mitei オセロなふたり | ナノ


▼ 縮まる距離

夢を見た。
すごく心地の好い夢。

夢だと思う。だってすごく心地好くて…ふわふわしてて…。現実じゃあ考えられないようなことだから。

白くて繊細で、でも俺よりずっとたくましい指が、まるで壊れ物にでも触れるみたいに眠っている俺のこめかみに触れて…長くもなく柔らかくもないだろう髪を梳いてたまにふっと息を漏らして微笑うみたいな声…音?が聞こえて。
その指がすうっと頬に降りて、上の方で「…黒弥」って俺を呼ぶ声が降ってきた。

その声は初めて聞くような柔らかさで、まるで知らない響きだったのに…俺はその音にやけに安心した。
あぁ知ってる。よく知ってるなぁって、半分夢心地でくすりと笑った。髪を撫でる指が、ぴくりと止まった気がした。

まるで白羽の声みたい。俺の知ってる普段の声音とはちょっと、大分かなり結構違うけれど、声そのものは白羽の声みたいだ。…これって、俺の願望を映してるんだろうか。

そうだろうな。じゃなきゃ、こんなに優しく名前を呼ばれるわけがない。それにいつもは嫌々「先輩」呼びかたまに「クロ」なのに、本名だなんて。多分本物の彼なら頼んでも呼んでくれないだろう。別に「クロ」って呼ばれるのも嫌いじゃないけどさ。

心地好い気配が、空気が、匂いが俺の部屋に満ちてる。それがやけに安心して、眠くて、夢の中なのに眠くて、声の主の顔を確認できなかった。でも指が離れていくのが何だかすごく嫌で、思わず反射的に掴むと手の主はびっくりしたらしい。声にならない声と、驚きの振動が伝わってきたから。

掴んだ手はやっぱりよく知る彼の手だなと、根拠もないけど確信した。するするしてて骨張ってて、爪はちゃんと綺麗に手入れされてて。また思わずすり…と頬に寄せると、また上から驚いたような声なのか息なのか分からない音が降ってくる。

夢なのにやけにリアルだなぁ…。本当にこれが現実の白羽だったら、とっくに手は振り払われて、叩き起こされて、ねちねちと文句を言われて…それで…。
いや、そもそも現実の彼がこんな風に触れてくること自体あり得ないんだから。まぁ、いいや。

いまはこの、心地好い手に、ふれていたい…。

そんな夢を見ていたのは何時頃だったのだろう。起きたらベッドのすぐ下に客用の布団が丁寧に畳まれて置いてあって、その上にしろあんがすよすよと気持ち良さそうに寝ていた。

………。
………ふとん。なんで、敷いてあるんだっけ。

数秒ぽやぽやと回らない頭で考えて、ふとよく知る匂いを感じて、思い出した。

あ。
白羽が泊まりに来てたんじゃん!

そういえば昨晩はひと悶着あったりなかったりして結局同じ部屋で寝ることになった。それからのことはよく知らないけれど、あいつはちゃんと眠れたんだろうか…。俺、変な寝言言ったりしてないよな?寝相は多分大丈夫だと思うけど…ベッドだし…。

時計を見ると時刻は何とまだ六時前。平日の朝練がある時でももうちょっと寝てるぞって時間だ。それなのに布団は旅館かよってくらいぴっちり綺麗に畳まれ、しろあんがその上で寝ている…ということは。

やっぱり俺と同じ部屋じゃあ、ちゃんと眠れなかったのかなぁ…。

申し訳ない気持ちと心配な気持ちを携えてリビングの方に降りていくと、コトコトじゅうじゅう、キッチンから何かを作る音が近づいてきた。案の定、見慣れた背中が見慣れないエプロン姿で朝食を作っているところだった。

「…しらは?おはよう」

「あぁ、はよーございます」

全っ然こっち見てくんないなぁ。やっぱ寝てる間に何かしちゃった?俺…。どうしよ、全く心当たりないけど、そういうとこが良くない?何気ない行動とか言動が白羽を怒らせてたり…?分かんない、ここ最近は仲良くなれてきた気がしてたけど、やっぱりまだ恐る恐る、手探りだし。いつもはそんなことないのに、彼のことになるとやけにネガティブになる気がする。

