mitei オセロなふたり | ナノ


▼ 二人と一匹の時間

あらすじ。
白羽が泊まりに来ています。

どうして。

自分の部屋に戻るのも申し訳なく、リビングで二人と一匹の無言の時間が過ぎていく。リビングでは特に真剣に観ている訳でもないテレビの音と、カチコチいう時計の音と、たまにゴロゴロ鳴るしろあん様の喉の音だけが響く。いや音だけなら結構賑やかだな。
俺はというとラグに座ったままでソファーに背を預け、テレビを観る振りをしてはたまに斜め上をちらりと見上げる。ソファーの上でお猫さまを膝に乗せ、胡坐をかく彼は機嫌が良いのか悪いのか全く分からん。すごい無表情。全くもって無表情で静かだ。

…やっぱり嫌だったんじゃなかろうか。

事の発端はほんのちょっと前に遡る。
始まりはそう、休日の朝、家族総出でうちにやって来た白羽のご家族と俺のオカンが急に提案してきた「いきなり!家族合同☆温泉旅行」だ。星とかあんのは俺のせいじゃない。あの人らが勝手に作ってたしおりに書いてあったんだ。
親父たちは当日まで何も知らなかったらしいし、旅行については白羽も少し驚いていたので俺と同じタイミングで知ったのだと思う。

ちょうど皆さんのお仕事はお休み、俺たちも部活が休みでちょうどいいとかで、俺らと白羽の家族一緒に一泊二日の温泉旅行へ行こうと乗り気になっていた。俺と白羽以外は。
もう旅館は予約してあるとのことで何て用意周到なんだと思ったが、そこで足元のもふもふの感覚にはたと気づく。

しろあんはどうすんだ、と。

予約できたのはペット不可の旅館だったし、そもそもしろあんは人見知りだし、家からあまり出たがらないし。
しかし俺のオカンはこれまた用意周到で、もう既にご近所の人にお世話を頼んであると言った。しろあんが珍しく懐いている、たまにうちに色々持ってきてくれるご近所さん。

それならとりあえずは安心かと思ったが、事態は急変する。
さあ用意しようか、というところでそのご近所さんから電話が掛かってきて、急用ができてしまったと申し訳なさそうに告げられた。
とても急なことで申し訳ないと何度も謝られたようだが、こちらも頼んだのは恐らく急なことだ。しょうがない。

それなら旅行は中止にしようかと話す家族に、俺は残ると言った。俺が家に残ってしろあんと共にいようと。
というかぶっちゃけ、いきなり旅行はちょっと面倒臭い。インドア派には少々ツライ。
運動部にだってインドア派はいるのだ。折角の休みならば家でごろごろ漫画とか読んでたいし、アニメとかでかいテレビで観たいし、何より。

家族合同とはいえ、白羽と旅行はかなりハードルが高い。嫌って訳じゃないよ。部活でも合宿とかあるし。それはまだ一緒に行ったことないけど、でも歳が近いってだけで絶対セットで行動させられる気がする。
二人っきりで温泉入ってきなさいとか言われたらどうしたらいいんだ。全然嫌とかじゃ、ないんだけども。何なら絶対白羽の方が嫌がると思うし、そうすると俺が居た堪れなくなる。

そういうことをアレコレと想像してしまうと、やっぱり気が引けた。嫌じゃないんだよ、マジで。でも行かなくていいんなら、とても楽だ。白羽のせいではなく。
俺は正直言うと、我が家でしろあんをもふもふしながらゆっくりまったりしたいだけだった。

そういうことは言わないでただ一言「俺が残るよ」というと、そこでまた事態は思わぬ方に転がった。

そのすぐ後に、白羽も「おれも残る」と言い出したのだ。マジか。
でも考えてみればそりゃそっか。歳の近い奴がいるならともかく、一人だけ子供だと何となく気恥ずかしいというか、まぁ乗り気にはならんよなぁ。子供っていう年齢じゃないかもだけど、ここでは一番年下であることには変わりないし。

彼がそう言うと両親たちはほっとしたらしく、それぞれいつの間に用意したのか分からない荷物を持って「じゃあよろしくね!」と家を出て行った。これが数時間前のこと。
で、何で白羽がまだうちにいるのか。

旅行の予定がなくなったんなら自分ちに帰ればいいんじゃないのか。そう聞きたかったのだが、彼はまだ当たり前のようにうちにいる。しかもお泊りセットも持ってきているという。旅行計画で勝手に用意されてたものだろうけども。
そんな彼はかなり落ち着いて見えて、何なら俺よりも我が家のように馴染んで、盗賊団のボスのごとくお猫さまをお膝に乗せてテレビを観賞なさっている。まぁ真剣に観てるのかどうかも怪しいんだが。

