mitei オセロなふたり | ナノ


▼ 白か黒か、それとも。

「………何すか」

「えーと、ほぼ毎日すまん。すぐ済ますから」

「チッ」

あわぁ。
教室の扉に凭れかかり、腕組みをしてあからさまに不機嫌そうな目つきで俺を見下ろしてくる彼、白羽(しらは)は一つ下の後輩である。

最近この高校に転入してきた彼は新しい家が俺とご近所さんらしく、入ってきた部活も一緒だった。
そのため下校時間も帰り道も被った俺たちはほぼ毎日のように一緒に登下校しているのだが…。彼にとってそれは不本意なんだろうなとはこの態度からも感じ取れる。

俺を見ると眉を顰め、一応の敬語は取り繕うが言葉の裏には「喋りかけんな」オーラがすごい。
そんなに嫌なら避けた方がいいのかなとも幾度となく思うが、朝も帰りも出くわしてしまえば避けづらく。「用事があるから先に行く」なんて言い訳も何度も使えるわけもなくて。
ならばと俺から話しかけても返ってくるのは良くて一言二言、悪くて無視。じゃあもういっかと、開き直って無言の時間をふたりで歩くことが多くなった。

そんな俺たちの心境を知ってか知らずか親同士はとても仲良くなって気づけば家族ぐるみでのお付き合いになってしまったので、俺としては非常に…気まずい。

そうしてこの数ヶ月微妙な距離を保ってきたというのに、ここ最近は俺の意思を嘲笑うかのように彼の教室を訪れざるを得なくなっている。気まずい。

「気まずいってカオしてますよ。…うざ」

「うざいってカオしてるぞ。相変わらず隠す気が微塵もないなぁ…。言ったし」

「さっさと自分の教室帰れば。どうせアレでしょ」

「その通りです…。渡したらすぐ戻るよ」

「ほい」とファイルごと手渡すと、彼はそちらに視線を下げて微妙な表情をした。ファイルには、数枚の便箋やら可愛らしい花柄の封筒が入っている。
ぶっちゃけ言うとこれらは白羽へ向けたラブレターで、俺は昼休み、白羽宛て限定の郵便屋さんなのである。気まずい。

「何で毎回きっちりファイル入れんすか。几帳面かよ」

「落としたら困るからだよ」

「別に黒弥サン宛じゃないでしょ。めんど」

「悪かったな」

いちいち語尾に愚痴つけないと会話できんのか。あ、黒弥(クロヤ)とは俺のことです。一応「さん」は付けてくれるんだなぁ。多分嫌われてるけど。

「てか、何で毎回届けてくるんすか。全部断っていいって言ったでしょ」

「言われたけど、俺宛てじゃないし…」

「は?」

「いちいち睨まんと会話できんのかお前は…。断っても粘り強くどうしてもってせがまれるんだよ」

「だから断れよって」

「だって…いや、何でもない。お前、恋人とかいないよな?」

「うっし…。おれの昨日の練習の成果見ますか」

「やめてやめてやめて、こんな固い床で受け身取れない」

取れても多分痛いと思う。
ゴキゴキと拳から音を立て、準備運動でもするみたいに肩を回して迫ってくる白羽は迫力がすごい。でもやめてほしい。
俺たちは柔道部で、こいつは細身ながら超強いのだ。一回「お前細いのにすごいな」なんて言ったら「先輩はチビなのに根性だけはあるっすね」とめちゃくちゃディスられた。
チビじゃないと思う。俺は標準で、こいつが背が高いだけで。俺だってまだまだ成長期なんだ、多分。いや絶対…多分。

そんなことはどうだっていいんだ。
もう俺の用は済んだんだから、さっさとこの不機嫌で理不尽な後輩の元から逃げ…立ち去ろう。まだ怒ってそうだし。
と思ったのに、腕が後ろにくんと引っ張られた。手首握られてたの気づかんかった、さすがだ。じゃなくて。

