mitei コインランドリーにて | ナノ


▼ 3

それからまた一週間後。
いつものように俺の隣に腰掛けた彼は、何だか別人のようにキリッと背を正して俺に問い掛けてきた。

「そういえば、あの時のコーヒーの染みはちゃんと落ちましたか」

「ん?」

一瞬何のことだか分からなくて目を見開く。
なのにそんな俺の反応に彼はふっと口角を緩めただけで、勝手に続きを話し出した。

「おれの好きなひと。おれを庇ってくれたんだよね、初対面なのにさ。せめてアイスコーヒーで良かった。火傷なんてさせてたら本当に、申し訳ないどころじゃないから」

「んん?」

「あんたにとってはただの仕事だったのかもしんないけど、おれ、あれで人生変わっちゃった。少なくともこんな深夜に車でコインランドリー通い詰めるくらいには」

「んんんー?」

「どう?おれとあんたって、仲良いと思う?脈アリかな。ね、どう思う?」

色々疑問ばかりなんだが。
俺はまだ彼の言葉の全てを受け止めきれず、パチパチと瞬きをして彼に向き直った。深紅の瞳が初めて出逢った時のように輝いているが…あの時よりずっと、綺麗かもしれない。

しかし見惚れている場合でもないので、とりあえず一つ一つ確かめることにした。

「えと、ここまで車で来てんの?」

「うん」

「わざわざ?駐車場は?」

「ちょっと歩いたトコ」

「有料?」

「そりゃあね」

「家に、洗濯機ない…?」

「あるよ。ドラム式の、乾燥機付き」

「なのに、ここ来てるの?」

「そうだよ」

「みせ…店に来ないのは…?」

「迷惑掛けちゃうからさ、きっと。あの時みたいなこと、もうないと思うけど。関係全部切ったし」

「関係…」

「あんま言いたくなかったけどまぁ、その…セフレとかね」

「せ、ふれ」

「もうないよ。全然、あの日から全くない。これからも。誓ってもいい」

「でも、その、迷惑って…」

混乱する頭でただ疑問に思ったことを口にするマシーンになってしまった。
何故だ、聞けば聞くほど疑問が増える…。

なに、俺に会うためにわざわざ車でここまで来てたの?駐車料金まで払って?家に乾燥機付きの洗濯機持ってるのに、こんな寂れたコインランドリーまで?
それに、セフレって俺の知ってる単語と合ってる?この無垢そうな彼が…?それから、迷惑かけるって…あの時のことって…。

………コーヒーの染み。

この青年と初めてここで出逢った日。
俺は疲れていた。いつも以上に、それはもう。
なぜか。

俺の勤める店でちょっとイレギュラーなことがあったからだ。要は、お客さん同士が喧嘩して、激昂した一人がもう一人の客にコーヒーをぶっかけようとしたんだ。そして俺が、咄嗟に間に入ってそれを止めた。というか受け止めた。
アイスコーヒーは冷たかったけど、幸いもう一人のお客さんにかかることはなかったらしく、怒っていた客も俺の登場で驚いて怒りが引いたのかそれ以上騒ぎになることはなかった…けれど。

まさかあの時庇ったのが、この青年だったとは。
あの時店内にお客さんは少なかったし、俺がコーヒーを被ったことを知っているのは店員か、その時店にいた数名のお客さんか当事者しかいない。

その当事者たる彼も、マスクにメガネで顔なんて分からなかった。まるで変装でもしてたみたいに。

へん、そう…。変装?
んんんー?

「おにいさん、家にテレビある?」

「え、ないけど」

なぜここでテレビの話題。
洗濯機繋がり?んんん?何か、何かが引っ掛かるな。

「じゃあファッション雑誌とかは?」

「読まない…」

「ネットニュースとか」

「特に…興味あるやつしか」

「だよなぁ、そうだと思った!そういうところも好きだよ」

ん?んんんー?

「今さらですが、お仕事は?」

「モデル兼俳優かな」

「ははあ、なるほど」

だから迷惑を掛けると。
変装してたのも、そういうことかぁ。
昼間に店に来ると、よく分かんないけどパパラッチ?とかファンが押し寄せてお店に迷惑掛けちゃうよってことか。
そんなに有名なのか?そんな有名芸能人さんが、こんな深夜にこんな寂れたコインランドリーまで、俺に会いに…。

………世界、大丈夫?

「おにいさん混乱してる?」

「とても」

「街中にもおれのポスターあんだけど、見たことない?」

「覚えてない」

申し訳ない。

「そっかぁ。まぁ初めてここで話した時もおれのこと知らなそうだったから、そんな感じなのかなとは思ってたけど」

「なんかごめん」

「謝んないでよ、おれ嬉しかった。おれを、おれ自身を見てくれてるみたいで。だからかな、居心地好かったんだ。…あんたの隣」

仕事にも誇りは持ってるけどね、と付け足して彼は微笑った。
飾り気のない、胸が温かくなるような笑みだった。

「俺も…。俺も居心地好いし、好きだよ。君の隣」

「おれのことは?」

「好き…だけど、同じ好きかは分かんない」

「そか。まぁいいよ、今はそれでも」

また彼は微笑って、俺の手を握った。
相変わらず瞳の引力は底知れない。深く赤い輝きは、奥の奥にもっと広い銀河を秘めているようだった。

…あれ、俺が彼とここで会ったのって、コーヒー事件の当日だよな。

そんな日に出逢うなんてただの偶然だろうか。でも車でわざわざって言ってた…。
ということは、狙って…?

「おにいさん」

「うぇっ、なに!」

「おれ、好きになると一途なタイプみたい」

「そ、なの」

「ん。そんで、めちゃくちゃに甘やかしたいタイプ。何でも訊いて。これからは、何でも答えるよ」

「じゃあ、」

今度の休みっていつ?だなんて。

彼がなぜ当日にここまで来れたのか今は訊くことが出来ずに、代わりに口から出たのはそんな言葉だった。

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