mitei あてにならない | ナノ


▼ 6.side-シキ

side.シキ

「…マジぶん殴る」

特に誰に対して向けた訳でもない物騒な言葉は、ただ静かな廊下に落ちていった。

何度も嫌だって言ったのに。
何度も何度も、同じようなことがあってその度に話したくもない親父と直談判をし、使いたくもないコネを駆使して部屋を変えさせた。

なのにまた懲りずに…全くどういうことだと怒りたくもなる。

先ほど寮の管理人がわざわざ部屋まで来てこう告げたのだ。

『明日から新しい子がこの部屋に来るから、よろしくね』と。

それを聞いた瞬間、一瞬だけくらりと眩暈がして、思い出したくもない過去のあれやこれやが思考を過っていった。

別に管理人さんは悪くないし、誰を殴りたいって訳でもない。ただ、むしゃくしゃしてどうしたらいいか分からなかった。

自分だけ特別待遇なのはいけないんだろうなってのは分かってる。それも自分自身の力でなく、親の力を借りている事実にも腹が立つ。

だけどそれ以上に、嫌なものは嫌だった。

この学園の寮は基本的に二人一部屋で割り振られる。一年生の時からそれはもちろん変わらず、おれも初対面の奴と同じ部屋になった。
中等部は実家から通っていたから、寮に入ったのは高等部からだ。

一人目の奴は確か、おれに会った瞬間にぽうっと惚けた顔をして頬を朱く染めていた。
何となく悟ったけれどとりあえず見なかったことにして、数日過ごしていたのだが…。
やがて距離感が異様に近くなり、寮以外でも執拗に絡まれるようになって、『こいつは俺のルームメイトだから』とまるでおれを自分の所有物かのように周りに言いふらし…自慢し始めた。

その事に違和感を抱き、さすがに我慢しきれなくなって咎めたら『好きなんだ』と迫られた。
殴った。そして断った。

そいつはおれより体格がやや小さかったのでほんの少し、いや結構手加減をしたが、殴ったことに変わりはなく…。まだ純粋だったおれは申し訳ない気持ちを抱えつつ、相手を避けて数日過ごしていた。
そうして暫くして、相手の方から部屋替えを提案してくれたのでその時は内心ホッとした…のだが。

二人目。
こいつはおれより体格が良く、思い切りも良かったが頭は悪かった。そんでまぁ紆余曲折あって…殴った。殴ったし蹴ったし、投げた…気がする。
これは不可抗力だと思う。だって寝て起きたらベッドの上にそいつがいて、やっぱり『好きだ』とかなんだとか言って服を脱がそうとしてきたのだ。当然のごとくボコボコにした。
顔の原型を留めていたかも分からないがまぁ、思い出したくもないしどうでもいい。

それから三人目、四人目、五人目…とおれと相部屋になった奴らは彼女持ちだろうとことごとくおれに惚れただの何だのと現を抜かし、その度におれはそいつらを殴ったり蹴ったり部屋替えを頼んだりした。
ぶっちゃけ疲れる。多分、顔が平均よりも整ってるらしいからか…?

いやそんなこと知らねぇし。おれはなぁんにも悪くねぇし。すぐ手が出るのは…褒められたことじゃないかもしれないけどこれも自己防衛の為だ。理由の無い暴力はしない。
めんどくさい。

そんな訳で何回もトラブルを起こし続けていたらやがて学園側も諦めたのか、暗黙の了解でおれは一人部屋になった。
一年生の後半から凡そ一年。悠々自適の一人部屋ライフである。めちゃめちゃ快適だった。

部屋も、他の部屋よりもセキュリティーがしっかりしているところを割り当ててもらっている。今までのことを考えればまぁ当然っちゃあ当然だろ。

学食も、黄色い声やまっピンクな視線が耳障りで目障りなのでなるべく行かないようにしていた。そうして自分で料理をしていると自然と上達して、だけど特に自分以外、誰に食わせることもねぇんだろうななんて思いながら一人部屋で日々を過ごしていた。

そんなある日。
嫌だった日がやって来た。

おれにまた、ルームメイトができる。
今度はどんな奴だ。何日もつか…。どうでもいい。もう、とにかくおれの邪魔さえしない奴なら。

部屋の向こうに気配がして、だけど一向に開く気配がなく、焦れったくて自ら開けに行った。
どうせ遅かれ早かれ開くんだ。ならさっさと始まってさっさと終わった方がいいだろ。
…めんどくっせぇ。

そうして新しい「ルームメイト」の顔を見ることもしないまま、扉を開けるとすぐにおれは自分の部屋に引っ込んだ。

自分の部屋のベッドに身を放り込んで隣の部屋に聞き耳を立てる。割と静かだな。
荷物開けたりしてないのか。

…おれの顔は、まだ見てないよな。

どちみち嫌でも顔を合わせることになるんだからと、何となく身体を起こして様子を見に行った。開けっ放しになっていた扉に凭れかかって、初めてそいつの姿を視認する。

…うん、おれよりは小せぇ。投げ飛ばせる。
これが初見の感想。

それから廊下に戻って、そいつが部屋から出てくるのを待った。名前…何つったっけ。

「おぁっ」

「………」

なっさけねぇ声。そんで顔。
おれを見て、何か言いたげにしているが頬は…染まってないな。

おれは無遠慮にそいつをつま先から頭の上まで観察した。…普通。特徴、無し。

おれは面倒臭くなって眉間に皺を寄せ、隠すこともせずにはぁっと溜め息を吐いた。
「ルームメイト」はまだ、不思議そうにおれを見ている。

…しかし、嫌な感じはしないな。

いつもは見られるということに辟易して嫌ってほど敏感になってしまうのだが、今のところ嫌悪感は…無い。やがて彼が口を開いた。

「初めまして、さっきは鍵を開けてくれてありがとう。今日からここでお世話になります、俺は」

「こっち」

「はぇ」

名前を名乗られる前にリビングに連行し、また逃げるようにキッチンへ。適当にコーヒーを用意している間に、どうしていいか分からなかったのか、彼はやや戸惑いながらソファーに腰を下ろしていた。

腕に触ってみたがやっぱり特に嫌な感じはしない。まだ。
ちらちらとおれの様子を窺っていた彼はやがて眠いのか、うつらうつらと瞼を閉じそうになっていた。
一瞬、小動物かよ、という感想が過る。

おれが言うのも何だが、緊張とかしなさすぎでは。アホなんだろうか。
いやまだ分かんねぇぞ。

コーヒーをローテーブルに置いて、無言で隣に座る。この距離感でもやっぱり…やじゃないな…。

生まれて初めて感じる不思議な安心感に浸っていると、隣から遠慮がちに声を掛けられた。

「あ、ありがとう」

「………」

「えと、君がこの部屋の人?だよな…?あれ、間違ってる?」

「………いや」

間違ってない。初めは間違いであって欲しかったけど、今は不思議とそう思えない。

「もしかして勝手にソファー座っちゃいけないとかあった…?」

「いや、ない」

そこまで俺様野郎なつもりはない。

「あの、自己紹介…」

「お前さ」

「ハイ!」

自己紹介の続きをわざと遮ってぐいっと身を乗り出すと、情けない顔と上擦った声で驚いていた。 さっきから変な反応ばっかでおもしろい。
鳴き声かよ。

ほとんど鼻先が触れそうな距離でパチパチと瞬きを繰り返す彼に、おれも口を開く。

「お前…おれのこと見ても何も思わないわけ?」

「………へぇ?」

「だから、おれのこと、見えてるよな?」

「え、え、もしかして…幽霊なんですか?」

予想外の、斜め上過ぎる返答に思わずツボってしまった。友達が長らくいなかったので忘れていたが、おれは別に笑わない訳じゃない。
おもしろいことがあればそれなりに笑うし、人に優しくだってできる…。多分。