「帰んのセンパイ」

「用は済んだし」

まだ昼飯食ってないし。

「…今度から全部断れよ」

「俺だってそうしたいよ」

「いくらお人好し演じたってその顔じゃモテないっすよ」

「うるせーわ」

別に不細工じゃねーわ。多分。俺は標準で、こいつが整いすぎてるだけで。
本当に、何でこんな横暴な奴がモテるんだろうって幾度となく思うが、顔だろうか。まぁそれだけじゃないだろうな。

俺には辛辣だけど、無言で車道側歩いたり転びそうな婆さん助けたり、道案内したり。こいつこう見えて案外優しいし。
そういうところも好かれる一因なんだろうなぁと思う。俺には辛辣だけど。

「じゃあ、また部活でな白羽」

「今日休みっすよ」

「あ、そうだっけ」

「そんくらい覚えとけよ…。クロ、」

「なに?」

手首が離されないことを不思議に思いながら、俯いた顔を見上げた。名前の通り白に近い髪が蛍光灯の光の下でも透き通る。眩しい。

「今日センパイん家に用事あるんすわ。めんどいけど、放課後待っててよ」

「また果物とか?俺持って帰るよ?」

「ちげーよ。いいから、下駄箱で待っててくださいよ」

「…?分かった」

「絶対待ってろよ」

「逃げたくなるような言い方やめろよ…」

「いいか、逃げんなよ」

果たし状かよ…。最早敬語でもないし。それにそんなカオで、睨みつけながら言われても。
俺なんかした?心当たりがないけれど、思えば初めて出逢った時からこんな感じなのでもうこういう性格なんだなと思うしかないか。
嫌いなのに一緒に帰らなきゃとか、なんか可哀相だな。白羽の家はいつも作り過ぎた手料理やら食べきれないらしい旬の果物やらをうちにくれるけど、毎回それを届けるのは白羽自身なのだ。
休日まで別に好きでもない相手の家に重たい荷物持ってくるとか、それも嫌だよなぁ。いつもいいって言ってんのにな。

あ、そうだ。

「なぁ、まだ答え聞いてなかった」

「何の」

「お前って恋人…はいなくても、好きなひととかはいないのか?」

「………なんで」

「いや、もしいたらお前のファンも諦めつくんじゃないかなぁなんて…。俺に話すのが嫌だったら別にいいんだけど」

それでも本当に誰とも付き合う気がないんなら、ちゃんと言っといた方がいいと思う。と言うと白羽が完全に無表情になった。
美形の真顔怖いってことわざ?本当だったのか…。これならまだ睨みつけられたり舌打ちされる方がいいなと思ってしまう。どうしたんだろ。

やっぱ俺にそういうこと訊かれるのが嫌過ぎたのかな。慕ってる先輩とかならまだしも、うざがってる相手に恋バナとか踏み込んだこと…。
申し訳ないことをした。そもそも何でそんなに嫌われてんのか分からないんだけど、そういう鈍いところも駄目なのかもしれない。

…俺だって本当は、こんな郵便屋さんになるつもりはなかった。だってこの手紙たちを届ける度にこうして嫌な顔を見ることになるから。
俺のせいか手紙のせいかも分からんのですけど。まぁ、両方かもしれないな。

でも俺はどうやらこいつと仲が良いって思われてるみたいだし、クールな白羽には近寄り難いらしい。クールかどうかはともかく、近寄り難いのは分かるけど。
白羽には言えないが、俺が手紙を届けなきゃ、部活中に押し寄せるとか言われたんだよなぁ。それはシンプルに困る。練習の邪魔されるのももちろん困るんだけど、それだけじゃなくて。

あれは白羽がうちに転入して、部活にも入って間もない頃。
部活終わりに彼の帰りを出待ちしていた子が何人もいて、それに囲まれた白羽がめちゃくちゃに機嫌悪くなって、その中の一人の子に掴みかかったことがある。その時は先生が止めに入ったけれど、白羽は危うく停学処分になるところだったとか。
それ以来出待ちされることはなくなったけれど、彼はそれが物凄く嫌だったのだろうと思う。停学になっても構わないと思うくらい、嫌だったんだろうな。

