mitei Acts, not words | ナノ


▼ for you, for me

「きみにはちゃんと弱音の吐けるひとになってほしいんだ」と。

少し呆れたような笑顔を溢しながら、あの覗き色は俺を映した。すかさず「アンタもだろ」って言い返したけど、自分のことについてもその通りだったからそれ以上は反論できなかったな。

今はどうだろう。
ほんのちょっとは、ちょっとくらいは成長したんだろうか。俺的にはできていると思う。

ちゃんと、しんどい時にはしんどいと言うこと。
痛い時には痛いと声を出すこと。
その前にまず、自分が痛がっていることに気づけとも言われた気がする。
あのひとにだけは言われたくない。

具体的に何があってどういう気持ちで、なぜ自分がそんな感情を抱くのか。

昔から余計なことは言うまいとしてきた俺は気持ちを言語化するのが苦手だった。自身の感情を「余計なこと」だなんて言うと手加減なしのデコピンが飛んできそうなので声を大にしては言えないが、とにかく苦手だったんだ。

いつも忙しそうなあの背中を見ていると、何も主張してはいけない、手を煩わせてはいけない気がして…気づけば特に自己主張をしない、子どもらしくない子どもになっていたと思う。
主張したいことがない訳ではなかった。

本当はたくさんあって、言おうかどうしようか悩むことも何度もあって、それでもやっぱりそれらは吐き出されることがなく、ほとんどが心の底の湖に沈んでいった。

まだたくさんの「感情」が、「記憶」が、俺の「痛み」が眠る湖は深海くらい深いかもしれない。何が眠っているのか俺自身も分からないし、確かめるために深く潜る勇気も今はまだない。どうだろな。知らないけれど透羽さんも似たような湖を持ってるんじゃないかな。
俺たちだけじゃなくてきっと、誰でも。

学校では「優しくなりなさい」と教わった。
辛いことを乗り越えて、人の痛みが分かる優しく強い人になりなさいと。

確かに客観的に見ればそういう人は好ましいだろうなと思いつつ、自分の痛みさえ分からない俺には無縁だろうとも思っていた。
俺は別に、優しくなんてなりたくない。
今だって自分が優しいだなんて思っちゃいない。だって面倒だろう。俺は俺のことすら大事にできないままでいるのに。

なのに俺を映す瞳はどれも、いつも優しかった。
俺はそれがとても不思議で、そしていつだって泣きそうになるんだ。

いやだ。見ないで。…ちがう、そうじゃない。
俺の瞳はそんなに温かく心地好いものじゃないよ。そんなに綺麗なものじゃないんだよ。
なのに。

返したいと、願ってしまう。

優しくなんてなれやしない。なれやしないことを解っていながらも、その与えられる光を俺も少しでも返せたら…なんて思ってしまうから。

いつもくすぐったく思ってしまうから。
照れ隠しでぶっきらぼうなことを言ってしまうけれど本当は、貴方を羨ましく思うときもあるんだ。

綺麗な瞳。揺らぐ水面のような、薄い青。
その瞳に映る自身を、真っ直ぐ見られなくなるときがあるんだ。

俺は俺のことすら大事にできない。そう思っている、思っていたのに。
いとも簡単にそんな考えを塗り替える貴方を見て、見つめられて、俺はそれを馬鹿みたいに待ち望んでいたのだと気づいた。
その、瞳のせいで。真っ直ぐすぎる、馬鹿のせいで。

「きみは強いね」と、透羽さんは言った。
その強さがどんなものなのか俺はまだ理解できていないけれど、そんな風に映っているんだなと思うと「そうならなきゃな」と背筋が伸びる…気がするよ。

「弱音を吐けるひと」にならなきゃいけないっていう宿題は、今のところ俺よりも透羽さんの方が出来てないと思うけどね。

「ね、透羽さん」

「ん、何のことか分かんないけど、とりあえずお互い様ってことかな」

覗いた水面はいつも穏やかに凪いでいる。

その奥に何が沈んでいるのかなんて、俺はまだまだ何にも知りはしないけれど。

「なぁにじっと見て。キスしたい感じ?」

「いや、全然。見てるだけなので」

「見てるだけかぁ。触っても」

「今はいい」

「じゃ、あとで、ね………へ」

「あははっ!いつもの仕返し」

へらりと微笑った顔に、不意打ちで顔を近づけた。まさか俺からキスしてくるとは思ってもいなかったらしい彼の瞳はこれでもかと見開かれて、いつもよりずっときらきらきらきらした水面が揺らいで見えた。

「………へぁ」

「何ですか、いつも自分からしてくるくせに」

「こ、こあくまだ…りょうくんが…すき」

「はいはい、うるさいです」

とりあえずはまぁ、出された宿題を少しずつこなすことにするよ。
誰よりも強く見える貴方が、安心して甘えられる俺であるように。
もっとこうして、色んな表情を引き出せるように。

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