mitei コインランドリーにて | ナノ


▼ 2

それから週に一度、ルビーの青年との不思議な逢瀬は続いている。
俺も彼も互いの連絡先なんて知らないのに、俺がこのコインランドリーに来ると示し合わせたように彼もやって来るのだ。

そうしてやっぱり二人しかいない空間で、他愛もない会話を繰り返していた。
洗濯が終わるまで。乾燥が終わるまで。
もうちょっと、もうちょっとと彼と離れがたく思う自分が、徐々に顔を出し始めていたことには気づかずに。

そうしていつもは当たり障りのない会話しかしないのに、その日は何かが少し違っていた。

「おにいさんは、恋人とかいる?」

「えぇっと、今はいないかな」

「前は?いつ別れたの」

やけにグイグイ来る…。いつもの彼ならもう少し遠慮してくれそうなところだが、意外だ。
恋愛話が好きなんだろうか。

「いつって言っても、別れたの社会人になってすぐだったから…もう数年はいないよ」

「そう、なんだ」

そうなんだよ。
しかも、俺の語れる恋愛経験といえばそれだけ。大学の時奇跡的に出来た恋人とも自然消滅みたいな感じで別れてしまってからほとんど…というか全くそういうこととは無縁に等しい。
まぁ、そこまでは流石に話さないけど。

「そういう君は?恋人いるの?」

「付き合ってる人はいないよー。…好きな人は、いるけどね」

「そう、なんだ…」

これまた意外だった。
俺の方を向くことなく、ぼうっとぐるぐる回る洗濯物たちを眺めながら唇だけが動く。
深い赤を携えた瞳は何かを思い出すように細められて、絹糸みたいな黒がふわりと夜風に揺れた。窓、開けっ放しだったみたいだ。

彼の言葉に嘘は見えない。片想い、なんだろうか。そうなんだろうな。
偏見たっぷりで申し訳ないが、彼のような人でも片想いなんてするのか。
見た目が良いだけでなく、話し上手で聞き上手で、物腰柔らかで優しい彼が。

一体、どんな人を好きになったのだろう。

「どんな人って、訊いてくんないの?」

「訊いていいの?」

聞き返すと、こちらを向いてくれた顔が少し寂しそうに俯いてしまった。

「…興味ないのかなって」

「や、あるよ。あるけど…どんな人?」

「すっっっごく、優しいひと。それでめちゃくちゃカッコ良くて生真面目で、あとちょっと抜けてる。でもそこもいい」

「なんかすっごく惚気られた気分」

「事実だよ。あとちょっと鈍感で、多分天然かな。話してて、すごく落ち着く」

「…その人とは、仲良いの?」

「どうかな。おれは結構仲良くなれたかなって思ってるんだけど、相手がどう思ってるかはわかんない。どう思う?」

「へ?どうって?」

「仲、良いと思う?」

そんなこと、俺に訊かれても困る。
色々聞いたけど彼の言う想い人が結局どんな人か知らないし、そもそも彼とどれくらい親しいのかなんて赤の他人である俺なんかが知る由もない。なのになぜ、俺に問うのか。
不安なのか?もしかして誰か他人に、客観的に肯定して欲しいとか?背中を押して欲しいみたいな、そういうことだろうか。

でも、知らないもんは知らない。
適当なことは言えないしな…。

うんうん悩んでいると、隣で「ふはっ」と笑い出す声がした。顔を上げると、にやにやした彼が俺を見つめていた。何で笑うんだ。

「ホントに、真面目だよなぁおにいさんは」

「そんなんじゃ、てか何で笑うの」

こっちは真剣に考えてたってのに。
ムッと口を尖らすと青年は更に笑みを濃くした。だから何が可笑しいってんだ。

「おれ多分、初恋なんだよね」

「へ、」

「初恋は叶わないとか言うじゃん?でも絶対、叶えたくて。ついでに言うと、多分最後の恋だと思う」

「突然のロマンチストだな…」

「ホントだよ。それくらい真剣なんだ。一目惚れだったし、それからどんどん惹かれていった」

「ひとめぼれ?」

彼の言葉に俺はまた目を瞬かせた。
この美しい彼が、一目惚れをしたと。またまた偏見しかない感想だが、単純な俺が驚くには十分な情報だった。
相手がどんな人なのかますます気になってしまうじゃないか。

「あ、おにいさん一目惚れとか信じないタイプ?」

「いや、信じなくはないけど…意外っていうか…」

「宇宙人にでも会ったようなカオしてるよ。ふふっ、おもろいねやっぱ」

「え、冗談なの?」

「んーん、本当。本当に、一目惚れしたんだ」

また。どこかへ想いを馳せるような顔…。
こうして彼とここで話すようになってから初めて見る、切なそうな横顔。その先に誰を見てるのだろう。

その人が羨ましいと、心のどこかで呟いた自分には見て見ぬ振りをした。うるさい、ちょっと黙ってろ。そう言って何でもないみたいに取り繕う。

「そうなんだ」と一言だけ相槌を打って俺も前を向くと、隣から「そうなんですよ」と明るい声がした。そうなんだ。本気で、好きなんだなぁ。

羨ましいよ。
彼にそんな風に想ってもらえる相手も、それほど真剣に誰かを愛せる彼のことも…。
両方とも、羨ましいよ。

抑えてたのにやっぱり出てきちゃった、本心。
羨ましい。俺も欲しい。
誰かを愛して、俺もそのひとに愛されたい。

心の底から、それはもう。
喉から手が出るほど、欲しくて欲しくてたまらない。たまらないけど、知らない振りをして目を瞑る。だって手に入らないから。

どこへゆけば手に入るのか分からないまま、ただ日常を彷徨ってる。

俺はそんななのに、この青年はそれを持ってるんだなぁなんて思ったら薄っらと嫉妬してしまった。

きっと彼の言う「優しい」想い人と俺は、似ても似つかないんだろうなぁ。

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