「駅前の、この辺のはず…」
「澤くんっ!!!」
「おぉわっ!」
駅前に現れた藤倉は、昼間とはまるで別人のようだった。いや同一人物なんだけど。
何というか、オーラがすごい。服装も冴えないスーツ姿の俺とは違ってすごいお洒落だ。隣に並ぶと完全に芸能人とマネージャーって感じ。全国のマネージャーさんになんかすいません。
でもそれくらい、夜でも彼は輝いていた。道行く人皆が振り返り、頬を染めたり写真を撮ろうとしたりしている。いや写真はアカン。盗撮だよ。
当の藤倉はというと、嬉々として久しぶりに会った飼い犬のように俺に飛びついてきた。びっくりした。ハグとか、あんまされたことなかったし。
顔立ちからしてもハーフ?ダブル?みたいだし、海外で育ってきたとかなんかな。俺の知らない文化かな。そう訊いてみるも、彼は生粋のジャパニーズらしい。マジかぁ。
「お昼振りだね!会いたかったよ」
「大袈裟だなぁ」
「本心だよ。さ、行こう」
「へ、どこに?」
「お店予約してあるんだよ。ここから近いとこ」
「えぇっと…?」
ハンカチ返すだけじゃないんだ?と、疑問に思っているのが伝わったのか彼はへらりと笑って言った。
「ハンカチもあとで返すよ。でも、言ったでしょ?お礼がしたいって」
「お礼」
「うん」
そんなことされるようなこと、した覚えないんだけどなぁ。
そうしてちまちまと会話をしながら辿り着いたのは小ぢんまりとした居酒屋。意外だな、偏見だけど藤倉はもっとお洒落なイタリアンとか予約してるのかと思った。すごく偏見だけど。
店内は仕事終わりのサラリーマンやら学生が賑やかにしていて、本当に普通の居酒屋という感じだった。
藤倉が予約したのは個室らしく、そこへ入るとそういう喧騒とちょっと遠ざかってまるで二人だけの世界にいるみたいだ…とか一瞬思った自分恥ずかしい。
なのに心を読んだみたいに彼はまたさらりと言った。
「まるで俺たちだけの世界みたいだね」
「何言ってんだ…」
「ふふっ」
「…体調は、もういいのか」
「うん。おかげで全快した。ありがとう」
「だから何もしてないって」
「きみはいつも、優しいんだよなぁ」
「…酔ってる?」
「ちょっとね」
マジか。まだ何も頼んでないのに。
本当に大丈夫かなこいつと思っていたのに、藤倉との時間は思いの外楽しかった。
何と彼は俺と同い年らしいこと、俺の家の近くに住んでいるらしいことと、偶然にも俺の居なかった間からあのカフェで働き出したらしいことなどが分かった。なるほどなぁ。
こいつのこと謎だらけだったから、そんなことが知れてちょっと嬉しいや。
「澤くんはいつも丁寧だよねぇ」
「へ?そうか?」
「うん。うちの店でも、いつも物腰柔らかいし誰にでも優しいって。来る度に喜ばれてる」
「普通だろ。というかそんな大袈裟な」
「ううん。澤くん人気者だよ。…妬けちゃうよなぁ」
「やっぱ酔ってる?」
「うん!」
まぁいい笑顔。こいつってお酒弱いのかな。まだビール一杯目だけど。
色々と喋って、かなり打ち解けて、名残惜しいけど次の日もお互い仕事があるからってそこそこでお開きにして。
店から出る頃には、藤倉は結構出来上がっていた。俺はそんなに酔ってないのに。ふらふらしてる藤倉の足元が心配だ。
こんなんで一人で帰れるんだろうか…。
「だいじょうーぶっ!」
「いや絶対無理だろ…」
「じゃあ、送って」
「え」
「おれのいえ、澤くん家の近くだから。いっしょかえろ」
「それはまぁ、いいけどさ」
「手」
「え、肩じゃなくて?」
「て、つなぎたい」
「まぁ、いいけど」
そうして差し出された手を大人しく握ると、藤倉はまたふにゃっと微笑った。柔らかい。彼の笑顔はいつも柔らかいけれど、こんなに柔らかい笑顔は多分初めてだ。
暗い夜道を歩いていくと、やがて俺の家に続く道に出た。藤倉の家は、ここよりもうちょっと先にあるらしい。心配だから送っていこうと自分の家を通り過ぎると、藤倉がふと零した。
「ゴメンね」
「んー?寧ろお酒に弱いのに無理させたみたいで悪いな。飲めないなら言ってくれればいいのに」
「ううん。おれのわがまま、だから…」
「そんなこと、おっと」
ふらりと傾いた身体に抱き締められる。やっぱり酔いが回ってるのかな。吐息が熱い。大丈夫だろうか。
「おれのいえ、ここ」
「あぁ!このマンションか」
「…上がってく?」
「え、あぁ。うん。じゃあ玄関までお邪魔するよ」
こんなふらついた状態の彼を放っておけるはずもなく、俺は彼のマンションにお邪魔することにした。オートロックのガラス扉を抜けて、玄関まで連れて行ったら帰ろう。
そう思っていたのだが。
「藤倉?寝るなー」
「ううん…」
「鍵は?どこ?」
「ぽけっと…」
「借りるぞ。よしっと…。お邪魔します」
「どうぞぉ」
玄関に置いていこうと思っていたのだが、真っ暗でスイッチの場所も分からない。と思ったらパッと自動で明かりが点いてちょっとびっくりした。
もう半分寝てしまっているこいつをこの固い床に置いていってしまって本当にいいのか…。多分そうすると、罪悪感がすごい。でもこれ以上入るのもなぁ…。
そう迷っているのが伝わったのか、藤倉がすっと指をさす。入っていいってことなのかな。
「りびんぐです」
「お邪魔します」
小奇麗にしてんなぁ。俺の部屋とは大違いだ。彼に誘われるまま入ったリビングは、広さこそ俺の部屋と同じくらいだったけどとても物が少なく、ソファーとローテーブルと、小さな本棚があった。
寝室は別らしい。とりあえずと、俺は藤倉をソファーに寝転がした。彼に許可を得て水やらタオルやらを用意し、眠そうな彼を介抱する。
しんどそうではないので安心だけど、俺もう帰っても大丈夫かな。寝室まで運んだ方がいいのか?でもこいつが寝てしまったら、俺ひとりで運べる自信はないし…。
毛布の場所だけ聞いて、そっと彼に掛けてやった。すやすや寝てるみたいだし大丈夫か。さて俺も帰ろうと立ち上がったところで、くんと服が引っ張られた。
「え、なに」
「…ないで」
「ん?」
「いか、ないで…」
「ふじくら…?」
「もう、おいてかないで」
あぁ。重なった。
瞼に隠れて見えない瞳はきっとあの日と同じ色をしてるのかな。
「…いかないよ」
「………ん」
どうせ掴まれた手は離されないのだから、こいつが満足するまでここに居てやろう。すとんとソファーの側に腰を下ろした俺からは彼の顔は見えなかったけれど、笑ってるといいなと思った。
prev / next