mitei オセロなふたり | ナノ


▼ 撫でたいだけ、できればもっと。

日曜日。午前。誰も居ないリビング。
ソファーにごろんと寝転がり、その俺のお腹の上に我が家のお猫さまがでんと乗っかり、スマホで漫画を読む至福の時。
お猫さまはふくよかなのでちょこっと…いやまあ結構重いが、腹筋を鍛えろってことと解釈して放置する。

眠いし、陽射しもちょうどいいし、寝そう。こういうのを平和というのだろう。腹筋は鍛えられるけど。
でもなんか、予感がする。ほら、こういう時に。

ピンポーンって。ほうら来た。

インターフォンの音でびっくりしたらしいお猫さまはぴょんと俺のお腹を蹴ってどこかへ去っていき、俺は一人「ぐふっ」と投げられても出さないような声を出しつつも玄関へ向かった。
着替える暇もなかったから格好は部屋着のままだし、髪もボサボサだ。ちょこっと手で、気持ちだけ整えてから玄関の扉を開ける。こんなことしても無駄だろうけど。

「ちっす」

「…おう」

扉を開けると、予想通りの姿があった。どっかの百貨店の紙袋を下げ、Tシャツにジーパンというラフな格好の彼。
俺の後輩でご近所さんの白羽である。今日も絶好調に不機嫌そうで何より。

それにしても、ううん…。なんでそんなラフな格好でも様になるんだろうな。羨ましくないこともない。
正直インターフォンの画面を見なくてもこいつが来たんだなってことは分かってた。何となく、勘だけど。

「重いんで、コレ早く受け取ってください」

「あぁ、どうも。何コレ」

「おばさんが知りたいって言ってたうちのハンバーグのレシピ。あと色々」

「レシピ」

ありがとうとそれを受け取ると、見た目よりもずっしりと手に紐が食い込んだ。重いな。うちのお猫さまほどではないだろうけど。そんで本当に色々入ってる…。
レシピかぁ。ついにうちの食卓も白羽家のそれに染まる時が。いやまぁ、美味いからいいけど、割と分厚いな。一体どれだけのレシピが書いてあるんだろう。これだけ記すの大変だったろうなぁ…。

それで、当の白羽くんはというと玄関でしかめっ面。いくら近いとはいえ、わざわざ休日に特に慕ってもない先輩の家に来たんだもんな…。ご苦労さんだなぁ毎回。
…断ればいいのに。

というかそんな嫌ならポストに入れとくとか、俺に取りに来させるとか、学校で渡すとかすればよくね?何で来たんだ。
だなんてずっと思っていたが、最近その謎が解けてきた気がする。俺には分かってきたぞ、こいつの真の目的が…。

「…上がっていいすか」

「あぁ、悪い。どうぞ。今俺しかいなくて」

「別にいいっす。お邪魔します」

「ハイ…」

彼はきちんと靴を揃えると、慣れた様子でリビングまで歩いていった。
普通なら嫌っている相手の家に五百歩譲って荷物を届けに来たとしても、家には上がらず帰るだろう。俺なら秒で帰りたいと思う。
けれどこいつがうちに来る度こうして家に上がっていく理由…名探偵の俺には分かっちゃったな。

「お、にゃんこ。来い」

「みゃあ」

そう、うちの絶対的存在。さっきまで俺の腹筋を鍛えてくれていたお猫さまである。
家に誰か他人が来るとビビッて普段は姿を現さないこのにゃんこだが、相手が白羽だと分かるとすぐに顔を出してきた。一体今までどこに隠れていたのやら…。

そうしてソファーに座った白羽の膝にすとんと落ち着くと、お前はどこの家の子なのと妬いてしまいそうなほどゴロゴロと喉を鳴らし、嬉しそうに彼に撫でられるのだ。
お前は一体どこの家の子なの。俺以外にそんな顔しないでよ、と言いたくなる気もするが、これが彼がうちに来たがる理由なんだろうなと思うので何も言えない。

嬉しそうに撫でられるにゃんこと、無表情だが優しい手つきでにゃんこを撫でる白羽。
こいつは多分、いや絶対このためにうちに来てるんだと思う。他にないだろ、だってさ。
和やかな光景を背にしながら一応、キッチンでお茶を用意する。こないだ貰ったお菓子も出しておこう。食うか知らんけど。

それにしても、正直に言えばいいのにな。そんなに毎回何かしら持ってこなくたって、普通に上がっていいのに。うちの家族は全員白羽のことが好きだし、白羽のご家族もうちと仲が良いし。
事前に言ってくれれば、白羽が来る時間に俺は適当に出かけるとか部屋に籠るとかすればいいし。そうしたら、顔を合わさなくても、すむし…。

