mitei あてにならない | ナノ


▼ 61.side-シキ

はー、優勝。そもそも張り合える奴なんてこの世にいるだろうか、いやいないな。はい優勝。

寮のリビングでソファーや床に服を広げ、モデルはショウゴ、観客はおれだけのファッションショー。おれが勝手に組み合わせを考えてそれを実際に着てもらう。そして愛でる。そして彼が照れてる隙に撮る。たったそれだけの会。
超楽しい。主におれが。

迷うなぁ。あれもいい、これもいい、やっぱあれも買えばよかったな…。
結構黒も似合うんだ。でも表情とか雰囲気的に明るい色も着てほしいっていうか。いや、でも黒も割と…ううん。

「あの、もういいのでは…」

「もうちょい…」

「一体何着買ったの…よく見たら初めて見る服もいくつかあるんですけど…」

「それはネットで買った」

そう、あのデートの後に。ショウゴには内緒で、ひっそりと。サイズなら全身把握してるしな。

今まで妄想で色々着せたことはあったけど、実際に着せ替えさせたらハマっちゃった。いいな、とても楽しい。主におれが。妄想で着せた服については内緒ね。

で、何がって楽しいって、着なれない服を着て気恥ずかしそうにもじもじしながらおれの前に出てくるのがまずめっちゃかわいい。もちろん彼は制服でもスウェットでも私服でもどんな姿でもめちゃかわいいんだけど、着たことのない服を気にする仕草とか「似合ってるのかな」って気にしながらちらちらこっちを見つめてくる表情とかがさ…たまんないな。あと合法的に色んな角度で写真を撮れるのもとても楽しい。言えばポーズもしてくれるし、目線もくれる。そのどれもぎこちないのが前面に出ててかわいい。思わず真顔になる。
正直お義兄さんに言うと怒られそうなことは承知済みである。でもすっげー楽しい。主におれが。

「…楽しい?」

「めっちゃくちゃ」

それはもう。もしかしたらこないだのデートに次ぐくらい。

「こんな格好良い服絶対似合わないよ、シキ向けだよ」

「いやいや、あと一年…二年もしたら合うようになるよ」

「現時点では似合ってないってこと…?」

「いやいや、ポテンシャルがあるってこと。あ、こうしたらいいかも…ちょっとこれ履いて。パンツの裾上げて、そうそう。インナーと同じ色の靴下チラ見させて。………いや、だめだな」

「ほらぁ、やっぱ俺じゃ似合わないんだって」

「違う、かわいすぎる」

「ひぇっ…」

あ、また顔が赤くなった。そう、これもおもしろ…かわいいんだよな。口から出るのも顔に出るのも全部全部本音なんだけど、おれが彼を褒める度に毎回律儀に彼が照れる。かわいい。どうして世界はこんなにかわいい生物をつくりたもうたのか。意味分からん。どの姿を見ても感想は色々あるはずなのに、最早かわいいしか語彙が残ってない。おかしい。自分で言うのもなんだが現代文も得意なのに。かわいいな…。あ、でも、あん時はカッコ良かったな…。

「シキさーん。もうこれ脱いでいい?」

「あぁ、うん。ここで脱ぐ?それともおれが脱がす?」

「なんでその二択?自分の部屋行って自分で脱ぎます!」

「照れた…かわ…」

「もうシキ、かわいいしか言わないようになっちゃったな…大丈夫?」

はー?
おれの選んだ服を着たままきょとんと首を傾げる様のなんとあざといことか。優勝。他の追随を許さないどころかこれは試合参加者も皆見惚れてしまう…。何の試合だろう。まぁ誰にも見せるつもりないけど。デートの時どうしよっかな。やっぱ今度は人の少ないところかなぁ。
それにしてもカーディガン、淡いオレンジも似合うけど後で色違いも買お。あとでこの写真全部、色んな媒体にバックアップしないと。

「シキ?」

「あぁごめん、疲れたよな」

「いやまぁ、楽しいけどさ」

「ほんと?おれだけが楽しんでない?調子に乗って着替えさせすぎた」

「うん、着替えさせすぎなのは否定しないけど…俺もこんな機会なかなか無いから楽しい」

「そっか、良かった」

ちょっと俯きながら、彼がふわりと照れ臭そうにはにかんだ。よし。そんな機会これから何万回でも作ろう。

「じゃあ俺、着替えてくる。あんま汚したくないし」

「ショウゴくん、こっち」

「ん?」

服を着替えようと自室に向かう彼をちょいちょいと手招きしてソファーに乗せた。正確にはソファーに座ったおれの膝に乗せた。特に抵抗もなく乗ってくる辺り、日頃の成果を感じる。ついでにここにはいないはずのお義兄さんの威圧感も…いやそれは気のせいだった。

