「僕ね、どうしたら正解なのかずっと考えてたんだ」
「正解」
「うん」
とりあえずは、その左手を離してあげることなんじゃないかなぁと思うが言えないまま、彼の言葉を黙って聞く。
木陰の向こうでようやくがさりと音がして、待機していた先生ども…先生方が動いた。遅い!やっぱりどっちかが殴られるまで動かないのかお前らは!
別に期待はしてなかったけど、もうちょっと早く動いてくれても良かったんじゃないの。おかげで俺、後で千翔星からお説教コースだよ。やだよ!
「一人で来い」だなんていう明らかに怪しい呼び出しに、特段ケンカが強い訳でもない俺が素直に応じる訳がなかろうが。一応チクってから来たよ。
もちろん千翔星には言えないし、でもきっと千翔星を呼び出すための口実だろうし、他に思い浮かばなかった。
あと、出来れば先生達に千翔星は悪くないってところを見せたかった。だから呼び出しておいた。なのにさ。
千翔星が今ここで先輩達を殴っちゃったりしたらダメなんだよなぁ。
でも彼は、依然動こうとしないまま。そりゃそうか。彼は自分から仕掛けたりしないし、俺はまだ全然無傷だ。彼のお陰だけど。
千翔星が俺の顔を見た。あ、目が合った。そう思ったら、グキッと鈍めの音がして、すぐにどさりと何かが倒れ込む音もした。え、大丈夫…?
音のした方へ振り向こうとするけど、目が離せない。千翔星も俺から目を離さない。左手が自由になってる。多分拳を離した時に、敢えてこう…。いや見ないで何やってんだお前。
多分捻挫?みたいなものなんだろうけど…いつもの彼からすれば大分優しい方ではあるけども…。相変わらず雑だ。
でもまぁ、この人達も千翔星と俺をもっと雑どころか痛い目に遭わせようとしてたんだよなぁ。それにしても痛そうな声。うるっせ。殴ろうとしてきたのそっちじゃんか。
「あきと、聞いてる?」
「あ、聞いてます」
ちゃんと聞いてますアピールしないと、拗ねちゃうもんな。カタカナリーダーには先生が駆け寄ってるみたいだし、まぁいいか。
「そんでね」
「あ、続けんだね」
「うん」
自由だなぁ。そういうところ、割と好きだよ。
「僕ね、追い払えるならまぁいいかって、思ってたんだよ」
「…うん」
「ケンカしたって。だって負けないし」
「知ってる」
「でもね、それでも…」
「それでも?」
「…あきと、泣いたでしょ。だから、このままじゃダメなんだろうなって」
「やっぱり見られてたかぁ」
「ゴメンね。僕のせいで」
「ちとせのせいじゃ、いやちとせのせいだけど」
バカ正直に言うとふっと微笑った。その顔も好きだ、大好きだ。
でもちょっと状況と不釣合いで俺も笑ってしまいそうだ。彼はぼうっと連行されゆく先輩達を一瞥して、もう一度俺に向き合って、続けた。
「怒んないでね」
「話による」
「………」
「話によるよ」
俺もこいつに怒られるの嫌いだけど、逆もまた然りらしい。千翔星も結構、俺に怒られるの嫌いだよな。知ってる。
暫く間を置いて、彼は諦めたようにふうっと口を開いた。
「あのね」
「うん」
「もう、一回こいつらの好きにさせた方がいいのかなって思ったこともあったんだよ。でも僕が怪我したら、あきと心配するでしょ」
「もちろん」
「顔じゃなくても、きっとバレる」
「当たり前」
「だから、どうしたらいいんだろうなって」
「そんなことしたらブチ切れるよ、俺」
「知ってる。だから、ずっと考えてたんだよ」
「それで?」
「それで」
「分かったの?正解」
「それがさ」
「全然分かんないままなんだよね」と、彼は俯いた。睫毛から雫が滴るのがスローモーションのようだ。雨なんて、降ってないのに。
「俺も分かんないよ」
「…うん」
「だからさ、ちとせ」
「うん、あきと」
「二人で考えてこうよ。そうしたら分かるかもよ」
言うと、彼が顔を上げた。曇天から陽が射すみたいに輝いている。眩しい。まるでたった今、正解を見つけたと言わんばかりの表情だった。
可愛いとか格好良いとか、綺麗とか。そういう言葉より、愛おしいという表現がぴったり当て嵌まるような気がして…俺も泣きそうになった。
「晶翔が、いいなら」
「いいも何も、俺はそうしたいよ。千翔星は?」
「僕も。そうしたい」
空が晴れる。いや、ずっと晴れてたかも。雨だったかも。分かんない。でもどっちでもいいや。
肩に手が回って身体を引き寄せられたかと思ったら、額に柔らかいのが当たった。チョコ持ってないのに、いや、違うけど。
千翔星に絡んできていたあの先輩達はとっくに物陰に隠れていた先生方に連行されていて、いつの間にか俺達ふたりっきりだった。
あのカタカナリーダーの話を先生もばっちり聞いていただろうから、これでちょっとは千翔星の見方も変わるといいな。
見上げると、雨なんだか晴天なんだか分からない顔がある。
あぁ、その顔が一等好きだなんて思うよ。
やっぱりお前は綺麗だ。俺が今まで見た中で、きっと何よりも一番。
「そうだ、言い忘れてた」
「なぁに」
「ちとせ。助けてくれてありがとう。嬉しかったよ」
「全然。僕も、忘れるところだった」
「なにを?」
「あきと。お説教です」
「あ、あー」
ぐうううっとお腹が鳴る。そういやまだお昼ご飯食べてなかった。そう思ったすぐ後に、彼のお腹からもすごい音が鳴った。
お説教はすごい嫌だ。でもとりあえずは、と二人して教室に戻った。
prev / next