「告白しないの?」とつい訊いてしまったのは好奇心から。
休憩室でひっそりにやにやとスマホを覗き込んでいる藤倉くんはもうあの無表情を見せることは全くなくなっていて、彼と出逢ってからはずっと楽しそうな顔をしている。
「何の話ですか?」
スマホから顔を上げた藤倉くんがパッといつもの営業スマイルに戻って聞き返してきた。何でバレてないと思ってるのか。それとも分かってて聞き返してくるのか。
踏み込んじゃいけなかっただろうかと思うけれど、ここで引くのもなぁと思って私は続けた。
「あのいつも来る黒髪のひと、好きなんでしょ」
「さぁ」
「いやいや」
「さぁ」て。何だその曖昧な返事。絶対好きだろ、今更隠せると思ってるのかと言いたくなるが、藤倉くんは続けた。
「好きっていうか、もっと…」
「もっと…?」
「まぁ、機会があれば」
そうへらりと笑って会話は終了。これ以上は踏み込むなということらしい。それにしても「もっと」とは。
考え込むように顎に手を当てた彼は何を考えていたんだろう。知らないでいい気がするので、私は自分のスマホを開いて恋人の写真を見た。可愛い。癒されるわぁ。
それにしても何の画面を見てたんだろう。多分、十中八九あの青年が映ってたんだろうけど…一体いつ撮ったのかもスルーしとこう。
それから暫く。また、あの青年が来ては藤倉くんが歓喜し、店内のお客さんがざわつく日々が続いた。と思ったらあの青年は、いつしかぱったりと店に来なくなった。
たまたま忙しくなったんだろうかと思うけれど、お客さんの事情なんて私が知るはずもない。物腰が柔らかく真摯で丁寧なあの青年の事を、私も他の店員も割と気に入っていたのだけれど…。気に入っていたレベルじゃない藤倉くんは果たして大丈夫なんだろうか。
彼が店に来なくなって日に日に元気がなくなって、いつしかまたあの無の藤倉くんに戻ってしまうんじゃないかと心配した私だったがそれは杞憂だったらしいと気づくのは割とすぐのこと。
あの青年が来なくなってすぐは、私も藤倉くんのファンクラブ(いつの間にかお客さんの間で出来ていた)の子達も、店長も心配していた。もちろん落ち込んでいても仕事に支障をきたさないのが藤倉くんではあるが、そういうことじゃなく。
ただ単純に、藤倉くんのメンタルを心配していた。けれど彼の笑顔は日に日に眩しくなっていくばかり。休憩中も無表情どころか、頬の筋肉大丈夫か?と訊きたくなる程ずうっと笑顔だった。
気を抜けば緩んでしまうという感じ。一体何がどうなってるのか…。とりあえずは元気そうで安心だけど、あの青年とはどうなったのだろう。
その答えは数ヵ月後に知れ渡ることになった。
数ヶ月振りに、本当に久しぶりに来店した青年は髪が少し伸びていた。顔は正直朧げにしか覚えていなかったけれど、なんだか雰囲気が違う…気がする。
こんなんだっけ。前はもっと、何というかこう…堅い感じな気がしてたけれど。
え、待って。これって…。もしかして、もしかして恋人でも…?え、藤倉くんは?どうなってんの?と内心疑問符だらけで彼の対応に当たろうとした、その時。
休憩中だったはずの藤倉くんがいつの間にか現れていて、私がレジに立つより早くかの青年の目の前に立った。忍者か。
そう言えば藤倉くんはいつも、青年が来店するちょっと前から気づいているようだったことを思い出す。一時期マジで発信機でも付けてんのかなと思ったくらいだけど、野生の勘みたいなやつかも。
藤倉くんならやりかねないと思わなくもないけど、それに関しても私はスルーした。ゴメンね青年。
「いらっしゃいませぇ」
「…アイスコーヒー」
「ホットコーヒーひとつー」
「聞けよ。アイスでって言ったじゃん」
「身体冷やすからだめでーす。あとチョコチップクッキーですね」
「頼んでませんけど」
「こちらサービスになっておりまーす」
「うそつけ」
「店内ご利用ですね」
「はい」
「では合計でー」
おお。おお?何か仲良くない?雰囲気全然違くない?青年の方が藤倉くんに遠慮がなくなってるというか、ちょっと、何ていうか…。
近くで会話を聞いていた私はドリンクを作る振りをしながら耳をそばだてた。するとコソッと、青年が藤倉くんに耳打ちした。
「おっ前、財布忘れたとか嘘じゃん!何でわざわざ呼び出したの!」
「あと一時間くらいで上がるからデートしようねー」
「それが目的か。ならわざわざここに来なくてもいいじゃん」
「いやいや、牽制必要かなって。澤くん割と人気あるからね」
「相変わらずよく分からん…そんなことあるわけないだろ」
「ではこちらおつりになりまーす」
あ、あー。あぁー。
思わず彼らの方を振り返る。すると会計時に出された彼の手を見て、そこに銀色の輪っかがあることに気づいた。シンプルな指輪。装飾品とかつけそうな感じには見えない彼の、左手に、何だか見覚えのある…。
そう思っていたら、藤倉くんの手にも同じようなものが嵌まって…。あ、あぁー。そういう…。
やりやがったな、藤倉くん。
心の中で大きな大きな息を吐きながら、色々と整理した。なるほど分からない。けれどどうやら店内のファンクラブの子達も彼らの雰囲気から察したらしく、それからは二人の箱推しが以前より増えた。
青年が店に来なくなったのは単に恥ずかしかったからかな。それにしても…まっぶしい。その笑顔に釣られて店にやって来たお客さんも、彼らの間には入れないと一瞬で察したらしくすぐに染めた頬を元の色に戻した。
分かる。それでまた、きっとこのお店に来るだろう。さわくん、と呼ばれた青年が次にいつ来てくれるのかは分からないけれど、この光景はうちの名物になりそうだ。
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