シキにネクタイを結んでもらって登校したその日。
教室に入って席に着いた瞬間に、初日俺にシキの悪口を言ってきた奴らがやって来た。
何となくしか顔を覚えていなかった俺もちょっと身構えてしまうが、それも束の間。
彼らは一斉に腰を折って謝罪した。
「「「すいませんでしたっ!!!」」」
座ったまま、驚いて目を丸くする俺。
シキの方を見ると真正面を向きながらも、頬杖をついてどこか満足そうな顔。
どういうこと?と状況を把握しきれないでいると、やがて一人が顔を上げて言った。
「…無神経だったよ。そりゃ、仲良い人の悪口言われたら怒って当然っつーか」
「そうそう。ホントに嫌な思いさせちゃってゴメンね」
「確かに悪い噂があるからって、面白半分に茶化していいわけない…よな。ゴメン。………でもマジで、違う意味であの人には気をつけた方がいいと」
ガタッ!
みんなが口々に謝罪してくれている中、その内の一人が何かをごにょごにょ呟いている途中に大きく椅子を動かす音が鳴り響く。
俺のところへ謝りに来てくれていたみんなの肩がビクッとなって、同じように俺もほんのちょっとびっくりしてしまった。
誰だか分かんないけど、最後の方なんて言おうとしていたのかちゃんとは聞き取れなかったよ。もうちょっと静かに座ってくれ。
でも…嬉しいなぁ、この人たちのこと初めは誤解していたけれど仲良くなれそうだなんて思う。
もう一度シキの方を見ると、何か本を読んでいてやっぱりこちらの方は見ていなかった。
彼にも聞こえていたんだろうか。そうであって欲しいような、そうでもないような。
内容が彼のことに関することだから、どうにかシキの誤解が解けてみんなと仲良くなれれば…とまではいかなくても、せめて悪い噂なんてなくなってしまえばいいのになと思う。
謝ってきてくれた人たちに向き直って、俺もちゃんと向き合う。
確かにシキの悪口を言われてあの時は腹が立ったけど、一応転校生の俺に話し掛けてきてくれたもんな。それに俺も怒鳴って教室を飛び出てしまったし。
「俺も…あの時は怒鳴っちゃったりしてゴメンなさい。それから、ありがとう。改めてこれからよろしく」
にこっと笑って手を差し出すと、みんな一瞬顔を綻ばせてほっとした様子だったものの…何故か一斉に恐る恐るといった感じでシキの方を確認した。
俺の手は宙に浮いたまんま、よろしくの握手待ちである。
俺も倣ってシキの方を確認するが、やっぱり彼は相変わらず本を読んでる。
それを確認した後でやっと一人一人と短いよろしくの握手を交わし、仲直りすることが出来た。
でも何で全員シキの方を確認したんだろうなぁ。
「改めてよろしく転校生くん!………何かあったら言えよ」
「うん…?」
何かを呟いていた彼がまた、声を潜めて俺に警告してくれるけれど…。心配性なのかな。
とりあえずみんな優しそうな人たちでよかった。
その日の夕食後、キッチンを出るとソファーで寛いでいたシキが何か言いたげに俺の方に視線を投げてきた。
突然だが、毎度毎度ご飯を作ってくれるのはシキ担当なので洗い物の担当は基本俺である。
洗い物はどうしても俺がやりたいと申し出たのを渋々受け入れてくれた結果という感じだが…。
そんなこんなで、洗い物を終えた俺に向かってシキが両手を広げる。
何のサインか分からなかったので、俺も彼に向かって両手を広げてみた。みらーりんぐ?っていうのかな。
ついでにこてんと首を傾げてみる。
すると彼は一瞬唇を引き結んで顔を逸らしたけれど、もう一度俺の方を向いて言った。
「こっちおいでって意味だよ」
「ははぁ、なるほど?」
言われた通りに俺もソファーへ座ると、シキは手を広げたまんま固まっている。腕、疲れないのか?
「ちょっと、確認したい」
「…?どうぞ?」
承諾するとすぐに広げられていた手が俺に向かって伸ばされ、ゆっくりと閉じていった。
まぁつまり、抱き締められたという形になるのかな。
「………どう?」
「どう、とは」
「嫌だったり、気持ち悪かったりしないか?」
「全然?なんで?」
疑問だらけのままでいるとすぐに身体は離されて、真剣な顔が真っ直ぐ俺を見据えた。
やっぱり何かを言いたげだな…なんて思っていると。
なんと彼はソファーの上に正座して、何とも綺麗な土下座をしてみせた。やめてください、びっくりしちゃうから。
謝られるの、本日二回目なんだよこっちは。
「すいませんでした」
「だから何が!?」
「実はおれも謝りたかった。あの日…ショウゴが泣いてたあの時、突然抱きついちゃったこと」
「俺怒ってないし、さっきも嫌じゃないって言ったじゃん」
「それでも…一応。謝っておきたくて…」
「よく分からないけど…アレのおかげで大分落ち着いたというか、安心したというか…。とにかく、シキが謝るようなことなんて何もないってば」
「本当?」
「嘘吐いてどうすんの」
「本当に、おれが抱きついても嫌じゃない?」
「そう言ってんじゃん、分からず屋だな」
いくら言っても納得してくれそうになかったので、俺もさっきの彼を真似てホイと腕を広げてみせた。
ポカンとしている彼をそのまま、俺の特に長くもない腕で包み込む。
一瞬腕の中の身体が強張った気がしたがすぐに解れて、されるがままになっていた。
「ぅあ…」
「ホラ、俺はシキとくっつくの全然やじゃないよ。…シキが嫌だっていうなら、すぐ離すしもう触らないようにするけ、どっ!?」
「やなわけない!…です」
「おぁ」
突然の反撃。といっても抱き締め返されただけだが、言葉の途中でまたまたびっくりして肩が跳ねてしまう。
俺の背中にシキの腕。シキの背中に、俺の腕。変な感覚だが、確かに嫌じゃない。
というより安心するような、眠くなってしまうような心地好さに包まれる。首筋に彼の黒髪が当たって擽ったいけど。
「ホントに、マジで、いやじゃない?」
「しつこいぞー」
「…ゴメン。でも、」
「俺がシキにされて嫌なことって、ないんじゃないかなぁ。あ、無視とか冷たくされたりすんのは嫌だけど」
「………!」
「おわっ、なになに!?」
シキががばっと勢い良く顔を上げたと思ったら…暫く真顔で何回か瞬きをした後、天を仰いだ。顔を手で覆って、謎の呻き声が隙間から漏れている。
「なんて…こった…」
「あのー、シキさん?」
「おぅぁああ………てんし………やっばい………今度から部屋にも付けとこう」
「シキさーん?部屋に何つけんの?」
「あ、ナンデモナイデース」
「俺に抱きつかれるのは、嫌だった?」
「寧ろウェルカム」
「あぁ、もしかして」
シキって結構、スキンシップ好きな感じ?
俺の予感が的中したのか分からないが、その日からシキからハグされるのは日常茶飯事になった。
「頬にキスは?」
「欧米の出身?」
「違うけど、嫌かなって」
「別に、シキならいいけど。シキが嫌じゃないんなら」
「やなわけないじゃん!それもしていいんだ…逆に心配になるなぁ」
俺が不思議に思いながら了承すると、ハグについで頬や瞼へのキスも日常になった。俺からすることはないが。
本人は否定していたけれど、シキはやっぱり欧米文化で育ってきたか…相当なスキンシップ好きかもしれないなぁ。
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