「………あの、」

「なに、飲み物?ほい水。朝飯は和食でいいすか?まぁ変更不可だけど」

「ありがと」

「どいたま」

いつも通り、か…?でもやっぱり、顔を合わせてくれない…。かおが、みたい。
かおをみて、おはようって言いたい、のに。

「…クロ?まだ何か、」

「しらはぁ」

「えっ…」

俺は考える間もなくキッチンに入って、忙しくしている彼の寝間着の裾を引っ張った。ちゃんと料理の邪魔にならないよう、でも気づいてもらえるように、そっと。

「あの、センパイ、どしたん…」

「かお、みたい」

「んぇ」

「かおみて、おはようって、いいたい…のに、俺の方、見て、くんない」

「は、ちょっ、酔ってる…?違うか、寝惚けてんのか…」

白羽がごにょごにょ何か言ってる。溜め息みたいなのも聞こえる。でも困ったような顔をさせるだけで、俺の顔を見てはくれない。ぼうっとしたまま裾を掴んでいると朝食のいい匂いが鼻腔をくすぐって、お腹がぐうと鳴いて、俺の意識は覚醒してきた。
覚醒、してきちゃった。改めて考えなくてもめちゃくちゃかなりものすごく恥ずかしくて情けないことをしてしまったと気づいて、パッと手を離す。と、離した瞬間にその手を掴まれた。
夢で見たような、白くて繊細で、俺より骨張った白羽の手だ。今度は正真正銘本物の、彼の手だ。

怒られる?呆れられる?
今度こそマジで、嫌われる…?

何で俺こんなにネガティブなんだろう。こんな臆病になってるんだろう。
白羽の唇が動く。何を言われるのかがこわい。目が、伏せられていた目が望んでいた通りに俺を映していくのに。

「白羽、ごめ、」

「おはよう、クロ」

「…はぇ」

「ほら、後輩がおはようっつってんだから何とか言えよセンパイ」

「おはよう…」

「うん。ちゃんと寝れた?」

「…うん」

真っ直ぐ覗き込まれた瞳には嫌悪の色も呆れも怒りもなかった。けれどクマが、薄っすらと見える。ちゃんと寝れたかという問いを彼にも返そうとしたが、答えはそこに書かれていたので訊くのをやめた。
眠れなかったんだなぁ。なのに、早起きして朝ご飯の準備までしてくれて。いや、眠れなかったから、かなぁ。

「クロ」

「うん」

「顔合わせなかったのは…ゴメン。ちょっとその…いろいろと…」

「うん?」

歯切れ悪いな。でもまた顔を逸らした白羽の耳が赤く染まっていくのが見えたので、嫌な理由じゃないんだろうなと勝手に安心した。はっきりした理由は分からなくても、ただそれだけでさっきまでのもやもやがどこかへ行ってしまったみたいだ。と、勝手に安堵していると。

「ねぇ」

するりと掴まれていた手の、指の間に白羽の指が滑り込んできた。さらにもう片方の手が俺の寝起きの頬にするりと伸びてきて、ぐっと身体ごと距離が近くなる。「ひぇっ」と、情けない声にもならない声が漏れた。

「クロさぁ、寝起きっていつもそんななの?家族にも?」

「そんなって?」

「寝惚けてるっつうか、甘えん坊っていうか、ぽやぽやしてるっていうか…」

「そんなこと…ある?」

「ある」

「うそ」

「じゃさっきのは何?他の奴にしたことないよな?」

「えぇっと…」

さっきのって、裾掴んだこととか…?あるわけないよ、ないよな?
リビングのソファーにいつの間にか来ていたしろあんに視線を寄越すも、ぷいとそっぽを向かれてしまった。そうして逸らした顔を今度こそ本物の白羽の手がくいと戻す。彼の視線が見えるところに。

「顔が見たいって言ったのそっちじゃん。よそ見すんなよ」

「少女漫画みたいな台詞ぅ…」

「おれだけ見てろよ」

「絶対楽しんでるよな?いつもそんなこと言わないじゃん!」

「はは、元気になってきた」

確実に遊ばれてるが、白羽の言う通りでちょっとムカつく。そう、元気になってきたとも。彼の一言、一挙手一投足で俺の気持ちがこんなに左右されるなんて知らなかった。誰にでもそんななわけないじゃん。こんなの初めてで、自分でもまだよく分かってないんだよ。言えるわけないだろ。

朝起きて、白羽の姿が見えなかったのが寂しかったとか。
キッチンで忙しそうにして、顔を合わせてくれないのが寂しかったとか。
あの夢が…現実だったら良かったのにとか、思っちゃったこととか。

「…も、離せよ」

「どうしよっかなぁ」

「あ、焦げた臭いする」

「あ、やっべ」

「玉子焼きだ」

「これで焦げてたらクロのせい」

「それは…まぁそうかも。でも絶対美味しいよ」

「ふっ、当たり前。さっさと顔洗ってこいよ」

「はぁい」

これじゃあどっちの家か分かんないなぁ。しろあんは、キッチンから漂ういい匂いとともに朝食をいただくつもりらしい。顔を洗ったら用意するからちょっと待っててくれ。

あと。
白羽に触れられてからやけに熱くなってる顔とかどきどきいってる心臓とかを落ち着けるのにも、もうちょっと時間が欲しい、かも。

寝起きでも白羽はいつもと変わらず格好良いなぁなんて思ったけれど、それを口にするだけでまた顔が熱くなりそうなのでやめておいた。しろあん、俺どうしちゃったんだろう。

prev / next

[ back ]




top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -