mitei ○○しないと出られない部屋 | ナノ


▼ 5.「セックスしないと出られない部屋」

五つ目の部屋に入ると、そこはさっきまで通ってきた部屋とは少し違っていた。
一面真っ白で無機質だった壁はベージュ色の暖かみのある壁紙で囲まれており、ドアも先程までの自動ドアでなくヨーロッパにでもありそうな木製の扉になっていた。電光掲示板だけはさっきまでと変わらないから少し浮いていたけど。

全体的に雰囲気が違っていて驚いたが、一番の違いは部屋の隅に大きめのベッドが置いてあることだった。今まで家具らしきものは愚か何も無い部屋ばかりだったのに。

これは…ダブルベッドだろうか。白くてふかふかしていそうで、何とも寝心地が良さそうである。丁度藤倉の部屋で見たベッドよりちょっと大きいくらいかな。
そしてベッド脇には木製の小さなタンスのようなものがあり、その上にこれまた小さなランプが備え付けられていた。

ホテルの一室みたいだ…。それも高級な。

俺が驚いて部屋を見渡していると、藤倉がおもむろに繋いでいた手を離した。何事かと見上げると、何やら少し険しく考え込んでいるような表情をしている。何だ、一体どうしたっていうんだ。

「澤くん、あのさ、」

ピピッ。

藤倉が何か告げようと俺に視線を向けると、再びあの電子音が響き掲示板が光った。さっきまで俺たちの会話の最中に鳴ることは無かったのに珍しいな。

そう思いながらも新たな指示を確認しようと掲示板の方に向き直る。今度は何だろう。

「えっと、『セッ』、うおわっ?!」

俺が文字を読み上げようとした瞬間、視界が一気に真っ暗になって頭が固定された。
藤倉が驚くべき反射神経で俺の目を塞いだのだと、理解するのに数秒かかった。

「ちょっと何?!何すんだよ藤倉!」

「澤くん、見てないよね?」

「見るって何を?ってか今度は何て指示なの」

「いや、何でも。『片方が片方の目と耳を塞ぐ』と開くらしいから、ちょっとこのまま我慢しててくれる?」

「え、えぇ?そうなの?まあいいけど…」

あれ?でも俺が見た掲示板の最初の文字って「セ」じゃなかったっけ?見間違いだったのかな…。

多少混乱はしているがここは藤倉に任せる他ない。俺がぐるぐる思考を巡らせている間に、器用にも彼はその大きな両手を駆使して俺の目と耳を両方塞いでしまったのだ。四本の指は俺の目を塞ぎ、親指だけで耳栓をするような形である。

優しい力で塞がれていて決して苦しくはないが、それでもがっちりホールドされており俺の力では振り解けそうもない。
ちょくちょく忘れかけてるけどこいつケンカ凄く強いんだっけ。きっとその気になれば、俺なんか簡単に捩じ伏せられるくらいの腕力もあるだろう。

それにしても、さっきまでは肩車しろとか好きとか嫌いって言えとかそんな指示ばっかりだったのに急にバイオレンスだな…。本当何がしたいんだろう。






「澤くーん?聞こえるー?…良し、大丈夫だな」

澤の頭をがっちりホールドしたまま眼前に光る悪趣味な掲示板を睨み付け、藤倉は小さく溜め息を吐いた。
この部屋に来たときから予想はしていたが、やっぱりか。

澤とそうなることは藤倉の本意であり、遅かれ早かれ必ずそういう関係になるつもりではいる。
しかしこのような意味の分からない状況で、何が何かも分からないまま怖がるであろう澤を襲うのは彼にとって全くもって許し難いことだった。

澤が藤倉を嫌っていないことは知っている。いくらくっつこうと拒絶されるどころかそれなりに受け入れられることも多く、もしやそういう意味で好いてくれているのではと自惚れそうになる程だ。

しかし藤倉は彼のその度量の大きさが、たまに恐ろしくなるときもある。

どんなことをしても受け入れられてしまいそうで、それに甘えて何度も彼を情欲のままに押し倒してしまいそうになることだってあった。

前回部屋に呼んだときも思ったが、藤倉がもう少し強く押せば優しい彼は流されてくれるかも知れない。本人はきっと自覚していないだろうが、澤は人が良い。嫌なことはしっかり嫌だと言える彼だが、基本的には周りをよく見て人の意向を優先してしまうタイプだ。多少のことならば自分が嫌でも我慢してしまうかも知れない。だからこそ、そういう手に頼るのは避けたいのだ。

澤が藤倉を拒絶しないのは単に人が良いからという理由だけではなく、その事に関しても勘の良い藤倉は薄々気づいている。しかしそれでもやはり、藤倉の過剰な愛情表現は澤の懐の広さによって許されているに過ぎないのではというネガティブな考えが藤倉の頭の隅に染み付いて離れないのだった。

「澤くん…矛盾だらけなんだよ、俺」

藤倉の過去を知っても尚今までと変わらず接してくれる澤は自分の事を普通だと評するが、少なくとも藤倉の人生において彼は決してありふれた存在ではない。

藤倉にとって澤の一挙手一投足が眩しく愛おしく、彼が発する言葉は他のどんな言葉より重く意味を持った。

欲しい。彼の全部が。





「…まさおみ」

身体だけじゃなく心も欲しい。心から俺の事を求めて欲しい。

身体も心も俺でいっぱいにして、他のことは何も考えられなくなるようにしてやりたい。

その小さな唇で、珍しくはない、けれど俺だけに届く名前を呼んで欲しい。
俺の声に反応して、ふわりと微笑むその優しい瞳をずっと見ていたい。

笑ってて欲しいし、幸せでいて欲しい。
出来れば、俺の力で。





いくら睨んでも掲示板の文字は変わらない。一層眼光を鋭くして掲示板を睨み付け、藤倉はゆっくり薄い唇を開いた。

「何が目的か知らないけどさぁ、この子にちょっとでも嫌な思いさせるんなら容赦しねぇぞ。どうしてもってんなら将来的に、ってことでいいだろ?どのみち絶対そうなるんだからさ」

ピピッ。

最後の電子音がして、ガチャリと解錠されたドアが開いた。

prev / next

[ back ]




top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -