「一目惚れしました、付き合ってください」
「いや、俺恋人いるんで」
「そこを何とか」
「見て、指、ほら。指輪してんの」
ぐいと手を上げてきらきら光る銀色を見せつけるも、ガラス玉の中の海はそれ以上のきらきらを見せつけてくるばかりで。
挙句の果てには、向こうも手を出して自慢するように笑った。
「奇遇ですね、おれも指輪してるんですよ。しかもお揃いだ」
「最低じゃないか、浮気ですよ浮気」
「あっはは!いつまでやんのこの茶番」
「始めたのそっちだろが!」
凪海はやっぱり笑うと幼い。実は俺と同い年だと知ったのは本当につい最近のことで、知った時はちょっとだけ驚いたけれど別にどうでもよかった。
指先も相変わらず青い。「青が好きなの」と訊いたら、「まぁね」と本当か疑わしい返事が返ってきたのも記憶に新しい。
その時は適当に選んだ色がたまたま青だった。それがもし黄色とかピンクとか、赤とか緑だったらその色を好きになってたんだろうか。
あの時声を掛けたのが、例えば俺じゃない誰かだったとしたら。
我ながらめんどくせぇなと思いながらそんなことを零すと、彼は何でもないみたいな顔で言ったんだ。
「でも選んだのはきみだったからなぁ」だって。それに、俺も人のことは言えないだろって反論された。
もしあの時、声を掛けてきたのが凪海じゃない別の人だったら。或いは誰にも声を掛けられないまま、あの駅前で出逢う事すらなかったとしたら。
それでも俺たちがこうして同じ色を選んでいたかどうかは結局、誰にも分かりはしないのだ。
「めんどくさいの選んじゃったなぁ」
「マジで思ってんの」
「半分マジ。アレ、髪切っちゃったの?」
「今気づいたん?もっとおれに興味持ってよみーくん」
彼の後ろに回ってみても、いつも背中で揺れていた一房の髪がない。本当の本当にショートカットになったらしい。
それもそれで、別に似合うけれど。
「あれ、触るの好きだったのになぁ…」
「知ってる」
「知っててそんなことを…」
「別に短くても触れるだろ?それに」
「それに、なに」
「髪以外にももっと積極的に、おれに触って欲しいと思って」
「なにそれバカじゃん」
「いいよバカで。な、瑞風。おれにもまた触らせてね」
大切なひとの髪にそっと触れる。頬を撫でる。指先から、深呼吸するみたいに。
別に名前がついていなくてもいいけれど、そういう一見些細な行動に名前があることもおもしろくて、愛おしいと思う。
俺はそう思う。あなたはどうかな。まぁその辺りも、人それぞれだろうけど。
少なくとも俺は、結構好きだなと思うよ。
「本当、いい髪質ですよねぇ。好きだな」
「ふうん。髪だけ?」
「さぁね」
「おれもお前の髪好きだよ」
「髪だけ?」
「さぁ?言わない」
「けち」
「お前もね」
「お互い様だろ」
耳に掛けていた髪がふと一房落ちてきて、かと思えばその瞬間を待ってたのかと思うくらい素早く伸びてきた白い手に掬われる。
伸びてきたから、俺も髪切ろうかな。でもこの顔を見てると、また今度でもいいかなと思わなくもない。なのにコイツときたら、あの綺麗な髪をバッサリと…。
「今度はみーくんが伸ばす?大賛成だよ」
「絶対似合わないからやだ」
「だな」
「ちょっとは否定しろよ」
「うそうそ、かわいいよ。みーくん」
「かっこいいと言われたい」
「わがままでばかわいい」
「一文字多いな?」
これもつい最近知ったことだが、彼は触れられるよりも触れるほうが好きらしい。すごくどうでもいい情報ですね。
あーあ、あの長い髪好きだったのになぁ。でも…。
鎖骨が見えるんじゃないかってくらい胸元の開いたシャツ。そんなラフな格好をした凪海の、すっきりとした襟足に汗が伝う。その光景にもう何人も見惚れているというのに、彼は気づいているのだろうか。
というか俺がそんな服着たら怒るくせに。ちゃんと第一ボタンまで締めなさいとか、風紀委員みたいなこと言ってくるくせに。
長くても短くても、様になるんだからやんなっちゃうよね、全くひとの気も知らないで。
ほら、また。波がさざめく。こいつのせいで。俺のせいで。
青がちらりと視線を寄越してきて、その中にはっきりと俺を映した。
凪いだり荒れたり、風が吹いたり吹かなかったり。心地好いものばかりではないけれど、それだけで許せるような気になってしまう俺はもう随分とそのコバルトブルーに染まってしまったらしい。ムカつくなぁ。
「デコピンしていいか」
「そのあと好きにしていいなら」
「やっぱなし」
「意気地なし」
「ばか」
「ヘタレ」
「………お前きらい」
「そう?おれは好き」
「むむ…」
「おれは好き」
「二回言うなよ」
「瑞風。おれは、好き」
「分かった分かった、ゴメンてもう。きらいじゃないよ」
「足りないな。あとでちゃんと聞こっと」
「いじわるだぁ」
「だから、お前もね」
「お互い様かぁ」
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