あらすじ。
お泊まりは続いています。ちょっとわくわくすんね。数分前まではそうだったんだけどね。
「だめです」
「だめじゃないです」
「いーや、だめだめ。一応お客さんにそんなとこで寝させらんない」
「はぁ。言ってなかったけど、先輩。おれソファー大好きなんですわ。ここで寝る」
「足がはみ出るだろうがお前は!」
ご飯、お風呂とここまで大体概ねまぁまぁ多分きっと順調に過ごしてきた俺たちだが、ここで寝る場所問題が発生していた。
リビングのソファー近くでわいわいケンカとも言えないやり取りをしている俺たちの足元では、ふあぁと欠伸をして「いつ終わるんですか?」とでも言いたげなしろあんがうろちょろしている。
「だから先輩は普通にいつも通り自分の部屋で寝て、おれがここで寝ればいいじゃん」
「お前の身長じゃこのソファーで寝るには無理があるって言ってんの!俺ならまだしも」
「なんで?自分ちのソファーの可能性を信じろよ先輩」
「無茶かどうか見極めるのも俺ら運動部にとって大事なことだろ。てか普通にお客さん用の布団あるって言ってるのになんでそんな嫌がんの」
「嫌がってねーし。ソファーから離れ難いだけだし」
しれっと嘘を吐くこのクソ生意気な後輩は一歩も譲ろうとしない。さっきまでほんわかアイス食ってたのに、寝る場所の話になった途端これだ。
俺の家はそんなに狭くはないが、かと言ってそこまで広いということもない。
リビングに置かれたソファーだって普通に座ってごろごろする分には何の問題もないが、夜そこで眠る用ではないしそこそこ固い。
というより何より、白羽の身長なら寝転がれば余裕で足がはみ出る。膝から下くらいは多分はみ出る。俺でもちょっと身体を折り畳まないとなのに。
一応うちにはお客さん用の布団が一組あるのだが、どうしてかこのイヤイヤ期到来の白羽クンはそれが嫌らしい。分からん。
「いつも家でソファーで寝てんの?」
「あぁ、そうそう。おれソファーじゃなきゃよく寝らんなくて」
「嘘こけ」
めちゃめちゃベッド派だろうが。知ってるんだぞ、おじさんおばさんの情報網舐めるなよ。
でも何でそこまで頑なに布団嫌がるんだろう。絶対ソファーよりかはゆっくり眠れると思うんだけどな。
「あ、分かった」
「なに。もう寝ましょうよ先輩」
「お前、俺と同じ部屋が嫌なんだ」
「………違うし」
「なるほど、どうりで…」
「だから違いますって」
変に敬語になる辺りがますます怪しい。いつももっと生意気なくせに。
うちにはお客さん用の布団があり、それを敷ける部屋も一応ある。いつもは。しかし泊まりのお客さんなんてほぼ来ないとなるとどうなるか。
そこは今や物置部屋のようになっているのだ。布団なんて敷く場所も無い。初めはもっと小奇麗にされていたその部屋は、今では主にしろあん様のご飯やおもちゃや、買ったものの結局使われなかったキャットタワー的なものが置かれている。
そしてリビングにも布団を敷くほどの床面積はない。ソファーを退ければあるが、それならソファーで寝た方がいい。でも白羽は無理だ。でかいから。
よってどこに布団を敷くかというと、俺の部屋になる。もっと詳細に言うと、俺のベッドのすぐ隣である。そこならまぁ敷けんこともない。
あとは無理矢理敷くなら廊下っていう手もあるけど…底冷えしそうだしそんなとこで寝かせる訳にはいかない。
でも彼がこうも嫌がるってことはまぁ、そういうことなんだろうな。仲良くなれたと思っても次の壁がある…。
さすがにまだ一緒の部屋で寝るまでは心を許されてないってことか。結構へこむ。
「あ、じゃあ俺がソファーで寝る!」
「いやいや、だめでしょ」
「そんで白羽は俺のベッドを…ってこれじゃだめだ、やっぱなし。俺の部屋どころかベッドなんてもっと嫌だよな…ごめん」
「んふっ!」
「今なんでむせたん?」
「な、んでも…ない…。ていうか別に、クロの部屋が嫌とかじゃないから!変な勘違いするなよ」
「いやどう考えてもそうだろ。他に何があるってんだ」
「だからソファー大好きなんだって」
「………」
「………」
「わかった、ごめん。まぁ、無理強いはよくないし、白羽が好きなところで寝ろよ。一応、布団持ってくるけど」
