mitei Misunderstanding | ナノ


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「別れよう、はじめくん」

「…え?」

「僕たち、もうそろそろ限界だと思うんだ」

「うん。いや、え?あの、……え?」

「いきなりで混乱するのも分かるよ。僕もすごく悩んだんだ」

「うん。めちゃくちゃ混乱してる。誰かこの状況を説明してくれ」

「そうだよね、理解出来ないよね、ゴメン…」

「うん。全く理解出来ないね。あのさ、聞きたいんだけど、」

「もちろん!君のことはまだすごく好きだし君の気持ちも分かってるよ、でも…!」

「絶対分かってないだろこれ。てかなんで、ええ?」

「分かってくれ!君のためなんだ!」

「俺のためならちゃんと説明しろよ!」

俺とお前は一体いつから付き合ってたんだよ?!

俺に謝りながら目の前で項垂れているのは大学内のミスターコンテストで最優秀にも選ばれたことのあるらしい片桐くん。
らしいってのはただ噂で聞いただけだから。確かにどこかの国の王子様だと言われてもなるほど納得できる外見の彼だが、それ以外のことはあまり知らない。
俺が知っている彼の情報は名前と顔だけ。話したのはほんの数回、しかも消しゴム落としたよみたいな会話ぐらいだ。

「僕の君への愛は本物だったんだ!それだけは信じて欲しい…だけどもう辛過ぎて」

「待って待って。片桐くんって俺のこと好きだったの?!いつから?」

「やっぱり信じてくれないのか…。だから何度もああやって僕の愛を試したんだね」

「試す…?はあ?」

「君が照れ屋なのは分かったけど、夜中早朝関係無く結構頻繁にかかる無言電話とか…」

「無言電話…?」

俺、まず片桐くんの番号知らないんだけど?

「僕の隠し撮り写真をたくさん送ってきたりとか…」

「隠し、撮り?」

「挙げ句の果てには、その、他の男と寝てる写真まで…!」

「寝て、え、ええ?!何言っちゃってんの片桐くん?!それ絶対別人だろ」

「今更取り繕わなくたっていいよ!分かってる…僕が君を見間違えるはずないもの」

いや絶対間違えてる。何一つとして合ってないし全く心当たりのないことばかりだ。
というかこれは俺の憶測だが、全部片桐くんのストーカー的な人の仕業じゃないのか?この人こんなんでも人気あるみたいだし、コンテストで優勝したのならそれなりに知名度もあるだろう。熱狂的なファンがいてもおかしくない。何で俺が巻き込まれてるのか全く理解出来ないが。

「あのな、落ち着こう片桐くん」

「君のこと、本当に好きだったんだ。だけどこんな僕じゃ受け止めきれなくて…」

え、え、待って!泣…っ?こんなとこで?!

さらりと金髪を垂らし、大きな瞳からぽろぽろと綺麗な滴を溢して俯く姿はまるで宗教画みたいだ。だが周りの目線が痛い。めちゃくちゃ痛い。
あいつ片桐くん泣かしやがったみたいな視線止めてください、本当濡れ衣なんで。寧ろこっちが泣きたい。

自分で気づいていないだけで、もしかして俺は記憶喪失にでもなっていたのかと疑いたくなる。駄目だ。これ以上話していても何も解決する気がしない。というかこのままじゃあいつ怒ってこっち来ちゃうよ。早く静めないと。

「泣かないでよ片桐くん」

「いいんだ、君が気にすることじゃないから」

「いや確かに俺は何にも悪くないけど何かめちゃくちゃ悪いことした気分だし」

「…!まだそんなに優しくしてくれるんだね?!」

伏せていた瞳が光を少し取り戻し、爛々と輝き出した。
ああ、もう駄目だこれ。逃げよう。逃げたい。逃げるしかない。

「てかさ、友達待たせてるからもう戻ってもいいかな?」

「いいよ無理しないでここに居ても。本当は泣き顔を見られたくないんだろうけど、僕だって辛いんだ」

「話聞けよ。友達待たせてるんだってば」

さっきから駄目だしか言ってないけどマジで駄目だこれ。日本語喋ってるつもりなのに全然通じない。誰か通訳を、お客様の中に通訳の方はいらっしゃいませんか…?!