………。

自分で考えてちょっと辛くなってきてしまった…。俺は嫌いじゃないのに嫌われてるってツライ。なぜ。
過去の出来事をいくら遡ってみても答えらしきものは見つからない。そもそも分かってたら、いや、例え分かったところで…。

「…イ、センパイ」

「うぉっ!はい!」

「ぼうっとしてんの。どしたんすか」

「いや、別に…。あ、悪い。お茶すぐ出すから、それとももう帰、る…?」

おお、肌キレイ。にきび一個もない。鼻高ぇ。というか、ありきたりだが睫毛めっちゃ長い。
これって爪楊枝何本乗るんだろう…とか考えて意識を逸らしたが、無駄だった。だってこんな至近距離で顔合わせることって普通はない。ないよな?

おでこに、何か当たった。何かって、見えないけど分かる。視界が白羽の顔でいっぱいだけど、現状も把握しきれてないけど分かる。
俺のおでこに、白羽のおでこがぶつかってる。なんで。身長差あるのに。
ぶつかんないだろ、こんなところ。

「うん…。熱は、多分ないか」

「あ、え…」

「でもちょっと、顔赤いな…寒い?」

「寧ろ暑い…?」

「風邪の引きかけかな…。センパイ、腹出して寝たりしてない?」

「して、ないと思います…」

「そう。おれもう帰るんで、念のため寝とけば」

「あ、帰る…?」

「うん。お大事に」

「ありがとう…?」

そう言うと彼は床で大人しく待っていたにゃんこを一撫でして本当に帰っていった。なに、さっきの。
今時おでこで体温測るとか、あるんだ…?あれ、さっきまで何してた俺。

触ってみると頬が確かにちょっと熱い気がする。熱出てきたんかな。別に風邪引いた覚えないんだけどな。
なんでだろう。でも白羽の言う通り引き始めかもしんないから、一応寝とこうかな…。
ふうっと息を吐くと別にもう暑くもなくなっていた。一瞬だけ?マジでなんだったんだ。

「そうだ、黒弥サン」

「うぉあっ!え、なに!」

ううんと伸びをして出しかけた菓子やら食器やらを片付けていると、リビングの入り口から声がした。驚いた俺は危うくカップを落としかけたんだが…我ながらナイス反射神経。

「いやビビりすぎだろ…ホントに大丈夫か?」

「おう、もちろん、全然?どうした白羽?忘れ物か?」

「…まぁ」

「うん?」

嫌な顔をされない範囲を意識しつつ、ちゃんと声を聞くため彼の元へ歩み寄る。白羽は逃げなくて、睨んでこなくて、顔もしかめっ面にならなかった。
ただどうしてか、耳が赤い。俺の風邪もどきが移ってしまったのかもしれない…。いやいや、あの一瞬で?

ただ白羽のタイミングで話し出すのをじっと待っていると、彼が一歩踏み込んだ。
俺が遠慮した距離を詰めるように、ちょっと顔を上げればすぐ顔が見えるくらいに。こいつってこんなにパーソナルスペース狭かったっけ。いや、元々そうだったような気がしないでもない…けど?
顔を見る。すると視線が返ってくる。睨まれてないことに、ちょっと…いやかなりほっとする。

そういうカオしてればクールだとか、近寄り難いだとか言われることもないだろうになぁ。
ちょっと腹立つくらい、格好良いヤツ。

「クロ」

「どした」

「その、おれが来るの、ストレスだったりする…?」

「ストレス?」

ストレス。なぜストレス。白羽がうちに来ることが…?
じっと目を逸らさず俺の答えを待っている瞳は真剣そのもので、ずっと見ていると吸い込まれそうなくらいな不思議な引力がある。
これなんかアレだな、見たことあるなと思ったら、怒られる時のわんこみたいだなと思い至った。テレビで観たやつだ。