優しくしたいとは…思ってはいる。
思ってはいたんだ。

だからおれに対する感想を半ば無理やり引っ張り出して、こいつの言葉の先を聞いたときは、聞いてしまった時は… ちょっと後悔してしまった。

そしてすぐに…もう戻れなくなる予感をしていた。何も知らなかった、自分自身はあいつらとは別だとどこかで高を括っていたおれには。

長らく誰にも呼ばせなかった名前を呼ばせたいと思ったのも、こいつに近づく輩に腹が立つのもきっと…おれが今まで抱かれてきたモノと同じものから来ているんだろうか。

そう考えるとどうしようもなく自己嫌悪してしまって、あいつらと同等なのかと自嘲するけれど今は…。

彼が立てる寝息に、おれを呼ぶ声に、知ってか知らずか優しく細められる視線に…この感情も悪くないんじゃないかと思わされている。

使い方を、間違えさえしなければ。
大丈夫。きっとだいじょうぶだ。おれは、ちゃんと知っているから。

…なんて言い聞かせているのに想いは日に日に、いや、一秒一刻ごとに大きくなって、既にどうしようもない重さにまで達しているように思う。早ぇよ。

それはもう、一挙手一投足が気になるし、ただの一言だって聞き漏らしたくないほどに。

同じクラスだったのは作為的ではなく本当に偶然だったのだが、それを知った時はかなり喜び、そしてすぐに落胆した。

食堂での一件で彼がおれのルームメイトであることは既に学園中に広まっていて、それだけで一体どんな奴なのかと興味の波が伝播しているようだったからだ。心底うぜぇ。

変装はしていたものの、案内がてら何度か一緒に寮内のスーパーに買い物にも行ったし…いくら人が少ない時を見計らっていたとしても目撃者がいないとも限らない。

その上おれのこの態度。
これが一番の問題だと思う。

今までおれは何も悪くないと思っていたけれど、今はそう思えないほど彼に対するおれの態度は…恐らく傍目から見ても甘ったるく珍しいことこの上ないことだろう。
おれ本人だって驚いてるくらいなんだから。

だから今まで通り冷たくあしらっていれば、ただ部屋が同じになってしまった同級生として彼を扱ってしまえばおかしな噂は立てられないだろうし、そのせいで彼が苦労することもないだろう。

おれのせいで…彼が傷つくなんて耐えられない。

そう思っていたのに有無を言わさぬ拒否。
「やだ」なんて、真っ直ぐな視線で言われて一瞬固まってしまった。

分かってないんだ。おれといることで、一体どれだけ大変なことになるか。
注目されるどころかきっと嫉妬の標的にもなるし、嫌がらせをされるかもしれない。
そう考えるだけでまだ見もしない嫌がらせの犯人に殺意が沸き出るほどだったが、そんな憂いもスパッと一刀両断されるような強さが彼の言葉に宿っていた。

………いや無理。
無視するとか無理。さっきは彼のためだとか何とかほざいてたが、ぶっちゃけこんな愛しい存在を冷たくあしらうとかぞんざいにするとか無理っていうか無理では?そんなことできる奴がこの世にいるのか?無理だろ、尊すぎる。
控えめにいって天使。いや人間だけど、唯一無二。尊いの語源。愛い。この世の至宝。
…たからもの。

だから、絶対守る。
彼が「いやだ」と思わない方法で。

絶対守って、それで…幸せにしたい。

幸せにしよう。
おれが、していいのなら…。

いいや、ダメだって言われてもそうしたい。

欲だけど、これは完全におれの私利私欲だけど…。それに彼を巻き込むことに若干の罪悪感を覚えながらも、圧倒的にそれを上回るのはただ傍に居たいという切望と…どろどろと渦巻く醜い何か。

渡したくない、誰にも触らせないし、本当は部屋から出したくもないし、見せたくもない。

たったの数日でここまで育つと思わなかった。
本当に何も気づいていない彼を哀れにすら思う。

かわいそう。かわいい。
だいすき。ぜったい、はなさない。

いけないいけない、自重するんだ。

そう同じようなことを何度も言い聞かせて今日もまた、おれの作った飯を頬張る彼を見つめる。

色んな感情が胸の内を渦巻いて、初めての感覚がたくさん身体を支配する。
心地の好い支配だ…きみのものならば、それはもう。

矛盾だらけだな。笑ってしまうほどに。

なぁ。
きみを見つめるおれは今、どんな顔をしているだろう。

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