mitei カフネ | ナノ


▼ 10

「これが高級なお味…」

「感想が庶民」

「うるさい寝てろ」

もぐもぐと頬を膨らませながら果汁の甘さに浸っていたというのに、すぐに茶化してくる変な奴。今は俺のベッドの上で胡座をかいて我が物顔で桃を頬張っている。いや、桃を持ってきたのはこの顔だけはいい彼なのだけれども。

熱、まだあるんかな。ちょっとは下がったりしてないのかな。そんなにすぐは下がらないか。
辛くはないだろうか。前より顔色は悪くないけど、やっぱり無理してたりして…。
軽口を言える辺り回復はしてきてるんだろうな。というか何でうちに来たのか。あの時店の前に居たことだって…疑問が多過ぎる。

「ううむ…うま」

「みーくんホント何でも顔に出んね。おもろ」

「どうも」

とりあえず桃が美味いってことが伝わったのならそれでいいや、と適当に流してるとふっと息を漏らす音が聞こえた。
見ると、笑ってやがる。どこにそんな笑う要素があった?ムカつくなぁ。

「あ、今はムカつくって思ってる?」

「大正解だが?」

「ははっ、嘘とか苦手なんだろうな」

「さぁ、どうかな」

嘘ね。別に必要ならいくらでも吐けるんじゃないかな。知らんけど。あんまり意識してきたことないから、そんなこと知らん。
そんなことより。

「みーくん家は落ち着くねぇ」

「見てれば分かる…」

我が家か。ここはお前の家か。
俺のベッドの上でごろごろしながらまだ桃を頬張っていた俺を見て、そいつはまたにやりと笑った。頬杖ついてにやにやと…楽しそうだな。不思議の国に出てくるあの猫みたいだな、と思った。やはりえらさがちがうらしい。どういうことだって、何度観ても思うんだけどアレ。
とりあえず、似てるなぁと思った。顔とかじゃなくて雰囲気が、かな。掴みどころがない感じとか、神出鬼没なところとか。

「あの店の前も落ち着くの?」

「あぁ、あの時かぁ。そんなワケないじゃんね。でもきみがいたから、そうでもないのかなぁ」

「どっちよ」

「あの日はたまたま、通りがかって…」

「俺、嘘吐くのは下手でも相手の嘘は割と分かるよ」

「…敵わないなぁ」

「スルーした方がいいんかなって思ったけど、そうでもなさそうだったから」

「きみのこと嫌いになってもいい?」

「どうぞお好きに」

「冗談だよ、見抜いてよ」

「めんどい恋人ムーブやめろ」

結局会話はどこへゆくのか。
寝転がったことで同じ高さになった瞳をじろりと睨みつけると、今度は笑わなかった。
ただガラスみたいな青が広がるだけだった。

きらきらしたり、かと思えば黙ったり。嘘が下手っぴなのはお互い様らしいな。どうでもいいけど。

「朝起きたら、ダルかったんだ。そんでなんとなぁくあそこに行かなきゃって思って…もうすぐ着くって時に、雨が降ってきて」

「ダルかったんならコーヒー店じゃなくて病院に行けよ」

「…だって」

今度は拗ねたように口を尖らせる彼は、本当に何歳なのか。俺よりもずっと大人びて見えたり、かと思えばこんな風に子供みたいになったり。そんな顔したって俺は絆されませんよ、という意思を込めてデコピンした。軽く、かるーく、ていっ!くらい。
なのに彼はオーバーリアクションで痛そうな振りをするから、もうちょっと本気でやってやれば良かったと思った。そんだけ元気そうなら大丈夫だな。

「みーくんヒドイ」

「痛くしてないだろ。そんでまた何となくあそこに行って、今日も何となく俺ん家来たわけ?」

「そう。別に、気分。大体気分」

「猫か」

「うん、もうそんな感じ」

投げやがった…。自分のことのくせに、深く考えないで行動してるのか。本当に何も分からない。ただ分かるのは、表情がころころ変わることと、それが隠せないらしいこと。
俺の家を居心地好く思ってくれているらしいこと。あと、あんな高級な果物を買えてしまうくらい経済力があるらしいってことか。
やっぱモデルかなんかなのかな。家に小さなテレビはあるがニュースくらいしか観ないし、そういう芸能界とかにはほとんど詳しくないのだけれど。

桃、切った分なくなっちゃった。まだ何個かある。もうちょっと持ってこようかと立ち上がろうとすると、ついと服が何かに引っ掛かった。袖が、半袖の先が指先に掴まれている。ううん、デジャブ。

「なに」

「どこいくの」

「キッチン」

「だめ」

「許可制なの?」

「うん。だめ」

「えぇ…」

「…いかないで。みかぜ」

「………」

それだけ言うと彼は黙りこくって、顔を枕に押し込んでしまった。息苦しくないんだろうか。というかまた、泣いてるのかな。見た目によらず泣き虫なんだ。

白いシーツに流れる銀糸が天の川みたいだ。
天の川、実際に見たことはそんなにないけど。でもきっと、こんな感じなんだろうな。

彼の許可なくその糸に触れた。やはりさらさらしてる。一束掬い上げると、簡単に重力に従って手の平から零れていってしまった。
彼が起きないし何も言わないので、暫くそうして髪で遊んでいると、やがてそろりと顔を上げた青と目が合った。あ、睫毛も銀色なのか。
宝石みたいな色合いだな、と詩人のような感想が浮かんでしまった。でも本当に絵画みたい。タイトルは「クソ生意気な猫の寝起き」とかで。
それじゃあ美しさ台無しだな…。我ながらそう思うが、とても当てはまっているとも思うのでしょうがない。

