mitei あてにならない | ナノ


▼ 57

つ、疲れた…。
シキに似合いそうな服を見つけて、二人で一緒に服屋さんに入って、それから、それから…。

出掛ける前みたいに、あれもいいこれもいいと自分にではなく俺に服を当ててシキは何故か俺の服を選びだした。俺もシキに合いそうな、いや、彼が着たら多分何でも似合っちゃうんだろうけど、とにかくシキに着てみてほしい服を選んだりもしたしシキも何度か試着してくれたりしたんだけども。俺の方が何回も何回も、店員さんに申し訳なくなるくらい試着させられて…全身コーデというやつをされた。それも一式だけじゃなく、何パターンも。

服を着てシキに見せる度に彼はあらゆる言葉で俺を褒めちぎってくれるのでまるで本当に似合っているみたいに思ってしまった。まるで本心から思ってるみたいな顔と声で言うから…。いや、嘘を吐いてるとは思ってないんだけど、何度も何度も、もういいよってくらい褒めまくってくるから恥ずかしくて、嬉しいけどむずむずして、こんなモデルでもないのに服をたくさん着るなんていう経験も初めてでとにかく恥ずかしくて…。疲れた…。何パターンも選んでくれた服を彼は一括で買おうとしていたのを阻止するのも疲れた。自分の服は俺が良いと言った数着しか買わなかったくせに、俺の分はその二、三倍は軽くあったんだもん。

奥にいた店員さんもクレープの店員さんみたいに終始にっこりしてたからそれは良かったけど、こんなに人に見られ続けながら着せ替え人形になることもそうそうなかったので俺はとにかく疲れてしまった。
…まぁ、楽しかったんだけどさ。

シキの選ぶ服は俺のセンスとは全然違うし、ちょっと違う服を着ただけでまるでいつもとは違う自分になれたみたいに思えるし、何よりも俺の姿を見る度に彼がにっこり笑って嬉しそうに褒めてくれるから、そんなの俺が喜ばない訳がなかった。そんなん、ずるいじゃん。俺が着替えるだけでこんなに嬉しそうに見つめてくれるんなら、これからもうちょっと服装にも気をつけてみようかななんて、我ながらものすごく単純なことを考えてしまう。
たった一言、ひとつの表情だけでも俺をこんなに幸せにしてしまうのだからやっぱりシキはすごい。格好良い。心からそう思う。

そうして色々な感情も抱えたまま二人して服屋さんを出る頃には、当初の目的のことなんてすっかり忘れて次はどこに行くんだろうだなんて考えていた。生活用品を買いに来たっていうのに、俺はシキのことばっかり考えてる。こんなにたくさん外で笑顔を見せてくれるのも嬉しいだなんて、考えてしまって。

ぽわぽわした気持ちで彼と歩く道は来た時とはちょっと違って見えた。色が鮮やかになった気がする。多分気のせいだ。…気のせい、なんかな。シキにはどう見えてるんだろう。

服屋さんを出てしばらく、ちょっとトイレに行きたくなったのでシキに断りを入れて手を離した。その数瞬でさえも惜しいと思ったのは多分、今日はいつも以上にずっと繋いでいたからだ。手汗でスースーする。

さて、数着分だけとはいえシキに荷物を持たせっぱなしなのも悪いなと思って早めにトイレから出たら、トイレの外にちょっとした人だかりができていた。何だろうと思う間もなく、その中心に少し俯き黒いキャップを目深にかぶった彼の姿を見つけて胸がツンと痛くなる。さっきまでのふわふわした気持ちは一瞬で地に落ちてしまって、一瞬だって彼から離れた自分を叱りたくなった。
けれど叱るのは後だ。俺は人だかりをかき分けてシキの元へ戻る。俺が近づくと彼がパッと顔を上げて顔を綻ばせたので、俺もほっとした。周りから溜め息やらよく分からない声やらが聞こえるけど今はどうでもいい。

それにしても俺がトイレに行っていたのなんてたったの数分くらいなのにその短時間で何があったっていうんだ。シキを見上げると、何もなかったかのように「行こうか」と微笑みながら手を差し出された。
本当に?本当に、何もなかったの?

彼の手を取って歩き出そうとした瞬間に、どこからか「あ、ちょっと!」という甲高い声がした。振り返るとふわふわした白い服にふわふわの髪をした女の人が。その周りにも似た感じの人が数人いて、俺たちを…というか多分、シキを取り囲むようにして立っていた。キッとキツイ目つきで俺とシキの手を見つめてくるこの人は何なんだろう。また道にでも迷ったんだろうか。スマホ壊れたんかな。というか交番で聞けばいいのにな…。

ん?あれ。よく見れば、彼女たちのすぐ後ろにも数人。ちょっとガラが悪めのお兄さんたちが見える。こちらはシキと俺じゃなくて、白いふわふわの彼女を見つめ…というか睨みつけていた。

待って待って。俺がちょっとトイレに行ってる隙に、本当に何があったんだ。

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