じいっと表情を観察していると、やっぱり。彼の芯の優しさが透けて見えた。ここまで来ると優しいを通り越えてると思うんだけど。

「ショウゴ、大丈夫か」

「まぁちょっと着替え疲れたけどそこまで…」

「じゃなくって」

「えと…」

「まだ気にしてるんだろ」

「やっぱりシキは、心が読める…?」

「さぁ。お前限定でそうかもね」

そうならいいのにね。もちろん読めない時のが多いけどね。
さて彼が一体何を気にしてるのか。彼が黙らせ謝罪させた、あのクソカップルのことだろう。おれはさっさと忘れてほしいんだけどな。でも本当にどこまでもしょうがないこの子ったら、あんな奴らのことまで気になってしまうらしい。
ここまで来たら優しさもとっくに通り過ぎてると思うしおれの心配は尽きないが、こういうところも全部含めて好きなんだから仕方ない。
おれが一緒に背負って、分け合って、たまにぶん取って、彼の表情を曇らせるやつはどっか遠くにぶん投げてやればいい。

はたしておれの予想通り、彼は未だあのクソカップルのことを気にしていた。こちらが怒ったことについては百億パーセント向こうの非だが、このお人好し極めました、みたいなぽやぽやくんが何を気にしているのかというと。

「あの、あのさ…」

「うん」

「あの二人、仲直りできたんかなって。俺のせいで拗れてたりしたらどうしようって、気になっちゃって」

「そうだな。気になるな」

これは嘘。
おれはあんな顔も思い出せないクソカップルのことは全然気にならない。ショウゴが気にしてさえいなければ。
そんなことで体力も気力も時間も無駄にしないでいいのにって思うけど、それができないのがこの膝の上のかわいいかわいい、世界のばかとかわいさを集めて煮詰めました、みたいなショウゴくんなのでしょうがない。

「気にしてもしょうがないって分かってるんだけどさ。シキも呆れるよね」

「呆れないよ。あと、仲直りはしてたよ」

「え、嘘!?」

「ほんと」

これは本当。別に嘘を吐いても良かったんだけど、これはマジの情報。

「何で分かんの、シキやっぱ超能力者…?」

「帰りに手繋いで歩いてんの見えたから、仲直りしたんじゃん?」

マジでどうでもいいけど。おれにとってはまだ親父の持ってるネクタイの数の方が興味ある。つまりそれくらいどうでもいい。でもマジで、帰るちょっと前に、一瞬だけだがあれに似た奴らが手を繋いでるっぽいのは見えた。
クソ野郎同士気が合うんだろうか。親父って靴下何種類持ってんのかな…。究極にどうでもいいな。

でもおれのばかわいい恋人さんの表情を動かすくらいの出来事ならば、やっぱどうでもよくないわけで。
おれが仲直りしたっぽい旨を伝えると彼の顔はぱあっと明るくなった。まぶし。サングラス要る。

「本当に、仲直りできたんかな。なら良かったぁ」

「あれから一週間くらい経つけど、ずっと気にしてたん?」

「ずっとではないけど、ふと思い出してたっていうか」

「そっか」

知ってたけど。
ご飯の時とかたまに、あぁ、何か考え事してんなっていうのは気づいてたけど。…おれのことばっか考えてればいいのにな、全くこの子ったら。

気づいてたんなら何でもっと早く「仲直りしたらしい」って伝えなかったのかって?意地悪してたわけじゃない。
時間が必要だと思ったからだ。彼の中で咀嚼する時間が。

デートの後数日は彼はそこまで何かを気にしてる様子はなかった。多分ものすごく微妙な変化だろうけど。
あ、何か気にしてんなって気づいたのは二、三日くらい前から。恐らくはあの時マジでキレたことを、優しいからキレたことのないだろう彼は気にしてるんじゃないかって思ってたんだけど。それはちょっと違ったらしい。まさか仲直りできたかどうかを気にしていたとは。