俺がちらちら見るからか、それが物言いたげだったのか、テレビがコマーシャルに入ったところで遂に彼が俺を見た。相変わらずの読めない無表情である。
いつも仏頂面してるけど、今日のはマジで分からん。機嫌が良いとか悪いとか、それ以前に何を考えているのかも。何で自分の家に帰らないのかも。いや、今すぐ帰れよとかそういう訳では決してないんだけども。シンプルに不思議だ。

「センパイってマジで全部顔に書いてますよね」

「え、マジか」

「マジ。さっさと自分ち帰れよって思ってんでしょ」

「そうは思ってないけど」

何でいるんだろうとは思ってるけど。

「ほら、コレ」

「んん?え」

ずいっと白羽が見せてきたのはスマホのメッセージアプリの画面だった。そこには「黒弥とにゃんこの面倒よろしくね☆」と書かれており、その下に謎の生物…一応猫っぽい…のスタンプ。
というか何でしろあんより俺主体なの。俺の面倒ってなんだ。何かすげー恥ずいんだが。一応先輩なのに…。

「おばさんから頼まれてる」

「いつの間に連絡交換してたんだよ…。それはいいとして、面倒て」

「今日の晩飯、おれが作るんで」

「別に適当にするけど」

「どうせカップ麺とかでしょ」

「…美味いしいいじゃん」

「はあ…」

溜め息吐かれた。明らかに馬鹿にしたような眼差しでじっと見下ろされる。ぐうの音も出ない。確かに、家事能力は圧倒的にこいつの方が上だ。しろあんもまだ膝の上でゴロゴロ言ってる。

「クロが、そんなに帰ってほしいんなら帰るけど」

「別にそんなこと思ってない」

「いいんだよ。さっさと邪魔者は帰ってクロはしろあんとイチャイチャして、おれは家で一人寂しくインスタントカレーでも食ってろってか」

「思ってないし!というかさっき晩飯作るって言ったじゃん」

「パシリ要員かぁ…」

「違うって!俺が言いたいのはその、つまり、何でそこでインスタントカレーになるんだって」

「めんどいし」

「でもさっき作るって…?あれ…?」

「家政婦ね」

「ちがう!」

いや、本当に言いたいことはそうじゃないけど…。そんなに帰ってほしそうにしてたのか、俺。そんなこと思ってないのに。

…本音を言うと、どうにもこの間から白羽の態度が変わってきたみたいに思えて、それから何だかむず痒くて、どう接したらいいのか分からないんだ。
俺は、本当は…一緒にいてほしいけど。晩飯だって、一緒に食べる方が絶対美味いと思うし、白羽の作るご飯だって大好きだし。

「違くて、帰れとか思ってないし、こないだだっていつでも来ていいって言ったの本心だし!」

「知ってる。意地悪言った、ゴメンねクロ」

「俺の方が…。とりあえず、晩飯は俺も作るから、その…」

「その?」

俯いて、言葉にしなきゃと喉を震わせる。言わなきゃきっと分からないし、言わないままだと傷つけるかもしれない。もうそこまで嫌われてないことを、自惚れじゃなく知ってるはずだ。
頑張れ、俺!

「か、帰んないで…」

「………」

暫く反応がなくてかなり不安になる。やっぱり嫌だった?しろあんはともかく俺の面倒とか、不本意だったとか?それでも我慢してた?
ぱっちり開かれた瞳が揺れたと思ったら、やがて見えなくなった。彼の方が高い位置にいるのに頭頂部しか見えない。髪で、顔が見えない。あと、彼の顔を心配そうにふすふす覗き込むしろあんで。

「あの、白羽さん…?」

「………うん。ここにいるよ」

声、か細いな。いきなり俯いてしまったけど大丈夫なのか?しろあんの体重に耐え切れなくなったのか?足が痺れたのか?
心配するも、彼はやがてゆっくりと顔を上げた。とりあえずは…顔色も良さそうだけど。というか、若干赤くすらあるけど…。熱かな。大丈夫なのかマジで。

「…風邪か?」

「すげー元気。元気すぎて困るくらい」

「そか…」

そんならまぁ、いいか。
その後も彼の顔は暫く赤いままだったし、目も中々合わせてくれなかったけども…。とりあえず嫌悪からきてるカオって訳ではなさそうだったし、まぁいいか。

その晩は二人でカレーを作った。俺は簡単なことしか手伝えなかったけど、料理上手な白羽のおかげかなかなかに美味かった。というか、めちゃくちゃ美味かった。多分、写真で送られてきた旅館の料理よりも。
二人で食べたからかな。二人と一匹、向かい合って食べる晩飯は悪くなくて、寧ろとても心地好くて、カレーの美味さもあって俺は自然に頬が綻んだ。

「美味い」

「よかったっすね」

「おう、ありがとう!」

「………ん」

「ふふっ」

「………はぁ」

また溜め息か。大丈夫か?
それからも白羽は度々顔を逸らしてしまったが、不機嫌ではないらしい。
結構仲良くなれたみたいな気がしたのは、俺の気のせいじゃないといいんだけど。

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