やがて俺の顔をぼうっと見ていた彼が、面倒そうに口を開いた。隙間から覗く赤に、少しどきりとしたのは秘密だ。

「ねぇ、楽しい?それ」

「どれ?」

勝手に絵画のタイトルつけたことかなと思ったけど違った。髪をするする撫でる俺の指を視線でさして、彼はもう一度「楽しいの?」と訊いてきた。

楽しいかと言われると…どうだろう。別に、そこまでは。
でも全く楽しくないかと言われると…そんなこともなく。ということは?

「まぁ、ちょっと楽しい。のかな?」

「なんだそれ」

そう吐き捨てながらも、彼は特に嫌がるでもなく髪を好きに触らせてくれた。
すごいさらさらしている。指通りがいい。シャンプー何使ってるんだろ。長髪って色々と大変そうだなぁ。これは、地毛なんだろうか。睫毛も同じ色だったから、きっとそうなんだろうなぁ。

あぁ、そういえば。

「なぁ」

「なぁに」

「知ってる?こうやって恋人とか、大切なひとの髪に指を通す仕草にも名前があるんだって」

そこでふと気づく。
恋人とか、大切な…か。俺と彼の、この関係の名前って何だろう。どれにしたってきっと俺らはそんなんじゃないから、それならこの行動は名前のない仕草ってことになるのかな。
するとピタリと止まった俺の指をじっと見て、彼は言った。

「…別に、名前なんてなんだっていい」

「そう?」

「うん」

「そっか」

そっか。その言葉にどこかほっとした自分もいれば、一方で指先の行き場を探している自分もいて。
触っていてもいいのかなと逡巡する間にも彼は「触んないの」と不満そうに呟いた。触ってていいのか。ならば遠慮なく。

結わえられた長髪の、束ねられた一房だけを弄っているとやがて白い手が伸びてきて、俺の手を掴んだ。やっぱ流石に触りすぎたかな、止められんのかなと思っていたらどうやら違ったらしい。
夏なのに雪のように白いその手は俺の手を自分のこめかみに誘導して、垂れてきていた横髪を耳に掛けさせた。
もっと顔に近いところも触っていいということで、いいのかな。じっと目を見るも、頷きもしない。ただ見るだけで、続きを促されている気がした。しょうがないので目にも掛かってきていた前髪を払って退けてやった。
満足そうに細められる目に、睫毛に指が伸びそうになってまた、あの言葉の意味を考える。触れたいと思う、こういう感情を何と言うのだろう。

「髪切らんの?」

「ショートが好み?」

「すげーどうでもいい」

「何で訊いたの」

あ、ちょっと笑った。それに合わせて、髪も揺れた。また耳から落ちてきた髪をそっとかき上げてやりながら、されるがままの顔を見つめる。

「割とおもしろいね。名前がつくのも分かるかも」

「なんていうの」

「忘れた」

「みーくん馬鹿なんだなぁ」

「引っこ抜くぞ」

「理不尽。そんなにおもしろいもん?」

「うーん、まぁ。こういうのにも名前があるんだなぁ、みたいな?それにその経緯とか考えるの、結構おもしろい」

「あっそ」

「うん。俺は、だけどね」

さらさらと川みたいに流れる髪は、何度掬い取っても全く絡まることはなかった。シャンプーのコマーシャルにも出られるな、コイツ。愛想がもっと良ければだけど。
気になって尋ねると本当に染めていないらしいその銀糸は、よくよく見れば青みを帯びている。まるで本当に川か…あるいは海みたい。

凪いだ日の、海みたいだ。

「名前」

「ん?」

「おれには風が、必要だったんだ」

「…風」

「おれを動かしてくれる、風が。ずっと欲しかった」

風が欲しい、とか。運命だとか。コイツの言った詩的な言葉リストに後で加えとこうと思ったけれど、その前に意味を考えた。
そういえばいつしか言っていた。風がなければ舟は動かないだとか、どうとか。

「やっぱヨットの擬人化だったん?」

「さぁ。そうかも。違うかも」

「どっち」

「どっちでも」

「月の引力でも、波は起きるんじゃなかったっけ」

なら別に風じゃなくてもいいじゃん、とまでは口に出さなかったけれど、彼には伝わったかもしれない。

「それはそうかもだけど、おれが欲しいのは…」

「ん?」

「ま、そんな感じ」

「どんな感じ」

いい風にまとめましたみたいなドヤ顔されたけど、会話のキャッチボールは遠投されたままで俺はキャッチできていない。
何にもまとまってないくせに彼の中で勝手に会話を切り上げられてちょっと悔しかったので、またデコピンしようとしたら今度はその手を掴まれ、ベッドへ引き寄せられて俺がデコピンされた。理不尽。

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