もしあれで別れててもてめぇらの事情なんぞ知らんわって感じだが、ショウゴは「自分のせい」って思っちゃうんだろうな。どういう数式でそうなるのかは分からないが、多分そうなりそう。そこまで気にしないでいいよって言うのは簡単だがそれじゃあきちんと彼に寄り添えていない気がして。
それはおれの価値観であってショウゴにもぴったり当てはまるかっていうと、そうじゃないから。違うから、その感覚が分からない。分からないから、想像して、でもやっぱり分からないから、観察した。彼に咀嚼する時間が必要だと思ったのは本当だけど、おれにも彼の考えや感覚を想像して咀嚼する時間が必要だった。
これからも多分そういうことはたくさんある。その度に、おれはきっと似たようなことをする。

全部分かることはないだろう。彼自身にだって、分かっていないことの方が多いんだから。自分のかわいさとか。
おれのこともおれ自身よりショウゴの方が詳しいこともあるだろう。それもまた今度教えてもらえたら嬉しい。自分自身のことを知りたいとは別に思ってないけど、彼から見たおれがどう見えてるのかは正直めっちゃ気になるし。

まぁとにかく、おれも彼もまだまだ未熟なので、こうしてああだこうだ外から吸収したものを自分なりにろ過して吐き出す時間が必要らしい。めんどくさい。でもまぁ、悪くない。

「ショウゴくんはほんとばかわいいでちゅねぇ」

「ばかにされてんのははっきり分かった。なに、ケンカする?」

「え、ケンカする?いいよ、じゃあ負けた方が勝った方の言うことを聞くってことで。種目は…数学かな」

「何でそうなんの?それ最早ケンカじゃないし、数学…苦手なんだけど…」

「ふはっ、知ってるー」

「この、意地悪っ!」

「でも好きでしょ?」

膝の上でぷんすこ怒る彼がかわいすぎた。おれもうここ最近ずっとかわいいしか言ってない自覚はある。しょうがない。
顔を覗き込むように首を傾げ、目を合わせると彼は反射的にきゅっと唇を引き結んだ。くっつくかくっつかないかというところでぴたりと止まって、上がる口角をそのままに分かりきっていることを尋ねる。おれは彼の言う通り、意地悪なんだ。

「………っ」

顔がみるみる赤くなっていくのが間近で分かる。目が潤む。見えないけど耳も多分…。抱えてる身体がぷるぷる震えて、全身で赤くなっているんだろうなって感じて嬉しいを通り越しておれもちょっと恥ずかしくなった。でもやめない。意地悪なので。

「ち、かい…!」

「好きでしょう」

「そ…れは…その…」

「おれは、好き」

「んぅ、待っ…ふっ、」

返事をもらうことができなかったのは残念だなぁ。待てができなかったおれが悪いんだけど。

おれは、好き。
行き過ぎたお人好しなところもブチギレる理由が優しいところも、絶妙に大人っぽい服が似合わないところも数学が苦手で授業中すぐうとうとしちゃうところも、こういう時無意識におれの手に縋ってくるところも。
こんなおれに応えてくれるところも。全部。ぜんぶぜんぶ、だいすき。
でも無茶なことはもうちょっと控えてくれると嬉しいかなぁ。守るけどね。

「すっごい疲れた…。もうシキとファッションショーしない…」

「よし、次は来月ね。今度はおれも参加しよう」

「え、そんならまぁ」

あと、ちょろいところも。

「あ、そうだシキ」

「んー?」

「俺の服嬉しいけど、お金は?自分の分は払うよ。俺のお小遣いで足りるか分かんないけど…」

「いらない。おれが好きで買ってるから」

「でも、」

「だーいじょうぶ。おれお金持ちだから」

「それって、」

「理事長の息子だからじゃないよ。宝くじかな」

「え!宝くじ当たったん!?」

「かもね」

「どっち!」

「ははっ」

いや、「理事長の息子だから」というのはある意味でそうかもしれない。
実は親父の手伝いであれこれバイトしてるんだが、これはもうちょっと彼には内緒にしておこう。おれの「ショウゴ預金」は今のところ、彼の服を好きなだけ買えるくらいには潤沢だ。でもそれをショウゴに言ったら止められそうだもんな。それは困る。ごめんねショウゴ。
彼に隠していることは色々とあるが、この楽しみも今のところおれだけのものだ。

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