other side
寝ている間に、下手くそな歌が聴こえた気がした。
時折布団を掛け直される気配がした。
髪を、遠慮がちに触られる感触がした。
汗をかくと、冷たいタオルでそっと拭かれる。
寝惚け眼で見たおれを映す視線は気のせいか心配そう。
テレビの音がしない。本当にテレビ無いのかな。いや、リモコンはあったはず。
ローテーブルの上にはペットボトルや、タオルや、額に貼るシートやら体温計が見えた。それからベッドの側には、ずっと彼が座っている気配があって。
追い出さないんだ。無理やり起こさないんだ。
怒られるかと思ってたのになぁ。でも。
そこにいてくれてよかった。
ひとりじゃなくてよかった。
雨もおれを嫌いなんだと思っていたけど、ここにおれを、きっと嫌っていないひとがいる。
いや、ただ優しすぎるだけなのかも。
素直で優しすぎるから、例え嫌な奴でも心配してしまっただけなのかも。そんでもやっぱり、そこにいてくれるんだ。バカじゃねーの。
薄っすら覚えているそんな小さな部屋の光景に、どうしてか泣きそうになった気がする。
泣いたかもしれない。たぶん泣いてない。だって人前で泣くとか、そんなわけない。
桃がおいしかった。手が冷たくて、なのに温かかった。乾いた喉に冷たい水が染み渡るみたいに、その声がやけに胸に染み込んで、風が吹き抜けた…気がした。
波がさざめく。
あぁ、その声で。この距離で。
名前を呼ばれたら…どんな感じなんだろうとか。柄にもないこと思っちゃったな。
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