そういや俺はあのすんごい集団に突き飛ばされて手首捻ってたっけ。白羽は知らんだろうけど。というかそんなこと知らなくていいけど。

まぁそういう経緯があり、彼にいくら嫌われていようとも俺が届ける方がまだマシだろうなと思って郵便屋さんを引き受け続けている。俺なら万が一になっても受け身取れるし。
案の定、毎回彼の嫌そうな顔を見ることになるのだが。

俺は別に、嫌いじゃないのに。
引っ越すのは今は無理としても、やっぱり離れてやる方が白羽のためなんだろうか。というか今思ったけど手紙って靴箱に入れといてもらうとか駄目か?
ああ、そういや靴箱もほぼ毎朝…とまではいかないものの、週に一、二度は何かしら入ってるな…。モテるって大変だな。

完全に物思いに耽ってたけど、彼はまだ無表情だった。こわい。さっさと退散しようと思うのに、手首を人質に取られたまま固まったかのように動かなくなっている。こわいって。
それ、もう完治したけどあの時捻った方の手首だ。掴む力は全く痛いものじゃないけど、離せない。どんな技だよ。

「あのー」

「………」

「もう昼休み終わるんだけど」

「………」

「白羽くんやい、俺腹減ったんだが」

「………たら、」

「ん?」

「おれに恋人がいるっつったら、センパイどう思います?」

「え、めでてぇなって」

「………」

「………え?」

数秒か数分か。沈黙がやたら長く感じて、やがて向いた彼の視線がちくちくと痛いような気がした。
なに、俺何かまずいこと言った?

「はああぁぁぁ」

「溜め息か?幸せ逃げんぞー」

「逃がすかよ」

「こっわ…」

「クロ」

「んだよ」

「お前覚悟しとけよ」

「えぇ…」

何をですか?やっぱ、果たし状的な…?
そうこうしているうちに予鈴が鳴って俺はやっと彼の教室から自分の教室へ戻った。そもそも違う学年の教室に行くのだって結構勇気がいるんだからな。
なのにすんごい睨まれるし、なぜか果たし状みたいなこと言われるし。

…やっぱ今日待ってないで先帰ろうかな。

まぁそんなことしたら後が怖いか。どのみち家近いし。約束したしな。あれって約束に入るのかは知らんが。

帰る頃には彼の機嫌が直っていることを祈りつつ、俺は急いで授業が始まるまでに菓子パンを放り込んだ。
焼きそばパンは美味いが、食った後が要注意だよな。あいつにバカにされる前に、一応ちゃんと歯を磨いとこう。



その頃、白羽の教室では。

「先輩かわいそうー」

「白羽ぁー!そんなんじゃ先輩振り向いてくんねぇぞー」

「ツンの割合がでけぇんだよ、もっとデレろ!」

「顔赤ぇーぞぉ!先輩の前でもその顔しろよなぁ、あの人多分押しに弱いぞー」

「うっせバァカ!勝手に覗いてんな野次馬ども!!」

押しに弱いとか無駄にお人好しとか、んなこととっくに分かってんだよ。

最近近所のセンパイが、おれに会いに教室までやってくる。その理由は分かっていて、今まで放置してた。
だっておれから行かなくても会えるし。でもそろそろ潮時だな。

あのひとを脅していいのはおれだけ。お人好しを利用していいのもおれだけ。
押しの弱さに付け込んでいいのもおれだけだ。

放課後までに用事を片付けて、彼が逃げてしまう前に捕まえる。
あとは…。

「もっと素直に優しくしたらいいと思うよ、白羽くん」

「クッソ的確なアドバイスどうも…」

分かってる。とりあえずは、そこからだよなぁ。

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