手は深く繋がれたまま、三つ目の部屋へ。ここもやはり先程までの部屋と変わらない。
「なぁ、もうドアくぐったし手離してもいいんじゃないの?」
「離さなくてもいいんじゃないの?」
「え、なんで」
「離したいの?」
「離したいっていうか…手汗すごいし」
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
そう言って段々いつも通りの調子を取り戻しだしたらしい藤倉はにやにやと楽しそうに俺を見下ろした。繋がれたままの手をぶらぶらと揺らし、息を漏らしてふふふっと笑う。あ、これ絶対離す気無いなこいつ。
まあいっか、と思いつつ電光掲示板の方を見ると、ピピッという電子音とともに新たな指示が。
「今度は何だ…『どちらかが相手に嫌いと言わないと出られない部屋』?」
え、それだけ?
というのが率直な感想である。最初の肩車の方が難易度高かった気がするなぁ、主に労力的な面で。
しかし隣を見ると、藤倉はそうは思っていないらしい。さっきまでの楽しそうな表情が一転、露骨に嫌そうな顔をしている。
「…無理」
「え?」
「俺には出来ない」
「何で?言うだけでいいんだろ?」
「嘘でも言えないよ」
「それじゃ出られないよ」
「分かった…。それじゃあ澤くんが言って。結構ダメージは受けるかもしれないけど澤くんをずっとこんな意味分からないところに閉じ込めるわけにはいかない」
「大袈裟だな…。本当にいいのか?」
「うん、もう一思いに…」
「別に殴ろうっていうわけじゃないんだけど…そんな嫌なの?」
「まあ真実じゃないと分かってても、やっぱりね」
そんなもんなのかな。ただ「きらい」って音に出して言うだけだろ?実際に嫌ってるわけではないし、その三文字だけでそんな嫌がることがあるだろうか。
「うーん…」
「澤くん?大丈夫だからもう言ってよ」
「ちょっと待って」
何となく引っ掛かったので逆の立場で考えてみる。きらい。キライ。嫌い、かぁ。
真実かどうかは別として、もし藤倉にそう言われたら俺はどう思うだろう。
いつもヘラヘラしている表情が固くなって、柔らかく俺を映す瞳は冷たい色に染まり、寄せ付けまいとするぴりりとした雰囲気を纏って…。
そこまで想像して、心臓がどくりと嫌な跳ね方をした。身体中を駆け巡る赤い血が縄みたいに俺を縛って身動きが出来ない気がする。
嫌、だな…。
他の人に言われてもそこまで嫌な気持ちになるかは分からなかったけれど、藤倉に言われるのは確実にきつい。
成る程、こいつも俺で同じような想像をしたんだろうか。そうして同じように嫌だと思ってくれたんだろうか。
…言葉ひとつに、こんなに威力があるものなのだろうか。
「あのー、澤くん…?大丈夫?どうしても無理なら、やっぱ嫌だけど俺が言うよ…全くもって本心じゃないけど」
「いや、大丈夫。お前はさ、言うのと言われるのどっちの方が嫌なの?」
「両方めちゃくちゃダメージあるけど、言わなきゃいけないならちょっとかなりだいぶ準備かかりそう」
「分かった。俺が言うよ」
「うん。どうぞ」
「あのさ、前もって言っとくけど、」
「…うん?」
「俺お前のこと嫌いなんかじゃないからな。本当に嫌いだったら、こんなずっと手も繋いでられないし触られても多分逃げるから」
そう。恋人繋ぎをしている手はさっきからずっと握りっぱなしで俺が力を弱めても一向に離される気配がない。自身の手汗が気になるが面倒なので放置していた。
それでも不思議と不快感はなく、手の平に感じる他人の温かさに寧ろ安心さえしていたのだった。
「………ゴメン澤くん」
「え、何?何か変なこと言った?」
「いや違くて。その、今のセリフと表情を、出来ればもう一回…」
そう言って藤倉は繋いでいない方の手でスマホを取り出し俺の方へ向けた。間に入り込んだスマホで奴の顔は見えないが、ちょっと手が震えている。
…事あるごとに俺の台詞やら表情やらを記録したがるこいつのこの癖は一体何なんだろう。
「あのさぁ…。そういう意味分かんない変態ちっくなところはちょっと嫌いかもしんないわ」
ピピッ。
「あ、ドア開いた」
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