「なぁーもう終わったぁ?」

「うぉっ?!いつの間に背後に…?」

後ろからいきなりガシッと肩を組まれ、思いっ切り体重をかけられて危うく前のめりにこけそうになった。
通訳…ではないが、後ろから待ちかねて声をかけてきたこいつは高校からの友人の結城だ。良かった。普段ふわふわしてて何考えてんのかいまいちよく分かんない友人だけど、居ないよりは幾分マシだ。

でも何か顔が近い。いつものことだけど今日は殊更。無駄に良い匂いを振り撒くのはやめてくれ。

「君は、結城くん…!はじめくんの、」

「何片桐くん、結城知ってんの?」

「もちろんだよ。だって君はあの写真に映っていた、はじめくんの、こ、」

「俺の…こ?」

「恋人…だもんね…」

「恋人」

「恋人」

俺と結城は声を揃えた。恋人。俺と結城が。
俺は片桐と付き合っていて、別れ話を切り出されて、それで結城と付き合っている、と。なるほどなるほど。帰りたい。

もはや思考を放棄してこの場からダッシュで逃げ出したい。もうやだひとつも意味が分からない。

「なあどうしよう結城。俺どうするのが正解だと思う?この際お前でもいいから助けて」

「どうするも何も俺と付き合ってんだからそれでいいじゃん。解決じゃん」

「ゴメン意味分かんないわ。お前まであっち側につかないでくれ頼むから」

「そうだよ正直に言ってくれはじめくん!僕はもう…覚悟は出来てるんだ!」

「もう!片桐くんは出てくんなややこしい!」

「照れんなってばはじめ。俺たちあんなに愛し合った仲だろ?」

「うあぁぁあもうやめろ!バカ!」

片桐くんの謎の設定に悪ノリしたのか友人の結城は肩に回していた腕を徐々に下ろし、何とも卑猥な手つきで俺の尻を撫で始めた。わざわざ少し屈み、耳元で無駄に低い声で囁いてくる。冗談にしてもやり過ぎだ。力が抜けそうになる。

「はじめくん!本当に、本当にその男がいいんだね?!」

「どっちも願い下げだわ」

くそ、もう繕うのも面倒くさい!片桐くんはあまり親しくなかったから今まで遠慮していたが、もうあっちがこれほど意味不明なんだ。今更俺が気を遣う必要も無いだろう。

「この大学のミスターと最終候補者捕まえて何贅沢なこと言ってんだお前」

「結城は黙ってろよ!最終審査サボった癖に偉そうなこと言ってんじゃねぇぞお前。ってかいい加減その手やめろ」

そう、非常に腹が立つが俺の友人の結城もミスターコンテストの最終審査まで残ったのだ。しかし最終審査当日、結城は真っ昼間から突然俺の家に押し掛けてきた。その日俺は授業がなくて、天気も気分も良く家でゆっくり昼寝していたのだが突然ガチャリと解錠する音がしてこいつが押し入って来た。急に面倒になったとか、もともと自薦じゃなかったしとか言って断りもなくシングルベッドに割り込んで何故か俺と一緒に昼寝したことを覚えている。
ちなみに、合鍵なんかは作った覚えも渡した覚えもないのだが。

てか本当いい加減撫でるのやめろよしつこいな。

「まあ片桐くんそういうわけだからさ、はじめのことは諦めようか?」

「君は…はじめくんは本当に幸せなんだね?」

「だからぁ!って?!」

俺が反論しようと口を開くと、思いっ切り尻を摘ままれた。若干涙目になって振り向くと、ぎろりと怖い目付きで俺を睨み付ける友人の顔。美形のキレ顔って思ったより怖すぎて一瞬ビクッと肩が跳ねてしまったが、何となく彼の意図は理解した。ここは話を合わせろ、ということか。

「正直に言って。はじめくん」

「分かった。悪かったよ。俺、俺は結城と付き、付き合っ…、」

「めっちゃくちゃラブラブで付け入る隙とかないから。俺もはじめもものすんごく幸せだから、ゴメンな?片桐くん」

さっきまで尻を撫で回していた手を今度は俺の腰に回してぐいっと自身の方に引き寄せ、必要以上に顔を近づけて結城が囁いた。目線はしっかり片桐くんに向けて。

「だからもう俺たちの邪魔しないでね」

「あー、えっと、そういうこと…だから」

ああ、もうこの場から解放されるなら何でも良いや。半ば投げやりになった俺がふいっと片桐くんの方を見上げると、あれ?
想像していた表情と違う…。もっと泣きそうな、傷ついたような顔にさせてしまったかと思ったのに、さっきまで涙を溢していた大きな瞳はきっと見開かれ鋭い光を放ち、ただ一点を見つめていた。俺じゃなくて、結城。これまで見たこともないような険しい表情で片桐くんは結城を睨み付けていた。

ぞくっとした。
想像したくもないが、もし今彼が刃物を持っていたら迷い無く斬りかかってきそうな眼差しだ。

結城は、どんな顔でこの眼差しを受け止めているんだろう。というか考えてみれば、結城は俺の意味の分からない修羅場に巻き込まれただけなのだからそこまで睨まれる筋合いも無いだろうに。あれ、でも「あの写真に映ってた」ってどういうことだ?片桐くんは、俺と結城が一緒に映っている写真を見て勘違いしたってことかな。

とにかく傍迷惑な勘違いに巻き込まれている友人の表情が気になってふと隣を見ようと首を向けると、さっと目隠しされて視界が真っ暗になってしまった。

と思ったら、すぐにパッと手が離され目の前にはいつもの飄々とした顔。何だったんだ今の。

はあーっと長い長い溜め息を吐いて、片桐くんが俺に視線を戻した。

「はじめくんの気持ちは分かった。大人しく引き下がるよ」

「お、おう。悪いな片桐くん」

良かった。漸く解放される。

「はじめくん、………大変かも知れないけれど、応援してるよ」

「おう?ありがとう…?」

何を?

そう言い残すと片桐くんは覚束無い足取りで去っていった。応援するって何を。俺と結城の仲をってことかな。
やっぱり終始意味が分からなかったな。

「お前っ…!本当にそれでいいのかよ?!今あいつ追いかけねぇで後悔しないのかよ?!」

「悪ノリやめろクソ野郎。ってかさ、俺と片桐くんっていつから付き合ってたの?」

「え、付き合ってなかったの?」

「え、付き合ってると思われてたの?」

「全然?初耳だわ」

「そりゃそうだろ、付き合ってねぇもん。ってかさ、俺とお前もいつから付き合ってたんだよ?」

「記憶喪失かよ。あんなに激しく愛し合ったのに忘れるなんて…っ!」

「やめてやめてやめて、自分の見た目の良さもっと自覚して。お前の後ろの女の子達にさっきからすげー睨まれてんだからな俺」

「えー。でも付き合ってるでしょ?ほとんど」

「え、付き合ってたの?いやいやマジの驚き顔やめろ。何か俺がおかしいみたいだろうが」

「実際おかしい奴に好かれてんだからお前もおかしいってことなんじゃねぇの」

「うっ、うるさいな…大体何で片桐くんに好かれてたのかも、というか本当に好かれてたのかも分かんないのに」

「…真剣に告白されてたら付き合ってた?片桐と」

「えぇ?分かんないけど、今はないかな。ちょっと妄想癖激しそうだし…。もっと前に言われてたら、そうだな…分かんないな」

こんな形じゃなければきっと普通にいい友達でいられたかもしれないしなぁ。それでもしそのまま告白されていて、俺も片桐くんの人間性に惚れていたら、もしかしたらオーケーしていたかもしれない。
まあさっきの会話から彼のぶっ飛び具合を垣間見てしまったのでその可能性はもうゼロに等しくなってしまったのだが。

「………あっそ」

「何で見るからに不機嫌なの」

「別にぃ?アホすぎて呆れてるだけ」

「っいて?!何すんだよ?」

「全てはお前がアホなのが悪い」

痛いから無意味に頬っぺたつねるのはやめて欲しい。痕が残りそうだよ。

「誰がアホだ誰が。大体四六時中お前と居るんだから他のやつと付き合うとか考えられないし」

「………ふーん」

「あれ、機嫌直ったの…?変なの」

端から見ればほとんど無表情だが、ほんの僅かだけ口角を上げた友人はどこか嬉しそうだ。さっきまで不機嫌だったのに、忙しいやつ…。

「べっつにぃ?さっさと帰ろうぜ。今日お前ん家な」

「荒らすなよな…」

半裸でベッドに潜り込んで来るのはいい加減勘弁して欲しい。

end.

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