そう言って多分思いきり感情が溢れてしまっているだろう顔を背けた。結構、仲良くなれたと思ってたけどやっぱ俺だめだ。こんなことでへこむなんて。
人には人のパーソナルスペースってのがあるし、好き嫌いとか関係なく回し飲みは平気な人も無理な人もいるし。
好き嫌いに関係なく、他人と同じ部屋で寝るのが無理っていうタイプなだけかもしんないじゃん。
そう分かっているのにちょっとでも落ち込んじゃう自分が嫌だ。心が狭い。とっても狭い。どうしよ。
誰に対してもこうだっけ。それとも彼にだけだっけ。好かれてるかとか嫌われてるかとか、普段からこんなに考え込むっけ。
…白羽だから、気になんのかな。
「まって」
「えぁ、びっくりした」
リビングから出ていこうとしたところでパシッと手首を掴まれ、引き戻された。俺と一緒にびっくりしたのか、足元で見守っていたしろあんが「にゃお」と鳴いた。
「え、どしたん白羽さん」
「………やっぱ布団持って来なくていい」
「え、あ…。あぁ!もしかして帰る?」
それならそれでいい。だって冷静になって考えれば家が近いんだもんな。なのにわざわざ、寝る場所に困ってまで同じ家で夜を過ごす必要はない。
どうしてその考えが浮かばなかったんだろう。その方がきっといい。俺のこの狭すぎる心に気づかれることもきっとないし、分かりにくいけど実は結構優しい彼が困ることも多分ない。
そう思ったのだが。
「帰らない」
「………かえらない?」
「布団、二階だろ?そのままクロの………へ、部屋で………ね、ごふっ!」
「そんな咳き込んでまで無理すんなよ…そこまで気にしてないよ…」
「たまたまだわ、自惚れんな」
いや、普通に気遣うわ。と言葉にする前に、俺の顔を覗き込むように屈み込んだ白羽の瞳が映った。潤んでないか?俺の部屋アレルギーか?
でもまるで機嫌でも窺うみたいな、許しを請うみたいな、怒られた子どもかワンコが「いいよ」って言ってもらえるまで待ってるみたいな健気さが見えた気がした。俺、多分思ってるより結構疲れてるのかもしれん。
「………白羽クン、やっぱ自分ち帰れば?」
「なんでそんな意地悪言うわけ」
「いや、近いんだし、そこまでせんでも…」
「なに、クロん家は客をソファーに寝かせるか帰らせるのが普通なの」
「さっきまでソファー大好きっつってたよな?」
「は?布団のが好きだわ何ならベッド派だわ」
「ここまで綺麗な掌返し初めて見た」
「いいからさっさとして。おれ眠い」
「…分かった、けど。本当に無理しなくていいからな」
「うっせぇしてない。ていうかおれが敷く」
「あわぁ…。あれが思春期なのかなぁ、しろあん」
「にゃ」
その晩は結局俺の部屋で、二人と一匹眠ることになった。ベッド派って言ってたからじゃあ俺のベッドで寝る?って聞いたら白羽は見たこともない顔をして数秒たっぷり間を取った後、渾身の「は?」を絞り出した。
でも威圧感はなくて、何だか気が抜けて笑えてしまった。俺のそんな様子を見て白羽は何とも大きな溜め息を吐いたが、一瞬、ほんの一瞬だけ微笑んだように見えた。
やっぱりお泊まり会はいくつになっても楽しいけど、俺は結構疲れてたのかもしんない。
だって白羽があんな顔で…あんな優しい顔で俺に微笑うはずないもん。
…ないよな?
俺今日、ちゃんと眠れんのかな。腕を伸ばせば、目一杯伸ばせば届く距離で彼が寝ているなんて未だに信じられない。ちょっと前までは、絶対考えられなかったな。
まだちょっとふわふわしてる。多分俺としろあん以外の体温があるから。
「なぁ白羽、」
「…なに」
「ありがとう。お前はどうか分かんないけど、俺お前と居る時が一番楽しいかも」
「………んふっ」
「やっぱ俺の部屋アレルギーなん?今からでも帰る?」
「違う帰らん早く寝ろおやすみ」
「めっちゃ早口じゃん」
「おやすみ」
「うん。おやすみ、白羽」
ちょっとリズムの違う呼吸を聴いているうちにだんだんと温かくなる。しろあんは俺と白羽の間にいるのかな。ベッドじゃなくて、布団で彼と寝てるのかな。
羨ましい、とか思ったのは多分気のせいだと思う。
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