ちょ、というか僕は、猫じゃないのに」

「将来的にはネコになるよ」

「僕、猫になるの?」

それってどういう状況?きょとんとして彼の顔を見上げると、笑いを堪えてるような、嬉しそうな、何とも言えない表情があった。
僕が猫になる。それって彼と、咲と出逢った時みたいに僕も猫の振りをするってことかな。
だめだ何も分かんない。

「まぁ、どっちかは相談だけど、おれ的にはあめがネコだよ」

「ん?うん…。ううん?」

「分からないでいいよ。とりあえずこんな時はまたおれを頼ってよ」

「そんなに迷惑かけられないよ」

「かけてよ。おれ喜ぶよ」

本当に本当のことを言ってるみたいにさくが笑う。このひとはどこまでも不思議でできてる。
陽の光も雨も曇天も冷たい風も、全部味方につけて彼は笑う。下ろすと肩くらいまである長めの髪は、地毛なんだって。

キャラメルみたいに綺麗な色だねって言った時も、彼はこんな風に笑った。眩しい。

「じゃあまた、その…。たまぁに、たまにでいいから…こうして撫でてくれる?」

「たまにじゃなくて、四六時中いつでも撫でるよ。一生」

「一生って、そこまで迷惑かけられないよ…」

「え、逃がさないよ?」

「…?逃げないよ?」

「そっかぁ」

一瞬見たことのない真顔になったので心配になったけれど、すぐにいつものふにゃり顔に戻った。猫ちゃんたちはいつの間にかどこかへ行ってしまったみたいだけど、僕の手は猫ちゃんを撫でるでもなく彼に握られている。
それにしてもさくは本当に表情豊かだ。僕とは全然違うな。

そう言うと、彼は今度は何を言ってるんだ?という顔をしてみせた。

「何言ってんの?」

「だから、さくは表情豊かだなって」

「そのあと」

「僕とは違うなって」

「分かってない。全然分かってないんだからこの子ったらぁ。そこもいいんだけど」

「どこ?」

「これは時間が必要だなぁ。さて、もう一回だ」

「おぁ」

またポスッと胸元に引き寄せられたと分かったすぐ後、頭を撫でられる感触がした。
撫でるのも好きだけどこっちも結構好きかもしれないってさくに言うと、彼は暫く片手で顔を覆って天を仰いでいた。何ていう行動だろうか。

「どしたの」

「ちょっと運動をね」

「そっかぁ」

運動しながらでも撫でる手は止まらない。さくの手のひらからは安心する不思議成分でも出てるのかもしれない。胸元から見上げるとさくはやっと顔を下に向けて目を合わせてくれた。
髪と同じ色の瞳がきれいだ。さくはいつも、目が合うと蕩けたように微笑う。その笑顔にも多分色んな不思議成分が混ざってる。

「上目遣いやっば………は?やっば………あざと」

「…何語?」

「あ、ごめん気にしないで。鳴き声みたいなもんだから」

鳴き声。そっか。カシャッと音がした気がしたけど、猫ちゃん撮ってたのかな。

確かめたいけど瞼が重くて目を瞑った。まさか誰かに撫でられてお昼寝するようになるとは思わなかった。不思議だ。

やっぱりこの綺麗な茶色い髪の制服の猫ちゃんは、どこまでも不思議でできてるらしい。

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