mitei あてにならない | ナノ


▼ 58.side-シキ

side.シキ

いやあ有意義。とっても有意義で楽しい時間だった。そりゃ、彼と居る時間はいつだって一分一秒有意義とか一言では済ませないくらい貴重で大切な時間なんだけど、服屋さんでのファッションショーはデート前日のそれよりも楽しかったかもなぁ。

キュートな感じももちろん似合うし、年相応な服装も良し。ちょっと大人な感じもまぁ、絶妙に似合ってないところが可愛くて良し。つまり何でも良い。良過ぎて決めるのが大変だった。そもそもショウゴが選んだ服屋のセンスが良かったということもあり、彼の全身コーデを複数パターン決められてほくほく気分だ。それに俺の分もショウゴが服を選んでくれたりして、着て見せたら嬉しそうに笑ってくれて、「何着ても格好良い」とか言ってくれて…。これでおれが喜ばない訳もなく、テンションが上がってついつい彼を何度も着せ替えさせてしまった。疲れさせてしまったみたいで申し訳ない。でもまたやりたいな、これ。

ちなみにショウゴの服を買うのは「多過ぎる!」と彼に止められたが、彼が目を離した隙に全部買った。荷物は寮に後日送られる予定である。店員さんも「サプライズですね」とにこにこしていた。まぁ、今買って帰っても荷物になっちゃうしな。多分ちょっと怒られるだろうけど、俺が欲しいと思ったんだからしょうがない。またちょっと組み合わせを変えて着てもらおう。

そうこうしているうちに彼は当初の目的なんてすっかり忘れてデートを楽しんでくれているらしく、握る手にも力が籠った。トイレに行くと言われた時はこのまま繋いでったら怒るかなと思ったけどさすがにやめた。
そうして外で大人しく待っていると…あぁ、またこれだよ。

「ねえねえ」と耳障りな音で声を掛けてきた輩は数人いて、最初は聞こえない振りをしたが無理があって。単刀直入に「連絡先教えてよ」と言われたところで今度はそいつの彼氏らしい男と数人のガラ悪い連中が現れた。
めんどくせぇ。いわば修羅場ってやつらしい。
この白い女が明らかに下心を持っておれに声を掛けたところを、彼氏が偶然目撃してしまったと。おれ全然関係ないのにな。ものすごく迷惑。こういうこと、別に初めてじゃないけど…よそでやってくんねぇかな。
おれを囲んで言い争いになっている集団を尻目に、ショウゴが戻ってきたら一目散に逃げようと考えていた。

こういうことで疲れたり傷ついたりするのはおれよりあいつの方だろうから。というか場所を移動すべきだな、と思ったところでショウゴの気配がして顔を上げた。すると彼は一瞬でおれを見つけて、慌てて駆け寄って来てくれる。
来なくていいと思うのに、来てほしいと思う自分がいる。「行こうか」と、微笑みながら彼に手を差し出す。そうしてまた繋げられた手から、世界の色が戻っていく気がした。鮮やかに、美しく。このまま綺麗な世界だけを、二人で歩けたらいいのになぁ。

「あ、ちょっと!」

なのにその世界を邪魔しようとする甲高い声と、もう一つ耳障りな低い声が響いた。マジでうっせぇな…。

「まだ連絡先聞いてないんだけど!?」

「は?お前俺がいるってのに堂々と浮気かよ!?」

「ちょっと話し掛けただけでしょ?うるさいわね」

「あんな顔だけの奴のどこがいいんだ、絶対性格はひん曲がってんぞ!」

「………は?」

「聞くな、ショウゴ」

おうおう。勝手に言ってろ。おれはもう雑音としてスタスタとショウゴの手を引いてその場から去ろうとしていた。
その間にも醜い雑音の応酬は聞こえてきて、ショウゴの耳を塞いでやらなきゃいけない気持ちになった。だって以前にも彼は、他でもないおれへの悪口で傷ついたことがあったんだから…。

「同じくらい性格がひん曲がってても顔が良い方がいいじゃないの!」

「んだと、堂々と浮気しようとしたくせに…!」

あぁもう、マジで勘弁しろやと思いながらショウゴの方へ振り返る。と、おれが手を離す前にするりと手が離された。そうして彼は、スタスタと言い争うクソカップルの方へ歩いていってしまう。慌てて止めようとするも、ゾッと、今まで感じたこともない寒気がおれを襲った。
この、感覚は…。

「…うるさい」

聞いたこともないような、地を這うような低い声。
怒鳴っている訳でも大きな音を立てた訳でもないのに周りを黙らせた不思議な声。

いつの間にか言い争う女の声も男の声も止まっていた。周りの誰も、声を出さずに固まっている。
おれすらも。その背中を見つめたまま動けなくなっていた。

よく知っているはずの、この声の主は…誰だ?

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