mitei ところできみは何色ですか | ナノ


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「どうもー。桜の精でーす」

いやぁ、のどかだなぁ。のどかだ。

春が来て、桜が満開に咲いて。それがちらほらと地面に舞い落ちて、まるで薄紅の絵の具を撒き散らしたよう。
俺が読んでいた文庫本にもはらりとひとひらの花びらが降りて来て、思わず顔が綻びそうになった。

「あれ?聞こえてない?見えてるよね、オレのこと見えてるよね、ねぇ」

いやぁ、実に静かである。静かすぎて眠たくなりそう。
桜並木の中にぽつりと佇むちょっと古びたベンチ。人が少なくてこれは本を読むのに最適な場所を見つけたと思ったけれど、個人的にはもう少し喧騒があっても良いかもしれないな。
ちょっと場所を移動しようか。

「無視はよくない。よくないと思うんだよなぁ。なぁ、見えてっし聞こえてるんでしょ?てかもう触ってい?」

よっし、なるだけ可及的速やかに場所を移ろう。というかもう家に帰ろう。
その前に、交番にでも寄った方が良いのかもしれんな。別に何か、なんとなく。

「あーはいはい、もう泣くよ?泣きますよ?いいんですか。ほら、さーん、にーい、」

あ、やばいやばいやばい。これは流石にちょっとまずいかも。
ちょっと待って待って。

「いーち、」

「ぶぁっくしょいっ!!」

盛大にくしゃみ出ちゃった。慌てて本をしまって良かった。危ない危ない。
ちょっと恥ずい。

「あららぁ、盛大だねぇ。コレ、ハンカチどうぞ」

「あ、どうも」

「ほらぁ見えてるー」

「………あ」

あぁやっべ。ガッツリ無視を決め込もうとしていたのに俺としたことが。垂れる鼻水を何とかしたいあまりに、隣からスッと差し出されたハンカチに縋ってしまった。
結果、やべぇ奴と関わることになってしまうとは。言動からして怪しいから無視してたのに…。

「よかった、オレもうちょいで泣いちゃうとこだった。ところで花粉症かい」

「違うわい」

絶対違うもん。ただ何か出ちゃっただけだもん。たまたまだもん。

「拭き終わったならハンカチ返して?」

「え、あぁ…。いやでも」

流石に変な人とはいえ、俺の鼻水付きのハンカチをそのまま返すのは気が引けた。俺は常識人なのだ。コイツと違って。
ハンカチに視線を落とす。そしてその持ち主の顔を見ようと…ふと、顔を上げる。すると悔しいかな、眼前に広がる光景に俺は暫し言葉を失った。

桜色だ。桜色の髪をたなびかせて微笑む変な人は、とても整った顔立ちをしていた。瞳の色まで桜色…という訳ではないけれど、色素の薄いグレーみたいな眼差しは真っ直ぐに俺を見ている。
ふっと微笑むと、背後の桜の木々と相俟って本当に桜の精みたいに見えた。桜の精見たことねぇけど。
でも妖精だよって言われたらそうですかって納得しそう。それくらい儚げで美しいのに、俺の手から鼻水付きのハンカチを奪おうとしてくる手は割と容赦なくて引いた。
せめて洗わせろよ。貸してもらっといてなんだけどさ。

それにしても、こんなに見た目綺麗な人が俺に執拗に話し掛けていたとは。でもあの言動だもんな、ぶっちゃけ見た目とか関係なく俺は未だ引いている。
俺の持っていたハンカチを何故か嬉しそうにそのまんまポケットに仕舞ったところもな。何微笑んでんだ、きめぇ。

本を読むのに集中しすぎていたからか、いつからこの自称桜の精が俺の隣に座っていたのか気づかなかった。まだ笑ってる。何か腹立つ。

「ところでもう帰る?どっか寄ってく?」

「こーばん」

「何か落し物でもした?」

「いや、ちょっと一緒に来てくれたらなって」

「やだ、まさかのお誘い…?」

トクン…みたいな顔をするな鼻頭へし折るぞ。全く何なんだコイツ。というかそもそも何で俺に声掛けてきたんだ。そして第一声がなんで「桜の精」なんだ。マジなのか。
マジなら早急に桜の木に還してやらねば。

「いや、きみ暇そうにしてたから」

「まだ何も言ってないが。心読める感じ?」

「隣空いてたし、いいかなって」

「聞けや。てか何が?」

「あと塩対応も普段されないから、ちょっと楽しかったし」

「くっそミスった…砂糖対応すればよかったんか」

「砂糖対応って言葉あんの?初めて聞いたわー」

「初めて使ったわ」

顔は良いのに、何か腹立つ。さっきからハンカチを仕舞ったポケットを愛おしそうに撫でてるところとか、ふにゃふにゃ笑いながら話してくるところとか、立つと俺より頭一つ分は背が高いところとか。
チクショウ、ハンカチ借りるんじゃなかった…。マジでなんなんこの人。

「もう帰るの?スーパー寄る?」

「交番寄る」

「話し掛けただけなのにな」

「それもそうか。じゃあもう会うことはないだろう桜の精。ハンカチさんきゅな」

「あ、待ってオレもそっち」

うーん、何で。

「なぁ、桜の精ってアパート借りてるん?部屋必要?」

「桜の精に人権ないとでも?差別ですよ、十色くんたら」

「何かゴメ…待って何で俺の名前知ってんの?知り合いだったっけ?」

「といろくんね。いい名前だなぁと思って、覚えちゃった」

「違う、俺が聞きたいのはそこじゃない。そもそもまず何で知って…」

「部屋上がっていい?」

「何でいいと思った?」

だから、何でがいっぱいで捌き切れん。不思議がいっぱいだなぁ。

まずおかしな奴は放っといて家に帰ろうとしたら、自称桜の精も着いてきた。もうスルーして家に着いたと思ったら、何故かコイツは俺の隣の部屋の鍵を開けた。
ピッキングでもない。つまりは、隣人。俺の住んでいるアパートは一人暮らし用だからルームシェアできる広さもないし、ほとんどが同じ大学の奴が借りているから、コイツはもしかすると同じ大学の可能性がある。
ていうか何で俺の名前知られてんの。もしやあのベンチで話し掛ける前から知ってたとか?

「………はぁ。寝て忘れよ」

「そういうところ、嫌いじゃないけどもうちょっと興味持って欲しいかなぁ」

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