mitei カフェ店員パロ | ナノ


▼ 3.side-S

俺の行きつけのカフェには、ちょっとおかしい店員がいる。

というか、いつの間にかいた。
社会人になってから会社に近いということもあってほぼ週三くらいで通っていたカフェは人が多すぎず少なすぎず、メニューも複雑すぎなくてとても居心地が好かった。
それがちょっと繁忙期になって、忙しくなってから二、三ヶ月。久々に行ったそこには、やたらと目立つ店員がいた。新人さんだろうか。ものすごく美形だ。
そして彼目当てらしいお客さんが増えていて、俺はちょっと驚いた。いつの間にあんな芸能人みたいなひとが入ったんだろう。俺が居ない間かぁ。

容姿がとても美しい上に、爽やかな笑顔を浮かべた彼はとても目立つ。そんで眩しい。めっちゃ眩しい。そのせいかよくお客さんに囲まれては連絡先を聞かれたりしている。
だけどおかしいところはそこではなく、むしろ接客は完璧で非の打ち所がない。彼に言い寄る客に対してもスマートに対応し、トラブルらしきことになったのは見たことがない。

そんな彼が、どうしてか俺の注文は度々間違えるのだった。テイクアウトって言っても店内用で出てきたり、頼んでもいないデザートがいつの間にか追加されていたり。俺がいつも頼むメニューはたった二回目で覚えてたくせに。
サービスだとか言って追加分の代金を払わせようとしないのも謎だ。以前はこんな粋の良いサービスはなかった。店の方針変わったのかな?

それに…。初めて彼が俺を接客した日から、彼はやたらと俺を見てくる…気がする。マジで、仕事ちゃんとしてんのかなって心配になるくらい目が合うんだが。
それも視線が絡むと、めちゃくちゃいい笑顔で返されるのでちょっと困る。俺はそれにお辞儀とも言えないお辞儀をぺこりと返して、パソコンに視線を落とした。毎回そうだ。
何でいつもいつもあんなに見てくるんだろう。もしかして知り合いだろうか。でも同級生ではないよな…あんな目立つ奴がいたら覚えてるだろうし。

もしかして、こないだ駅で介抱した酔っ払いか?いや似ても似つかないな。なら信号で荷物持ったばあちゃんの孫とか?んなわけないか。そんなら…。
思い浮かぶ人物をあれやこれやとリストアップしてみるものの、心当たりはない。やっぱり一回会ったら忘れないよなぁ、あんな美形。ちょっとたまに挙動が不審だけど。

お会計の時はいつも恐る恐るといった感じで手を差し出してくる彼は、俺に触るのが絶対に嫌なんかなと思っていた。でも一度、ふと俺の指先が彼の手の平に触れた時、彼の頬は真っ赤に染まった。
見間違いなのかと思った。焦ったんかな。風邪だったのかも。よく分かんないけど、どっちにしても色々な意味で目立つ店員さんだなぁ。

繁忙期も落ち着いてまた定期的にカフェに通い始めた、とある日のこと。ふと気づいた。

「いらっしゃいませー!」

「………」

「いつものでよろしいですか?」

「………ううん」

「あの、お客様…?」

やっぱ変だ。顔が赤いが、こないだ手が触れた時とは何かまた違う…。もしかして。

「店員さん、具合悪いですか?」

「えっ」

「あ、すいません。ちょっとそんな感じがして」

「あぁ、いえその…だいじょうぶ、です」

俺に言われてハッと目を見開いた彼は、暫くしてそう呟いた。本当かなぁ。でも俺にとやかく言う資格ないし、ただの客だし…。
心配だけど、俺に出来ることってないかな…。

窺うようにじっと背の高い彼を見上げると、心なしかいつもより瞳が潤んでいた。やっぱり熱っぽいのかも。
つうっと彼の白い頬を汗が伝うのを見て、俺は反射的にハンカチを差し出して渡そうとした。するとそれを見た彼の目がまた、大きく見開かれる。

俺は、何かを思い出しかけていた。けれど目の前の彼がそっとハンカチを受け取ったのを見て、我に返る。

「…ありがとう、ございます」

「いや、えっと…」

彼が絞り出すように呟いた言葉を、耳が拾う。俺の余計だろうお節介にもこんな風に言ってくれるなんて、彼は優しいのかもしれない。
迷惑じゃなかっただろうかと心配になるも、彼はにっと笑顔を作っていつも通りの彼に戻った。顔色はまだちょっと、優れないみたいだけど。

「このハンカチ、お借りしてもいいですか」

「あぁ、その、迷惑じゃなかったら…」

「いえ。…いいえ。ありがたいです。………変わってないなぁ」

「…?」

ハンカチに鼻を押し付けた彼の言葉は全部は拾えなかったけれど。もしかして臭かったんだろうか。そうだったらめちゃくちゃ申し訳ないな…。

「すみません。ではご注文を」

「あの」

「はい」

「あんま無理しないで…くださいね」

「…はい!」

うわっ、眩しい!こんな風に笑えるならまぁ大丈夫かぁ。それにしてもそこまでして出勤しなくても…。ちゃんと家で休んでくれてたらいいなぁ。

その晩、数の減ったハンカチを整理していると、ふとある光景を思い出した。あれは…いつのことだったろう。結構前のことだった気がする。
確か会社に入りたてで、上司に飲み会に誘われた帰りだったかな。繁華街から駅までの道もよく覚えていない頃、俺は人気のない路地裏に迷い込んだ。

そこでどこかから咳き込む声がして…。気になって覗いた路地には、人がひとり凭れかかっていた。顔は、俯いていてよく見えなかったけれど、全身が泥や血のようなもので汚れていたんだ。
俺はギョッとして、思わずその人に声を掛けて、大丈夫だからと一蹴されてしまって…。全部返り血だからとそれはそれで恐ろしいことをいうそのひとに、自分のハンカチを差し出した。
今思えば無理矢理にでも病院に連れて行くべきだったかなと思わなくもないが…彼には彼なりの事情があったみたいだし、それ以上は踏み込めなくて。結局どうすれば良かったんだろう。

そういえば今日の店員さんとあの返り血のひとは、どこか似ている気がした。あの時彼は座り込んでいて身長とかは分からないし、顔もよく覚えていないけれど。
ハッと俺を見たあの瞳が、雰囲気が、ちょっと重なる。

…いやいや、まさかな。どっちにしろ、あの時の彼も元気にしてくれてたらいいな。

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