「なぁ、嫌だった…?」

「えぇっと…ごめ、ちょっと待って」

俺が俯くと、上からポツリと声が降ってきた。寂しいと嫌だとごめんの感情が塊になったみたいな音だって、これは俺にも分かった。
だめだ、もう。そんなんだめだって。

「クロが熱出るくらい嫌なら、おれ、もう来ない…から」

「………ふっ」

「クロ?」

「悪い、も、だめだ…ふふっ、あはは、」

「え、なに。こわ」

「あははっ!ごめん、笑って、いや、ちょい待って、ふふっ」

「………投げていいすか?」

「おわ、待って待って構えないで!?マジすんません!」

「笑うとこあった?」

「ごめんな、茶化した訳じゃないんだ。ただちょっと安心したっていうか、気が抜けちゃって」

「安心?」

「全然、嫌なんかじゃないよ。寧ろお前の方が嫌なんだと思ってたから、まさかそんなこと気にされるなんて思わなくて」

それに、普段しかめっ面で無愛想なこいつがあんなカオするなんて…。そんなことないと思うが、まるで俺のこと慕ってくれてるみたいに思えたとか。それは言わないけど。
あんな縋るような、寂しいって言ってるようなカオを多分初めて見たからびっくりしてしまった。それで、かわいいとか…思っちゃったじゃん。自分で思ってたより俺はきっと不安だったんだ。
なのにそのカオと言葉ひとつだけで、めちゃくちゃ安心しちゃったじゃんか…。

笑いすぎてか、涙が滲む。困ったな…。もう笑ってないのに、まだ涙だけ出てくる。流れそうで、袖でごしごし擦ったらまた手を掴まれて止められた。
俺の方は今どんなカオしてるんだろ。見上げてみてもぼんやりとしか白羽の顔は見えなくてちょっと悔しい。

「ふっ、」

「え、白羽、今笑った?俺そんな変顔してる?」

「すげー間抜け」

「マジか」

「なぁクロ」

「ん?」

「おれがこうやって休みの日に家来ても、クロのストレスになってないってことでいい?」

「俺は寧ろ嬉しいけど…」

「それ本音?」

「今嘘言ってもしゃあないだろ」

「おれが来て、嫌じゃない?」

「しつこいなぁ、嫌だったら来るなって言うし」

「頼まれごと断れないクセに?」

「ちゃんと嫌なことは言うよ。あと嬉しいことも」

「…そう」

「お前だって、」

「………」

「いつも嫌そうな顔して来る、から。無理してんのかな、とか…」

「おれも嫌なことははっきり断る派」

「言われなくてもそうだったな…」

「………クロ」

「んだよ」

もう涙はすっかり引いた。おかげで視界がクリアになって、困った。おい、聞いてないぞ。そんなカオもできるとか、知らないんだけど。
そんな優しい目で微笑うなよ、撫でたくなるだろ。

「不安にさせて、ゴメンな」

「なにがだよ、というかお前が撫でるな!」

「ちょうどいい位置にあったから」

「俺はチビじゃない!」

「おれよりかは小さい」

「くっ…!」

それはお前がでかいだけだって、言いたいのに。そんな嬉しそうなカオ見せられたら何も言えなくなんだろ。卑怯だって。
やがて満足したのか、俺の髪をさっきよりもっとボサボサにしてくれた彼はやっといつもの意地悪な表情に戻った。

笑ってるっていうより、嘲笑ってるみたいな、悪役みたいな笑顔だ。これも笑顔って言うのか。

「撫でるのは大丈夫っと…」

「何のチェック項目?」

「クロが嫌がらないかのチェック項目」

「…?嫌じゃないってば」

「センパイさぁ…」

「んだよ」

「マジで、変なツボとか売られそうになったら言えよ」

「ならねぇよ」

「どうだかなぁ」

「帰るんじゃなかったんか」

「うん。帰るよ。今度こそお邪魔しました」

「ほい。さんきゅな」

「黒弥サン」

「なぁに白羽クン」

「また、来てもいい?」

「好きにしろよ」

そんなに何回も確認しなくたって嫌じゃないって。
そんなに触りたいんなら、何も持ってこなくていいし、口実とか要らないし。
コイツもお前に大分懐いてるみたいだし。

玄関先でお猫さまをひょいと抱っこしながらそう言ったら、また微妙なカオをされた。だからなんなん、その表情。
暫く無言でお猫さまと俺の顔を見比べてから、白羽はふっと口元に弧を描いた。

「そんじゃ、好きにするよ。じゃあなセンパイ」

「おーう。またな」

ひらりと手を振って扉を閉じた白羽は、本当にさっきまでの迷子みたいだった彼と同一人物なんだろうか。あれから十歳は精神年齢を重ねたみたいな大人っぽさで、初めて会った時を思い出した。
美しいって、ああいうものを言うんだろうな。なんて。

さっきまでの胸の重さはどっかに消えた。俺は少なくとも、自分で思うよりかは彼に嫌われてはいないんだろう。多分、きっと、そうであれ。

「な、お前どう思う?」

「みゃ」

「だよなぁ」

知らんよなぁ。ま、そんなら俺の都合の良いように考えるとしよう。
すぐに来る朝、いつもの角で会う彼の顔がちょっとでも綻んでいますように。

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